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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第二十話 世界から指名手配された勇者、和平の席に着く

恐怖収集炉が止まって七日後、王都の大広間に人間と魔族の代表が集まった。

あの夜、ゾイドは王都の守備隊に攻撃停止を命じ、グレンも魔王領へ使者を走らせた。

翌朝には両軍の前線へ停戦の伝令が向かったが、橋が落ちた地域にはまだ命令が届いていない。

三日目、ベルガンの帳簿と炉の記録が公開された。

王都の役人と軍の代表は国王ローゼンハイム三世に退位を求めた。

王は拒んだが、王宮の衛兵も命令書への署名を拒否した。

四日目、王は王位を退いた。

王家の権限を無条件で引き継ぐ者はいなかった。

五日目、食料配給を止めないため、町の代表、軍の実務官、神殿の監査役が期限付きの暫定評議会を設けた。

魔王領の代表も連絡役として加わったが、互いに認め合ったわけではない。

会議の席順を決めるだけでも一日かかった。

宰相ベルガンは拘束され、公開裁判を待っていた。

国境では散発的な衝突が続き、負傷者の名簿さえ揃っていない。

今日決められるのは、和平ではない。

これ以上の死者を出さないための、最初の取り決めだった。

和平会議の朝、俺は聖剣ではなく書類の束を持って会場へ向かった。

停戦の草案、捕虜の名簿、焼かれた村の地図、奪われた穀物の記録。

どれも剣より重く感じた。

リリスは黒い礼装を着ていた。

魔王の娘ではなく、魔族の代表として席に着くためだ。

「怖いか?」

彼女は小さく頷いた。

「戦場よりも。父を殺した国の人たちと、同じ机で話すんですから」

「俺も怖い」

「以前なら、剣を抜いて終わらせられたでしょう」

「今は、その剣も折れた。たとえ折れていなくても、今日は抜かない」

扉の向こうでは、昨日まで敵だった者たちが互いの死者の名簿を握りしめている。

折れた聖剣は、鞘ごと宿に置いてきた。

ここでは言葉と記録だけが、俺の持てる武器だった。

彼女は俺の手元の書類を見て、少しだけ笑った。

会議が始まると、怒号が飛んだ。

「魔族を信用できるか!」

「人間が先に村を焼いた!」

魔族の村長ダグは王国兵を睨み、人間の商人代表はグレンから目をそらした。

互いに家族を失っている。

簡単に握手できるはずがなかった。

俺は立ち上がり、頭を下げた。

「俺は魔王を殺した。俺を恨む人がいるのは当然だ」

リリスも立った。

「私の父も、人間を殺しました。その事実をなかったことにはできません」

会場が静かになる。

「だから、許し合う約束ではなく、明日から人を殺さない約束を作りたい」

俺は草案を机に置いた。

第一に、国境での攻撃停止。

第二に、捕虜の所在確認と重傷者の優先交換。

第三に、避難民の帰還支援。

第四に、食料と薬の輸送路の確保。

第五に、戦争犯罪の共同調査。

最初に揉めたのは捕虜の交換だった。

俺はグラディ村で預かった名前を書類の端に見つけた。

ユアン。

白い鷹の部隊が連れ去った少年だ。

王国軍の移送台帳には、襲撃の日に「氏名不詳の少年一名」を後方の収容所へ送った記録があった。

年齢も靴の特徴も書かれていない。

生きていると断言できる証拠ではない。

「この記録の原本を、双方の立会人の前で照合したい」

ゾイドが頷いた。

「白い鷹の旧司令部に照会を出す。記録を処分させない」

「魔王領からも立会人を出します」とリリスが言った。

「私が責任者になります」とスーシャが申し出た。

「収容所の台帳と照合し、見つかった人の消息は、家族へ直接伝えます」

俺はユアンの名の横に『未確認・共同調査へ引継ぎ』と書き、写しを二通作った。

一通はスーシャへ、もう一通はダグを通じて兄へ届ける。

希望だけで空欄を埋めるわけにはいかない。

だが、今度は俺一人の約束ではなくなった。

王国側は人間の捕虜を先に返すよう求め、魔族側は同数の魔族を返すべきだと主張した。

「人数だけでは決められません」

スーシャが言った。

