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38話


「信じられない…」


そのとき、困惑の声を上げてエレスチャレ子爵のお姉さま、リビアン・グラスさんはソファにぐったり座った。

彼女の前に立ち、頭を下げているのはヘマタイトさんと村長さん。


「--出奔の荷物を準備したのは私です。お叱りはどうぞ、私に」


ヘマタイトさんが言った。


「いいや、目的を知っていたのに、私も止めませんでした。同罪です」


エレスチャレ村の村長さんは、荷馬車に彼を乗せて、エレスチャレの町まで送ったそう。

目的、とはエレスチャレ子爵の恋人を連れての--逃避行だ。







あのあと、"魅了"の効果の切れたエレスチャレ子爵に「あなたの恋人さんは実はハーキマー伯爵の廻し者で、エレスチャレ子爵の名誉失墜のため振り回していたのよ~」とお話した。

王様が来ていたことも、話した。

代官職を解かれるだろうことも。

激昂するかと思ったけれど、エレスチャレ子爵は数日部屋へ引きこもり、随分考え込んでいたようだ。


エレスチャレ子爵の館の使用人の処遇については、一部の上級職以外はアンバー先生の魔法であの日の記憶を塗り替えた。

スマラルダスからこれを提案された時は抵抗あったけれど、覚えている方が危険というのにも納得した。

……私も染まったな。汚れちまった悲しみ。


それから、私の父親のフロウライト伯爵から代官会議の呼び出しがあり、私との婚約を了承するよう強硬に出られたようだ。これらも今までの彼からしたら考えられないくらい素直に応じた。

私が精霊の空晶と契約したことも会議で披露され、他の代官たちがフロウライト伯爵側に旗色を変えたのもあるんだろう。

この代官会議へは私自身は赴いていない。

フロウライト伯爵邸での危険を予想して、代理人としてスマラルダスとスピネル君が赴いた。

王様に怒られないかな? と思ったが、スピネル君がにっこり笑って


「竜には毒も人間の作る武器も効かないんです」


と言った。

毒どころか、状態異常もすべて無効。その美貌を隠さないのは、スマラルダスから周囲の意識をそらすためかと思っていたが、認識阻害の魔法も効かないからだとか。


(さすが、世界の覇者!……もう、スピネル君も竜人なの隠す気なくなったな~)


会議にはもう一人意外な人物が来ていた。

私、アイアンディーネの祖父、実質私の後ろ盾たるオニキス・ソーダライトが。

その瞳はぎらりと光り、かくしゃくたる様だった、とスマラルダス談。


今回のフロウライト伯爵夫人の行動については王様は目を瞑った。


フロウライト伯爵領の開発は王家にとっては、伯爵家主導だろうと、ソーダライト商会主導だろうと進みさえすればいいのだな。

むしろ、開発反対派だったエレスチャレ子爵がいなくなるのは、これ幸いなのか?


だが、ソーダライトのお祖父様としては、このチャンスを逃す気はなかったようだ。


聞けば、お祖父様はその会議場で、ソーダライト商会の膿を出したことも披露。

お祖父様はソーダライト商会内の不穏分子を知らぬうちにたたき出していたのだ。

今後自分や私に何かあれば、今までフロウライト伯爵家に貸し付けた資金も返済いただく、と公言したそうだし。


(これ、ハーキマー伯爵がエレスチャレ子爵にやろうとしていたことをまんまやってないか…)


ただ、この行動で、フロウライト伯爵とソーダライト商会の力関係を代官たちの眼前で明白になったと。

いままで、ソーダライト商会はただのスポンサーで、領主はフロウライト伯爵だったが、王様がエレスチャレ子爵位を私に委譲するようフロウライト伯爵に命じた。


本来政治的な駆け引き以前にフロウライト伯爵領は困窮していた。

エレスチャレ子爵は代官筆頭。彼がフロウライト伯爵の放漫領主経営に不満を抱いていたからこそ代官たちの意見が割れ、開発反対派が生まれた。

だが、実際、これはフロウライト伯爵の意見にただ反対していただけで、エレスチャレ子爵や他の代官も別にソーダライト商会と共同出資の鉱山開発に不足があったわけではないのだ。


ぶっちゃけ、開発してくれた方が経済的には大いに助かるというのが本音。

…代官たちはおそらく、ひそかにエレスチャレ子爵から心が離れていたのだと思う。ハーキマー伯爵が動いたのもそういう空気を感じたからじゃないかと。

だからこそ、エレスチャレ子爵はソーダライトの孫の私に目を付けた。


結果がコレだけど。


そんな中に華麗に精霊契約した伯爵令嬢登場!


詳細は伏せられているが、王様が子爵位を与えたいと申し出、そのバックには、フロウライト伯爵とソーダライト商会。


エレスチャレ子爵が反対していたから遅々として進まなかった鉱山開発にも風が吹く。

これに乗らないワケがない。

次代の"フロウライト女伯爵"として私の存在感が大きくなった、と。

そして、会議場でのやりとりから、次代の"フロウライト女伯爵"は実の父親より、ソーダライト商会と懇意だと印象を与えることにお祖父様は成功したのだ。


私の身の安全のため、おおっぴらに支援できないと言ってはいたが、私の状況が変わりすぎた。

おそらく、私の年齢から、オニキス・ソーダライトの傀儡になると周囲は思うだろう。


フロウライト伯爵はオニキス・ソーダライト主導で会議を進めることに異論を挟めず、お祖父様が新エレスチャレ女子爵の代理人として、またソーダライト商会会頭として存在感を高めたらしい。


