43話
スマラルダスに促され、スピネル君は私の傍からしぶしぶ離れた。部屋から出る際も心配そうにこちらを伺う。
その不安そうな視線に、まだ九歳なんだと私は認識を新たにした。
そんな彼に気楽そうに笑って、大丈夫だよと手を振った。
彼がドアの外に出た後、スマラルダスとシルバート、そしてアンバー先生の方を向き直る。
「お前は少し大人びたところもあるんだな…。意外だ。いや、最初に迷路の競争の時も立ち回りはヘタだが、意地だけはあったな」
「きょうしゅくですわ」
スマラルダスの視線が鋭い。
(なんだ、なんだよ! まったく大丈夫な空気じゃないよー!!)
私の中の不安のドラムが熱いビートを叩いているよ。ええ~、私、なにか、スマラルダスに嫌われるようなことしたか?
最近、シルバートの扱いが軽かったか?
密かにピンクと素のスマラルダスはキャラかぶっているな~と思っていたことがバレていたか!?
ついつい心細くなりアンバー先生を見上げると、先生も渋い顔をしている。
「スマラルダス…。アイアンディーネ様を威圧するのはやめてください」
アンバー先生の声は氷点下。
スマラルダスが小さく悪かった、と言ってふてたように椅子に座る体制を崩す。
あらあら、お行儀が悪い。
「アイアンディーネ様に話があるのでしょう?」
「ああ。……アイアンディーネ、お前--スピネルに魔石を分けていたか?」
(え?)
「え…、ええ。採取の時…。だって、一緒に採取しますもの。スピネル君の分ですわ、それは」
「それだけじゃないはずだ。スピネルの--お前への好意が大きくなっている。それに、あいつの魔力があきらかに上がっている」
(魔石とスピネル君の魔力に関係性が?)
魔石は魔力を溜め込める石だ。魔力の溜まっている場所で採取される。
種類も豊富で活用法は また様々だ。電池のようにも使えるし、錬金術の触媒にもなる。
そこまで珍しいものではないのだけども。実際、フロウライトの森でも採れていたし。
(それに好意が上がっている? ここにきて、まさかまさかの乙女ゲーフラグが? 好感度ゲージあるの!?)
この『異世界ダイアリー』は確かにジャンル乙女ゲーだから、この世界にそれがあってもおかしくないのかもしれないけど…。
「ま、まさか、魔石をあげるとスピネル君の好感度があがるのですか!? スマラルダス?」
「--そうだ」
「ええええええええ----!!」
(スピネル君はもう、ゲームじゃ"竜人"って存在くらいしかでてこない、モブ中のモブじゃん! なのに、ゲームのルールが適応されるの? それじゃ、それじゃあ…)
「そんな簡単に好感度あがるなら もっと、いっぱいあげておけば良かった! もっと早くに心友になれたのに!」
「もので釣るなよ!」
「だって、わたくし、お友達がほしかったんですものー! スマラルダスだって、わたくしが友達作るのヘタなの知ってらっしゃるでしょ!」
「ああ、そうだな! 安心したわ、お前がバカで! 穿った見方していた俺が阿呆だった! だが、やってくれたことはとんでもないがな! さあ、吐け! どんな魔石をスピネルに渡していた!?」
「薔薇聖石を三つと、空晶の森で採取した魔石は山分けですわ! あと、地味にDISるのヤメテ! 傷つきますわ!」
私、まだ幼くてもピカピカの乙女なのよ? そうバカバカ言われると怒るわよ、ほんと。
「薔薇聖石か…! 原因はそれか…。よくそんなもの渡したな…」
スマラルダスが頭を抱えた。
だって、たくさんあるもん。それに、この山ふたつ か~るく買えるほど高価だって知らなかったもん。
「竜がひかりものが好きだっていうのは本当ですのね…」
息をつくとスマラルダスは再び私に向き直った。
「アイアンディーネ。お前はその知識をどこで知った?」
「え?」
(だって、定番…)
そう思って気がついた。
この知識は、前世の常識。いや、前世のファンタジー物語の定番なのだ。
そしてこの世界が前世の乙女ゲー世界である、という前提で私は話をしてしまった。
(--もしかして、竜は別に宝石や光るものは好きではない…?)
