第二十五話 戦争で儲けた商人たち
穀物商会の印は、王都で誰もが知るものだった。
ヴェルナー商会。
戦争中、王国軍に麦と鉄を納め、今は復興資材の輸送を請け負っている。
「戦争が終わっても仕事はあるはずだろう」
俺が言うと、ヴォルマは帳簿を机に広げた。
「仕事はあります。しかし利益の出方が違います」
戦時中、軍は急ぎの品を高値で買った。
輸送路が危険だと言えば、護衛費も上乗せできた。
和平が続けば、入札は公開され、価格も比較される。
「つまり、平和になると困る商人がいる」
「全員ではありません。ですが、危険を作れば高く売れると考える者はいるでしょう」
俺たちはヴェルナー商会を訪ねた。
会頭は穏やかな顔の男で、茶まで用意した。
「勇者様が来られるとは光栄です。荷車の襲撃は残念でした」
「襲撃地点を知っているのか」
「商人ですから。噂は早い」
「収容所の帳面を燃やそうとした男が、あなたの商会の札を持っていた」
会頭の笑みが消えた。
「札は盗まれたのでしょう。商会の印なら何百と出回っています」
証拠としては弱い。
俺はそれ以上責めず、倉庫を見せてほしいと頼んだ。
会頭は拒まなかった。
倉庫には麦袋が山積みになっていた。
王都では配給が足りず、国境の村は冬の種を食べようとしている。
その一方で、ここには売られない麦がある。
「なぜ出荷しない?」
「価格が決まらないのです。商売ですから」
「人が飢えている」
「私がすべてを無料で配れば、来年は誰も麦を作りません」
その言い分にも一部の理があった。
商売を悪と決めつければ、必要な輸送まで止まる。
リリスが一枚の荷札を指した。
「この袋は先週、国境へ送る予定だったものです。どうしてここに?」
会頭は答える前に、倉庫番を見た。
「輸送中止の連絡が来たのでしょう」
「中止命令の写しを見せてください」
「事務方に確認します」
その日の夜、倉庫番の青年が俺たちの宿を訪ねた。
「会頭に知られたら首になります。でも、見てほしいものがある」
青年は帳簿の写しを差し出した。
輸送予定の麦の一部が、襲撃前日に別倉庫へ移されている。
襲撃後には同じ量の麦が「被害品」として補償請求されていた。
「実際には失っていない麦で、金を取ろうとしたのか」
「それだけでは断定できません。ですが、護衛を増やす契約が襲撃の翌日に決まった理由は、調べる必要があります」
ヴォルマが数字を追った。
「輸送費が三倍。しかも護衛費は襲撃の被害を根拠に上乗せされています。署名した役人は、以前ベルガンの下で働いていた者です」
「襲撃を知っていたから値上げしたのか、襲撃のあとに便乗しただけなのか」
俺が尋ねると、ヴォルマは首を振った。
「今の帳簿だけでは区別できません。護衛の発注時刻と通行証の発行記録を突き合わせましょう」
俺は青年に尋ねた。
「なぜ話してくれた?」
「弟が国境で兵士をしていました。停戦の知らせが来たとき、やっと帰れると思ったんです。なのにまた戦争が始まれば……」
青年の声が震えた。
「金を稼ぐために、弟たちを死なせたくない」
翌朝、俺たちは評議会へ帳簿を提出した。
スーシャが原本の保全を求め、ゾイドが倉庫の監査を引き受ける。
「商会を今すぐ閉鎖するのか」と役人が聞いた。
「違う」と俺は答えた。
「証拠を調べる。無関係な従業員や運送人まで仕事を失わせない」
リリスは頷いた。
「麦は必要です。悪事を止めるために輸送そのものを壊してはいけません」
監査の翌日、ヴェルナー商会の運送人たちが評議会へ押しかけた。
「倉庫を封鎖されたら、俺たちの賃金はどうなる!」
「子供が三人いるんだ!」
彼らの怒りはもっともだった。
