42話
その日、アンバー先生に促され私はスマラルダスとスピネル君、そしてシルバートと執務室でお茶をすることになった。
このメンバーなら、なにかスマラルダスの--王家に関わる重要事項の通達かな、とぼんやり考えていた。
なので、スピネル君が自分の事情を話したい、と口を開いたときは少しだけ予想外だった。
***
「そろそろ、アイアンディーネに私の事情を話してもいい頃だと思います。…私の母は竜です」
(--知ってた)
香りのいいお茶の湯気の向こうで、スピネル君は話し出した。
「ですが、私自身は竜族として認められてません。本来竜は他種族と結ばず、神山峰という竜の結界ある山でひっそりと生きているものです。ですが、変わり者の地質学者だった父は神山峰の山頂近くに小屋を建て住み付き、周囲の鉱物の研究をしていたそうです。若い竜だった母は好奇心から彼と誼を結び、恋仲になったそうです。
--隣人としては認めても、竜族は父を母の夫とは認めませんでした。
母は竜の結界を抜けて、父の住む小屋で暮らし始めました。
彼女は竜族の高位の竜でしたが、その不自由な生活がとても幸福だったと言っていた、とお母様から聞きました」
「お母様?」
「ああ、スマラルダスのお母様です。私にとっては彼女が母ですね」
スピネル君が少し寂しそうに笑った。
(あ、れ。…似てる…。状況が……私と)
「母が身ごもった頃、父が病で亡くなりました。千年の寿命持つ竜でも万能ではありません。消える命を繋ぎ止めることは不可能です。
…番を失った彼女は急激に弱りました」
「つがいが死んじゃうと竜は弱るの…?」
「ええ。その頃、冒険者としての仕事で神山峰まで来ていたスマラルダスのお母様が、小屋で死に掛けていた彼女を見つけ、しばらく一緒に暮らしてくれました。スマラルダスはその時は同行しておらず、彼女は母が亡くなったあと、母の亡骸を弔い、下山しました。生まれた卵の私を連れて」
スピネル君の隣に座るスマラルダスが苦笑する。
「帰ってきたとたん、一抱えもある卵を留守番していた俺に渡し、"お前の弟~"、とのたまったな」
「ローゾフィアの仕出かす事にいちいち動揺していては傍にはおれぬ、と覚悟していたが…。あれはさすがに我も驚いたぞ」
(ですよね…。竜の卵を持ち帰るって、エライことでは…)
「…スマラルダスのお母様のイメージが…。わたくし、かげのある女と思っていたのですけど」
「影…。全くなかったですね。スマラルダスを身ごもったのも"事故った"と豪快に笑っていたそうです。スマラルダスからしたら全然笑えないんですけど。孤児院育ちで、護衛という名の--暗殺者でした。女性が国王の傍に置かれたのは、伴寝が出来るからです。寝室まで同伴できますからね。そうして、国王の命を狙う輩を屠っていました」
スピネル君の説明に、スマラルダスが当時は国情が不安定で、二十歳で即位した王に不満を持つ者も多かった--と頭をかきながら補足した。
「まあ、なんだ、アイアンディーネには少し早い内容だったな」
「いいえ、なんとなくわかりますわ」
だいじょぶ。だいじょぶ。前世では大人だったからね。
しかし思った以上に大人な事情でスマラルダスは産まれたんだな、と驚きだが。
でも何となく彼らの生活が目に浮かぶ。
国王の傍を辞してからのスマラルダスのお母さんは皆の大黒柱で太陽のような人だったんだろう。家族が多少、大変だったとしても。
スマラルダスが苦労性なのはお母さんのせいかもしれないな。
でもきっと、楽しい家庭だったに違いない。
血のつながりなんかなくっても。
(うん…。似てる。私と)
私、アイアンディーネも私を育ててくれたアンバー先生とダートナと血のつながりはない。でも、絆は固いと信じることが出来る。
スピネル君やスマラルダスが最初から私に同情的だったのは、もしかして、私と環境が似ていたからかなと推察してしまう。私の勝手な思い込みかもしれないけれど。
「--彼らのおかげで私は無事育つことが出来ましたが--問題がありました」
スピネル君が少し声のトーンを落とした。
「問題…?」
「ええ。竜と人は寿命が大きく違う、という点です」
スマラルダスが息を吐いた。
「寿命だけではないがな。例えば、番が死ぬと竜はたった二十年しか生きていなくても死んでしまう。番への思い入れが強すぎて、食事が摂れなくなるんだそうだ。俺の母親がまさしく、スピネルの母のその様を目の当たりにした。どれだけ励ましても、彼女はものを口にしなかったそうだ。卵を産んで、ほどなくして衰弱死したと。俺は、スピネルにそんな思いはさせたくなかった。だから…」
スマラルダスの瞳が私を射抜いた。
それは敵意に近くて、今までスマラルダスにそんな目で見られたことのない私は大いに動揺した…。
(なんで?)