いやいや、ブルーレースが以前言っていたじゃん。竜は宝石に囲まれて眠っているって。間違ってはいないはず。
「--なにをそんなに焦っている?」
スマラルダスの声音がひとつ低くなった。
私の心臓がトクンと鳴った。
そして、以前感じたあの感触。
フラリと眩暈を--感じた。
スマラルダスが"魅了"を解放しているのだ。
王妃に自白させた、あの時のように。
「……アンバー先生……」
私は先生を見た。
なぜか、あの時のようにパシと何かを弾く音が聞こえない。
むしろ、心地よい眠りにいざなわれるような酩酊感。
「ほう まだ、自分の意思で話せるか。アンバーに協力してもらってコレか。特製の魅了無効の魔道具を身に付けているアンバーはともかく、アイアンディーネの状態異常への抵抗度は我にも及ぶぞ」
シルバートの声に、ゆっくり彼を見る。
いつの間にか、私の周囲に三人が集まり囲うように見下ろしている。
アンバー先生が唇を噛んでいた。
そんな、青い顔しないで。
「アイアンディーネ、お前の知識はどこか不明瞭だ。そして、手に入れ方がわからない。フロウライト伯爵家にある書物にも書いていないことを知っている。だがシャチハタにしても、ロープウェイにしても見てきたように話すが実際の造りはお前自身は理解していない。発想だけと言うには ああだった、こうだったとお前は過去形で話す。
頭のいい人間なら、少しは気をつけて その発想を披露するだろう。だがお前はそれを隠さない。それはお前自身が"悪いこと"だと思っていないからだろう。俺たちは、それが不安だ。例えば、その知識が"呪い"の悪意だったとしても、お前は隠さず使うのだろう。……人間を騙すのは容易い。信用させた後、裏切ればいいだけだからな」
なるほど…。
私は疑われていたワケだ。
あの日、魔力取得の時 魔剣が吸収した"呪い"が この今の知識を与えたと。
あながち間違ってはいないのかもしれない。
確かに、私自身の個人情報を私は覚えていない。
この前世知識がむしろ"呪い"の置き土産で、これをすべてマルっと信じていたら、実際違った時大きな不幸を呼ぶかもしれない。
「たとえば…、竜を殺さないと世界が滅ぶ、と信じている場合…、でしょうか? スマラルダス」
スマラルダスが息を呑む。
「そういう知識があるのか?」
「たとえばなしですわ…」
う~ん、ネムネム。でも喋れる。
三人の緊張が伝わる。もしや、私、下手な話したら、殺されてしまうんだろうか…。
転生小説で主人公が事情を誰にも話さない気持ちがようやくわかった。これはイヤだわ。
アンバー先生の辛そうな顔が特に。
ああ、どうかそんなに辛そうにしないで。
「先生…」
私は先生に微笑んだ。
「私、先生とダートナを守りたいだけでここに来たんです…」
そうだよ。きっと、そのために私は記憶を取り戻したの。ほんとうだよ。
だから、お願い、どうかそんなに--。
「やめてくれ、スマラルダス! もういいじゃないか。アイアンディーネの知識が"呪い"から与えられたものでも!」
--私はすべて話そうと思った。だが、先生の方が心が折れた。
***
(結局、夢で見た説で通したんだよね~)
あの後はちょっとしたパニックだった。
先生が おいおい泣いて私をぎゅうぎゅうに抱きしめて、痛いのと安心したので私がギャン泣きし、それを聞いたスピネル君が乱入。ドアと一部壁が壊され、すわ襲撃かと、コーパルたちが住人の避難誘導始めて、様子見に来たピンクに珍しくスピネル君の方が説教された。
スマラルダスとシルバートは呆気に取られていた。
二人の間抜け面って珍しい。
なによ、私と先生の熱い抱擁の邪魔しなさいよ! 圧死するかも、というレベルの圧であった…。
なので、前世の話はスマラルダスたちにはせずに終わった。
スマラルダスは私の知識を把握し、コントロールする方を選んだ。
先生も、もしもの時は大人の自分たちが誤りを正し導くべきだと彼らに説いていた。
……大人経験者であることが、さらに話しづらくなってしまった。いずれ機会あったらでいいかと私は結論づけた。
そしてスマラルダスから知っている知識を書き出せと宿題もらって、しばらくは執務室でせっせと書き出し作業でした。パソコン無理でもタイプライター発明したい。腱鞘炎になるわ。
それから。
それから、やっぱりスピネル君のいない時にスマラルダスに釘をさされた。
魔石はもう個人的にスピネル君に渡さないこと。
それと。
「スピネルを恋愛対象には見るな」
「は?」
ちょっと、ちょっと、私たちまだ七歳と九歳ですが?
スマラルダスは小さい時おませさんだったの?
ポカンとした私にスマラルダスは複雑な顔を見せた。
「……片思いなら まあ、そこまで心配する必要もないか」
「誰が、誰にですの…?」
「わからないなら、いい」
「スマラルダスの言うこと、難しいですわよ!」
私は腰に手を当て、抗議した。
「お前がアンバーを変えた。あんなアンバーを俺は初めて見た。ただ、同じことがスピネルに起きるかもしれない。正直、俺はそれが怖い」
「スピネル君がわたくしを好きになる、ということですの?」
恋愛で?
「ないと思うのですけど…。バカバカ言われてますし。わたくしはスピネル君大好きですけれど、出来の悪い妹のような感じじゃないかしら」
ああ、でも、スピネル君と結婚もいいな~。
なんたって、私面食いだし! エレスチャレ子爵との婚約も解消されて、私、自由に恋愛できますもんね。
「つがいが人間だと、スピネルの寿命は百歳に満たず終わる」
--とつ、とスマラルダスは風に消えるような声で言った。
「竜ならまだ若い。いや、若すぎる…。だが、死ぬ。俺の弟が。竜なら当然与えられるはずの時間を失い死んでしまう…。--俺はそんなの、イヤなんだ…」
それから、彼は私の頭をポンと叩いてその場を去った。
今日の彼は"魅了"を解放していない。
エメラルディン王子としての、威厳ある態度も鳴りを潜めていた。
けれど。
残された私の髪に彼の手のひらの感触がまだあり、それはそれは大きな釘になった。




