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魔王を倒した翌日、勇者の俺が世界から指名手配された ~裏切った王国を追われたので、魔王の娘と戦争を終わらせます~  作者: レモンティー


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第十五話 勇者討伐軍の将軍が、王命に背いた

ゾイド将軍の机には、二通の命令書があった。

一通は国境の防衛に関するもの。

もう一通には、王都南地区の封鎖と住民の一斉拘束が命じられていた。

『反逆者に協力した者を捕縛せよ。

抵抗する者は処刑』

対象者の欄には、武器を持つ者の名ではなく、炊き出しを受けた住民の住所が並んでいる。

ゾイドは地図を広げた。

南地区には避難所が三つ、井戸が二つ、診療所が一つ。

先日の火災で家を失った者たちが、そこで暮らしていた。

「この地区を封鎖したら、薬も食料も入らん」

副官のハーゲンが答えた。

「監察官は、見せしめが必要だと」

「誰に対する見せしめだ。敵兵か。それとも腹を空かせた子供か」

ハーゲンは口を閉じた。

彼は十年以上、将軍のそばで戦ってきた男だ。

それでも今日ばかりは、命令書から目を離せない。

「閣下。拒めば、ご家族だけでは済みません。我々の妻子にも調べが及びます」

「分かっている」

ゾイドは机を叩きかけ、拳を開いた。

怒鳴ったところで、部下の家族が安全になるわけではない。

「兵を集める前に、全員の家族の居場所を確かめろ。王宮の耳に入らぬようにな」

「……それは、拒否する準備ですか」

「まだ決めていない。決めるために、守るべきものを数えている」

その夜、王都の外れにある古い倉庫で、俺はゾイドと向かい合った。

将軍は鎧を脱いでいた。

俺も聖剣を持ってこなかった。

「勘違いするな、ユリウス。お前を信用したわけではない」

「俺も信用してくれとは言わない」

ゾイドは命令書を机へ滑らせた。

王印と宰相の署名があった。

「お前が王国を告発したとき、私は敵の宣伝だと思った。だが、これは私の手元へ届いた本物だ」

「南地区の住民は、飢えているだけだ」

「知っている。私の兵の父親も、あそこの診療所にいる」

ゾイドは長く息を吐いた。

「峡谷でお前は、我が軍を殺せたはずだ」

「殺さずに止められるなら、そうしたかった」

「私はあのとき、それを甘さだと思った」

将軍の指が命令書の『処刑』という文字の上で止まった。

「今、私に同じことができるか試されている」

「兵士を連れて魔王軍へ来いとは言わない」

「当然だ。私は王国軍の将軍だ。王国を捨てる気はない」

「なら、王国の民を守ってくれ」

しばらくして、彼は命令書を俺に渡した。

「写しを取れ。私の署名も残せ。あとで誰が何を命じ、誰が拒んだか、調べられるように」

「明日はどうする」

「南門から部隊を退く。南地区は封鎖しない」

「王命違反だ。将軍自身も、家族も狙われる」

「妻と娘は今夜、別の町へ向かわせる。だが部下の家族までは、全員逃がせん」

そこで初めて、彼の声が震えた。

「だから兵に、私と同じ決断を強制するつもりはない」


翌朝、南門には三百人の兵が整列していた。

城壁の上には、宰相直属の監察官とその護衛が立っている。

監察官の手には、封鎖開始を命じる赤い旗があった。

「ゾイド将軍。時刻だ。南地区への道を塞げ」

ゾイドは答えず、兵たちを振り返った。

「王命は、南地区の住民を拘束し、抵抗すれば処刑せよというものだ」

列の後ろから、息をのむ音がした。

詳しい命令を知らされていなかった者もいる。

「私は実行しない」

監察官が叫んだ。

「反逆だ! 兵も従えば同罪となるぞ!」

兵士たちの顔色が変わった。

若い兵が一歩前へ出る。

「将軍。俺の父は南地区の診療所にいます。門を塞いだら、薬が届かなくなる」

「名前は」

「エドです」

「エド。お前はどうしたい」

「父を見殺しにしたくありません。でも、軍を裏切れば妹まで捕まるかもしれない」

答え終える前に、彼の膝が震えた。

その隣で、年配の兵が声を上げた。

「俺の息子は北の兵営にいます。ここで剣を下ろせば、あいつの昇進も、身の安全も失う」

「そうだ」と別の兵が言った。

「命令に従えば民が死ぬ。逆らえば家族が危ない。どちらを選べっていうんです」

誰も答えなかった。

ゾイド自身にも、全員を救う答えはなかった。

「聞いてくれ」

将軍は剣帯を外し、剣を抜いた。

監察官の護衛が弓に手を伸ばす。

しかしゾイドは剣を振り上げず、石畳へ突き立てた。

「私がこの命令を拒否したことは、私の名で記録する。お前たちの名を勝手に連ねたりはしない」