「重傷者や子供は、所属にかかわらず先に帰すべきです」

「敵兵を先に返すのか!」

人間側の貴族が怒鳴った。

「帰りを待つ家族に、敵味方はありません」

リリスはまっすぐに答えた。

ゾイド将軍が立ち上がった。

「王国軍の護衛は私が出す。負傷者の交換から始めよう」

グレンも立った。

「魔王領側の護衛は俺が引き受ける」

二人は握手しなかった。

それでも、最初の輸送日が決まった。

次に、食料の輸送を巡って議論が止まった。

グラディ村から届いた手紙には、井戸が直り、畑に種をまいたと書かれていた。

だが焼かれた家の再建は半分にも届かず、冬までの麦が足りない。

『停戦が決まっても、村の冬は待ってくれん』

ダグの筆跡だった。

俺はその手紙を読み上げた。

「魔族の村に送る麦などない」

王国の役人が言った。

「王都の子供も飢えているんだ」

「なら、両方の子供を救うための道を開こう」

俺は奪還した食糧庫の帳簿を示した。

残っている麦の量、輸送できる荷車の数、必要な護衛の人数。

数字を隠して配れば、必ず奪い合いになる。

「配給先と量を双方の代表が確認する。足りない分も、足りないと記録する」

ダグが立ち上がった。

「わしの孫は人間の兵に殺された。許せる日が来るとは思わん」

誰も言葉を挟まなかった。

「だが、残った孫まで飢えさせたくない。食料を運ぶ道だけは開いてほしい」

人間側の商人代表も立った。

「私の息子も戦争で死んだ。魔族が憎かった。でも、炊き出しで助けた子に角があったからといって、食事を取り上げることはできなかった」

二人はぎこちなく頷き合った。

最も重い議題は、戦争犯罪を誰が裁くかだった。

魔族側は王国軍による焼き討ちを挙げ、人間側は魔王軍の襲撃を挙げた。

俺は両方の記録を机に置いた。

「どちらも調べる。誰か一人の罪を、種族全体の罪にはしない」

ゾイドは自軍の命令書を提出した。

グレンも魔王軍の出撃記録を差し出した。

二人とも苦い顔をしている。

記録を出せば、仲間の罪が明らかになるかもしれない。

それでも、隠せば同じ戦争が繰り返される。

「この調査では、俺が魔王城で斬った兵のことも調べてくれ」

俺が言うと、リリスが驚いて顔を上げた。

「ユリウス、それは……」

「俺だけが英雄だったことにして終わらせたくない」

会場の端で、誰かが泣く声がした。

その人に何を言えばいいのか、俺には分からなかった。

だから、言い訳はしなかった。

夕方、停戦協定に署名する時間になった。

和平条約ではない。

争点は残り、国境には命令に従わない武装勢力もいる。

それでも、双方の代表が同じ文書に名を書いた。

署名した紙の端には、最初の共同輸送隊が通る道と、両軍が護衛を出す期限も記された。

両軍の伝令が別々の経路で命令を運び、どちらか一方が到着しなければ荷車は出発しない。

誤認による攻撃を防ぐためだった。

署名だけでは麦は届かない。

明朝、荷車が本当に国境を越えられるかが最初の試練だった。

その場でゾイドとグレンは地図を広げ、橋の手前と向こう岸に置く見張りの位置を決めた。

相手の旗が見えなければ荷車を止める。

二人は互いを信用していなかったが、誤射を防ぐ合図だけは同じものを選んだ。

誰も万歳しなかった。

喜びより先に、失ったものの重さがあったからだ。

署名を終え、代表たちが次の協議の日程を決めている間、少年ルカが廊下で待っていた。

「僕も、何かお願いしていい?」

彼が差し出した紙には、子供の字で『学校を作ってほしい』とあった。

「人間の子も魔族の子も、一緒に勉強できるところ」

俺はその紙を受け取り、次の協議の議題に加えた。

「いつできる?」

「分からない。でも、作るために話し合う」

少年は少し考えてから頷いた。

「それなら、僕も字を覚えて手伝う」

会場を出ると、グラディ村のトトが待っていた。

「勇者!」

少年は小さな木桶を差し出した。

以前、俺たちが一緒に直したものだ。

「畑に水を運ぶんだろ。これ、使えよ」

「ありがとう」

「……父ちゃんのことは、まだ許せないからな」

「ああ。忘れなくていい」

トトは走り去った。