勿論、そこにエレスチャレ子爵もいた。

彼はこの状況を淡々と受け入れていた、と同席してくれていたスマラルダスが言っていた。



そして、婚約式は私不在でフロウライト伯爵邸で行われたらしい、

書類にはエレスチャレ子爵のサインが入り、婚約は成立した。






その会議から戻り、数日経ったあと--エレスチャレ子爵は姿を消したのだ。

『父は愛に生きる』と置手紙を息子、ジェダイトに残して。


それを見て、意外やジェダイトは笑った。


「良かった。父上とこのまま暮らしていたら、きっとお互い分かり合えないことばかりだったから。…父は少しは辛酸なめたらいいんですよ」


……借金も残してますけど。





****





「うう~、エレスチャレ子爵の所業が許せない~」


結果的に子供捨てているじゃん、あの男!

エレスチャレ子爵失踪から時間は経っているが いまだ、思い出すと胸がむかつくのだ。


「そうですね。でも、ジェダイト様はそれを乗り越えようとしています。寄り添いましょう。私たちがすべきことはエレスチャレ子爵を憎むこと以外にありますよ」

「スピネル君、大人はつげんすぎ」

「そうですか。…まあ、そうですね。ジェダイト様だって平気ではないでしょうし。…私は周囲の事情に振り回されるのに慣れてしまっているのかもしれません。いい事ではないですね」


アカハナトナカイの家畜小屋で、二人で彼らをブラッシング中。

希少生物なので、今のところ世話はラリマー氏と限られた人間で行っている。

エレスチャレ女子爵を受けたが、いまだ、私自身はお子様で、実質代官としての対応は代理人としてスマラルダスに丸投げだ。

さすがに、お祖父様に任せるのは抵抗があった。

空晶館が乗っ取られそうだし。


そして、エレスチャレ子爵の借財は、結局私が払った。私がな!!


エレスチャレ子爵位を掠め取れないことを悟ったハーキマー伯爵が借金の返済求めてエレスチャレ子爵の館まで来たので、ポーンと現金を払ってやったのだ。


ハーキマー伯爵は初対面だったが、お腹のでっぱったお爺さんで、娘のフロウライト伯爵夫人やパールに似たところのない人だった。

奥様美人だったんだろうなあ。

ハーキマー伯爵のポッカーンとした顔はなかなか見ものだったが。


その現金は薔薇聖石を売ったものの残り。土地を買ってもまだ残っていますがな。

ジャスパー通じて逃げたエレスチャレ子爵の様子は知れるので、いずれあやつから搾り取ってやると虎視眈々と狙っています。

愛に生きるのは勝手だが、アイアンディーネ・ザ・ジャイアンの取立てから逃げられると思うなよ…。


そして、私はオニキス・ソーダライトと初対面も果たした。

会議の後、お祖父様はこのエレスチャレまで足を運んだのだ。

空晶館で、私は初めて自分の祖父と対面した。




****




アカハナトナカイのブラッシングを終えて、畜舎を出る。

スピネル君も伴に片付けを終え、家畜小屋から出て行く。


空は薄曇で、また雪が降りてきそうだ。

ミトンをつけようとコートのポケットを探ったが、どこかに落としたようで、片方ない。

あれ、と立ち止まり探していると、スピネル君の手が伸びてきて、彼が付けていた手袋をはかせてくれた。

それから、困ったように笑う。

それにため息して、私は呟いた。


「薔薇聖石を売った相手って、国王陛下とお祖父様だったのね…」

「黙っていて申し訳ありません。ですが、下手な相手には売れませんので」

「責めてるワケじゃないの、ごめん、ごめん。いや、お祖父様が毒を受けて車椅子生活だった、というのも初耳で驚いたから。ダートナが心配かけないよう私に聞かせなかったからなのね」


感動の初対面時、何も知らず、それに驚愕していた孫を許して、お祖父様!


お祖父様は私とよく似ていた。

お祖父様が見せてくれたモノクロの写真には、さらに私に良く似た女の人がいた。きっと、瞳の色は同じ湖のような色だったんだろう。

お祖父様が私の目の色をとても褒めてくれたから。


対面は短い時間だった。


「王都は長く留守には出来ないのでな。病み上がりと侮る輩もいる」

「お体を大切になさってくださいませ、お祖父様」


ブルーレースの淑女教育を今こそ発揮、と私は懸命にしとやかに振舞いました。

そんな私にお祖父様は目を細めて言った。


「アイアンディーネ、お前の手に入れてくれた薔薇聖石のおかげで、わしはこうして自分の足でお前に会いに来れた。感謝しておる…」

「お祖父様…」

「ふたつの石のうちひとつはお前になにかあった時使えるよう、残しておく。今回のことで、フロウライト伯爵夫人がお前の命を狙い始めるかもしれないからな…」


ああ、お祖父様に毒を盛っていた主犯は伯爵夫人とか…。

勿論、これも表沙汰に出来ず。

うう、確かに、今の情勢だと次代のフロウライト伯爵は私だよねえ…。パールが継ぐためには、いきなりクローズアップされた私の存在は邪魔だよねえ!

ガハ、吐血。まだまだ安心できない気配。

あと、三つのうち、二つがお祖父様が購入していたのか。ありがとうございます。

まだまだ薔薇聖石がたくさんあること言いづらいです。


お祖父様は名残惜しそうにしながらも、アンバー先生とダートナに私のことをくれぐれも頼むと言い残し、王都に帰っていった。



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