彼は一人ひとりを見渡した。

「従わない者を卑怯者とは呼ばない。王宮へ戻る者がいても、追わない。ただし、住民に刃を向ける命令には、私自身は従わん」

ハーゲンが前へ出た。

「将軍。私には妻と息子がいます」

「ああ」

「息子は来月、十二になります。軍服を着た私を、立派だと思っている」

副官は自分の剣を見下ろした。

「今朝、妻に言われました。帰ってこられなくても、子供に胸を張れる仕事をして、と」

「ハーゲン……」

「怖いですよ。今も、逃げ出したい」

彼は剣を鞘ごと外し、地面に置いた。

「それでも、炊き出しを受けた人間を処刑するのは、私の仕事じゃありません」

金具が石を打つ音が、門の下に響いた。

エドが続いた。

だが、全員ではなかった。

十数人は剣を握ったまま動けず、三人は列を離れて王宮側へ歩いた。

そのうちの一人は泣いていた。

ゾイドは止めなかった。

監察官がその三人を指さす。

「見ろ! 忠義を知る兵もいる!」

「ならば、彼らを南地区の住民に向けるな」

ゾイドが言った。

「ここにいる者は皆、王国の兵だ。命令に従う者も、拒む者も、民を守るために剣を取ったはずだ」

「詭弁だ! 貴様らを全員捕らえる!」

監察官が護衛に合図した。

城壁の弓兵が弦を引く。

兵の列が揺れた。

俺は門外の物陰で、その様子を見ていた。

聖剣は持っていない。

ここで俺が飛び出せば、将軍の決断は勇者に脅された結果にされてしまう。

それでも矢が放たれれば、黙って見てはいられなかった。

「弓を下ろせ」

声を上げたのは、城壁の守備隊長だった。

監察官が振り向く。

「貴様、誰の命令を聞いている!」

「王都の門を守れという命令です。門の下にいる自国の兵を射よとは、命じられておりません」

隊長は弓兵に向かってもう一度言った。

「下ろせ」

弓が一張り、また一張りと下がった。

監察官は顔を赤くしたが、護衛だけで三百人近い兵を拘束することはできなかった。

ゾイドは剣を石畳から抜き、鞘へ戻した。

「部隊は南門の外へ退く。南地区への補給路は開けておけ」

「将軍、補給路を開ければ、反逆者が逃げるぞ!」

「ならば罪状と証拠を持って、一人ずつ捕らえに来い。飢えた者をまとめて敵と呼ぶな」

撤収する兵の列に、南地区の老婆が近づいた。

手には小さな布包みがあった。

「兵隊さん、これを」

中には硬いパンが二つ。

「私らも余裕はないけどね。お腹が空くと、ろくなことを考えられなくなるから」

ゾイドは包みを受け取り、深く頭を下げた。

エドはそれを見て、こらえていた涙を袖で拭った。

将軍の選択は、彼らの家族を安全にしたわけではない。

ただ、今この場で、誰も南地区の住民へ剣を向けなかった。

門外の仮設陣地で、ゾイドはすぐに部下を集めた。

「王宮に戻った兵の名は、裏切り者として書くな。本人の選択として記録しろ」

ハーゲンが頷く。

「残った兵の家族はどうします」

「所在を確認し、危険があれば避難先を手配する。連絡役は武装させず、住民の通行を妨げるな」

「食料は」

「まず負傷者と子供に回せ。南地区の診療所へ薬を運ぶ道も確保する」

「将軍、これでは戦うより仕事が多い」

「そうだな」

ゾイドは疲れた顔で笑った。

「国を守るというのは、案外こういう仕事なのかもしれん」

日が暮れるころ、王宮から使者が来た。

ゾイド将軍を反逆者と認定し、指揮権を剥奪するという通告だった。

俺は彼の隣で文書を読んだ。

「これで俺と同じ指名手配犯だな」

「一緒にするな。私はまだ王国の将軍だと思っている」

「王宮はそう思っていないらしい」

「王宮と王国は同じではない」

ゾイドは通告を折りたたみ、胸にしまった。

「私は今日、命令を拒んだ。だが、それで終わりにはできん。私についてきた兵と、その家族を守らねばならない」

「手を貸す」

「借りは作るぞ、勇者」

「返せる範囲ならな」

将軍は王城を見上げた。

「いつか、この命令を書いた者に、自分の言葉で理由を説明させる」

その声に、勝利の喜びはなかった。

三百人の兵のうち、誰が明日もここに立っていられるのか。

まだ誰にも分からない。

それでも、南地区へ向かう荷車は、止められずに門を通った。

王国の軍は、内側から割れ始めていた。

ゾイドは撤退する部下の背中を見送ってから、剣帯を外した。

「王命に従わなかった責任は、私が取る」

「将軍だけの責任にはさせません」と副官が答えた。

「命令書に私の名も残してください」

ゾイドはしばらく黙り、頷いた。

戦うことよりも、命令を拒んだ理由を言葉にするほうが難しい夜だった。

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