会頭が不正をしていても、荷車を引く人々が同じ罪を犯したわけではない。
俺は運送人の代表と机を挟んで座った。
「仕事を奪いたいわけじゃない。輸送を続けるために、帳簿を開示してほしい」
「会頭に逆らえば首だ」
「なら、評議会が直接雇う。輸送日ごとの賃金を公開しよう」
ヴォルマが予算表を出した。
「資金は限られます。全員を一度に雇うことはできません」
「それなら、交代制にする。必要な荷車から動かそう」
運送人の一人が腕を組んだ。
「勇者様、荷車一台動かすにも、馬の餌がいる。道の修理もいる。剣が強くても、それは分からんでしょう」
「分からない。だから教えてくれ」
俺が答えると、男は意外そうに瞬いた。
それから彼は、馬の飼葉代、車軸の交換費、雨の日の遅延まで、細かく説明してくれた。
俺は一つずつ書き留めた。
「戦争中は、こんな話をする暇もなかった」と男が言った。
「命令が来たら運ぶだけだった。何を運んでるかも、知らされなかった」
「これからは積み荷も行き先も見えるようにしたい」
「それで襲われたら?」
「公開する情報と、護衛だけが知る情報を分ける。全部隠せば不正が増えるし、全部出せば襲撃者に利用される」
ヴォルマが頷いた。
「輸送計画の写しには番号を振りましょう。どこから漏れたか追えるように」
監査には商会の帳簿だけでなく、役所の決裁書と護衛契約の原本、倉庫の在庫記録も必要だった。
三つの記録を突き合わせ、誰が不正な補償金を受け取ったのかを追う。
封印した原本は評議会の書記と商会側の立会人がそれぞれ署名し、写しを別の場所へ保管した。
「帳簿が消えたら、告発した青年だけが嘘つきにされる」
リリスの言葉に、書記が顔を上げた。
「だから、証拠を誰か一人の手に預けないのですね」
次の輸送は、監査を受けた運送人たちが引き受けることになった。
ヴォルマは出発時刻と護衛の交代を別々の帳簿に記し、情報が漏れた場合にも経路を追えるようにした。
その日の午後、青年の家で、母親が夕食の鍋を磨いていた。
「弟は無事です」と青年は言った。
「でも、証言を撤回しろと手紙が来ました」
俺は手紙を受け取った。
文字は乱暴で、署名はない。
「撤回するかどうかは君が決めていい。護衛はつける」
青年は首を振った。
「撤回したら、今度は別の証人が脅されます」
リリスは青年の母親に保存食を渡した。
母親は何度も頭を下げた。
俺は思った。
和平を守る仕事は、巨大な装置を止めることより地味だ。
帳簿を一枚守り、証言した家族を一晩守り、馬に餌をやる。
それを怠れば、戦争を終わらせた意味がなくなる。
その夜、護衛が交代する隙を突かれ、青年の家に火がつけられた。
裏口を見張っていた兵が煙に気づき、家族を避難させた。
だが窓の下に矢が一本刺さっていた。
王国式の鏃に、雑な羽根。
峡谷で見たものと同じだった。
「脅しだな」とグレン。
「証言した者を黙らせるつもりか」
俺は焦げた扉を見つめた。
相手は人を殺すより、恐怖を広げることを選んでいる。
恐怖収集炉は止まった。
だが、人間が恐怖を利用することまでは止まらない。
ヴォルマが静かに言った。
「会頭一人では、軍の通行証も評議会の情報も手に入りません」
俺は帳簿の最後の署名を見た。
そこには商会の印のほかに、軍の補給監督官が使う略号があった。
誰が記したものかは分からない。
軍の関与を疑う手掛かりにはなるが、証拠とするには補給監督官の原簿と署名を照合する必要があった。
だが、護衛の発注時刻と通行証の発行記録を調べる理由には十分だった。
和平を壊そうとしているのは、商人だけではなかった。