私の内心の動揺を見て取ったか、スマラルダスが気まずそうに視線を外した。
「だから、スピネルを竜族に返すため、神山峰に登った。この部屋の中の面々で」
言われて、私はぐるりと見回す。
「先生もですか?」
「ええ。アイアンディーネ様が小さい頃、しばらくアイアンディーネ様のお傍を離れたことがありますよ」
「…覚えていません」
「本当に小さかったですからね」
アンバー先生が私の頭をくしゃりと撫でる。
そして、先生の手は私の手に重ねられ、スマラルダスに話の続きを促した。
「神山峰で竜に面会するには父の…、王の力を頼った。王家に伝わる鈴で彼らを呼び出すことが出来るから。
それを借りたため、俺が竜に関わっていることは王室内では周知となった。王妃が俺に固執した原因にもなったな…。
王家の血による縁で、現れた竜は俺の話を聞いてくれて、亡くなったスピネルの母竜の血縁を捜してくれた。数日かかったが、スピネルの母は高位の竜族だったので、見つかるのは早かった。
残された親族との対面は果たせたが--だが、スピネルは彼らに竜として認められなかった」
「ええ! どうして? ご家族ではないのですか!?」
「……言い方が紛らわしかったな。竜族全体から認められなかったんだ」
「余計悪いでしょ、それ!」
思わず突っ込む。
スマラルダスが息をつく。
「もともと彼らは排他的だ。半人半竜は竜として認められることはない。竜人として人間の世界で生きるのが普通だ。ただ、俺はスピネルに可能性を与えたかった。長命な種は長い時間を一人で生きる寂しさを抱えていることもわかっていたからな…」
言って彼はシルバートの方を見た。
シルバートは ふん、と鼻を鳴らした。
「私はもともと家族はスマラルダスたちだけです。スマラルダスとシルバートがいれば良かった」
スピネル君がぽつとこぼす。
とても、わかる。
「竜族の総意を聞いて、翌朝には神山峰を後にしようとしたが、スピネルの母竜の両親が時間の猶予をくれと言ってきたんだ。上位の竜たちを説得すると」
「……スピネル君のお祖父様とお祖母様?」
「そうだ。スピネルが成人するまでに竜族として迎え入れるために説得すると。もともと竜は個体数が少ない。子供は貴重な存在なんだ…」
「それで、それまでスマラルダスがスピネル君を養育することになったのですね?」
「ああ。スピネルが十八歳になったら今一度、神山峰に赴く。それまで俺たちが育てることになった。王家から借りた鈴を返す際、それは国王にも伝えている」
そう言ってから、スマラルダスは再度私に視線を向けた。
何か言おうと逡巡しているのがわかる。
「スピネル」
ため息に近い声で言った。
「…席を外してくれ」
「イヤです」
「お前に聞かせたくない話になる。…頼む」
ですが、と言い募るスピネル君の肩にアンバー先生が手を置いた。
「アイアンディーネ様のことは私がお守りしますから。ここはどうか…」
「アンバー、貴方まで…!?」
シルバートも立ち上がる。
「スピネル。ここは引け。アイアンディーネにとっても大事な話なのだ。お前がいては核心を話せない」
スピネル君が唇を噛んで、俯いた。
彼らしからぬ、動揺を表に出していた。
そして、それは私も同様で。
(………どんな話だ、と私、ビビっているんですが~!)