その向こうでは、人間と魔族の子供たちが同じ広場で遊んでいた。

スーシャが微笑んだ。

「あなたは、まだ指名手配されていますね」

「そういえば、手配書を取り消す手続きが残っていたな」

ゾイドが苦笑する。

「評議会に申請しておこう」

広場の壁には、雨で滲んだ俺の手配書が残っていた。

懸賞金の数字だけが妙にはっきり見える。

「剥がしましょうか」

リリスが尋ねた。

「いや、しばらく残しておこう」

「どうして?」

「英雄を一晩で罪人にできた国だったことを、忘れないためだ」

彼女は少し考え、頷いた。

「なら、いつかその隣に停戦の記録を貼りましょう」

「そうだな。どちらも、この国の歴史だから」

魔王を倒した翌日、俺は世界から指名手配された。

あの日、すべてを失ったと思った。

しかし、失ったものだけではなかった。

魔族の友人ができた。

かつて敵だった将軍が味方になった。

戦争を終わらせるために働く人々を知った。

リリスが俺を見上げた。

「これから、どうしますか?」

「まずはグラディ村へ戻る。畑も家も直さないとな」

「勇者なのに、大工仕事ですか?」

「前よりは上手くなった」

「椅子の脚、また曲がっていませんか」

「今度は測ってから切るさ」

「父は、そういう仕事を一度も見られませんでした」

笑いかけたリリスの声が途切れた。

「……俺が奪ったんだ」

「ええ。だから忘れないでください。でも、あなたがこれから作るものまで、憎みたくはありません」

「忘れない。約束する」

彼女は少しだけ笑い、俺もようやく息をついた。

リリスの視線が、もうない父の紋章を探すように胸元へ落ちた。

失ったものは、平和という言葉では戻らない。

それでも、明日の暮らしは二人で作っていける。

広場の端で、以前なら互いに剣を向けていた二人の兵士が、壊れた荷車を一緒に押していた。

片方は人間で、片方には角があった。

車輪はすぐに泥にはまり、二人は顔を見合わせて苦笑した。

平和とは、誰かが宣言した瞬間に完成するものではない。

動かない車輪を、明日も一緒に押せるかどうかだ。

王都の鐘が鳴る。

リリスが俺の手をそっと握った。

彼女の指は冷たく、俺の右腕にはまだ傷が残っていた。

それでも、二人とも手を離さなかった。

今度の鐘は出陣の合図ではなかった。

停戦を知らせる、最初の鐘だった。


翌朝、出発前にルカが俺を呼び止めた。

「勇者って、やめてもいいのかな」

「いいさ。自分の明日を、自分で決めていい」

「じゃあ僕、まずパンを焼けるようになりたい」

少年は照れくさそうに笑った。

スーシャが用意した小麦の袋を、両腕で抱えている。

俺は頷いた。

王国が次の勇者に選んだ子供は、今日、自分で最初の仕事を選んだ。

その日の午後、国境へ向かう共同輸送隊の先頭に、俺はトトの木桶を積んだ。

橋の向こうでは、王国兵と魔族兵が互いの顔を確かめ、合図の旗を上げる。

荷車が一台、軋みながら境界線を越えた。

誰も剣を抜かなかった。

「通れましたね」とリリスが言った。

「ああ。でも、次の荷車も、その次も通れるようにしないとな」

彼女は父の名を口にしかけ、唇を結んだ。

俺も、死んだ仲間たちのことを思い出した。

忘れたふりをして歩き出すのではない。

背負ったまま、同じ道を歩くのだ。

グラディ村には直すべき屋根がある。

畑に水を運ぶ子供たちがいる。

ルカの望んだ学校も、まだ紙の上にしかない。

俺は聖剣の柄から手を離し、荷車の後ろに回った。

「押そう。ここからが俺たちの仕事だ」

リリスも隣に並んだ。

二人で押すと、車輪はゆっくり前へ進んだ。

橋の中央で、彼女が小さく言った。

「父が生きていたら、この荷車を見て何と言ったでしょう」

「分からない。俺に都合のいい答えは言えない」

「……そうですね」

車輪が石を越え、二人の腕に同じ重さがかかった。

「でも、明日も運びましょう」とリリスが言う。

「ああ。明日も」

その約束だけは、今度こそ守り続けたかった。


ーー第一章 完ーー

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