37話
突如現れたジュエルランド国王に、私は驚愕の色を隠せません。
(死にかけじゃなかったんかーい…)
さすがにお口には出せません。
だが、呆然とソファからズカズカ入ってきた騎士だちが、王妃の親衛隊にお縄をかけていくのを見ていた。
親衛隊は全く抵抗しない。
エメラルディン王子の…、スマラルダスの魅了の力にも驚きだわ。
そして、騎士たちは、さっきからのこの状況でもうっそり笑っている王妃にも近づく。
さすがに、自国の王妃に拘束は躊躇ったのか、騎士の中でも立派なマントの人が、王にチラと視線を向けた。
国王が難しそうな顔をして、王妃に近づいた。
「父上」
思わずスマラルダスが呼び止めたが、王はゆっくり首を振る。
「王妃。久しいな」
「まあ、陛下。お元気そうですこと。ご快癒なさったのですか? それはようございました」
「…エメラルディンの持ってきてくれた薬が効いた。今回のことでそなたには離宮に移ってもらうつもりだが、弁明はあるか?」
「まあ! エメラルディンは父親思いですこと! 残念ですわ。陛下には毒の効きは遅かったようですわね」
ツラっと王妃様カミングアウト。
おいおいおい。
「そなたは賢い妃と思っていた。側妃がいつも使うニンジャはどう懐柔したのだ」
「わたくし、嘘がとても得意ですの。"エメラルディンが国王陛下へ毒を盛っている。サファイア王子もその内亡き者にされるだろう"とまことしやかに噂を流しましたら、側妃の臣下が彼女がいつも使うニンジャと連絡とってくれましたわ。勿論、その臣下はわたくしが前々から側妃側に潜ませていた間者ですけれど。わが子可愛さに側妃はエメラルディンを敵認定してくれました。そのまま、エメラルディンがわたくしを頼ってくれたら良かったのに、ソーダライトが救済するのですもの。おかげで、こんなところまで参ることになりましたわ」
うそつき怖い。
そして、冷え切った夫婦の会話、怖い。
しかし、王妃様、すごい暴露大会。いいのでしょうか?
「魅了の効果です。おそらく、毒を実際に盛っていた者は確保しているかと。…私も実際にスマラルダスが王とどうやり取りしていたか知りませんので憶測ですが」
あら! 心読まれた。スピネル君がボソっと教えてくれる。
なーる、王妃の自白待ちだったのか。
「側妃は公爵家に戻ることになった。サファイアも成人までそちらで暮らす。トパーズ公爵はしばらく職を辞したいと申し出があった。…満足か?」
「誤解してますわ、陛下」
王妃がため息をつく。
「わたくしは側妃が憎いわけでも、トパーズ公爵が目障りだったわけでもありませんことよ。陛下はそれがおわかりになられない。だから、わたくし、わたくし自身の胸のうちをさらせませんでしたの」
それから、彼女は視線をエメラルディン王子に絡めた。
「わたくし、エメラルディンをただ王位につけたかっただけですから。だって、わたくし、あんな子供が欲しかったのですもの」
彼女のぞっとするような執心は母性なのだろうか。
一瞬、背筋が凍った気がする。
子供を産めなかった王妃の、エメラルディン王子への執念は、言葉にするのが怖いと感じた。
国王陛下は瞳を伏せ、騎士たちに彼女を捕縛するよう伝え、彼女は落ち着いた様子でここを後にした。
国王陛下と私たちだけが残された執務室に静寂が訪れた。
(いや~、いったい何を話せばいいのやら~)
シンと静まった室内の空気に耐えられない。
国王陛下だよ!? ゲームでだって、学園卒業後でようやく会える人なんだけど!
思わず、じっと見つめてしまう。
歳は取っているがまだまだ若々しく、エメラルディン…、スマラルダスに良く似てる。これはスケコマシなお顔ですな。知っているだけで、三人の女性泣かせているもんね。
実際、スマラルダスのお母さんやあの王妃が泣いていたかは知らないけど。
そんな失礼なことを考えてみていたのが気に障ったのか、国王様、私の方に向き直り、つかつかと歩み寄ってきた。
そして、私のすわるソファの前に跪く。
(ぎょぎょ!)
「スピネル様、お久しぶりでございます」
(………。さま?)
国王陛下が跪いたのは私ではなく、隣に座るスピネル君だった。
****
同じ三人掛けソファに隣り合って座るスピネル君の戸惑いが伝わる。
割と動じない性質だと思っていたけど、こういう子供らしいところもあるんだよね。
彼はチラとスマラルダスを見て、すっくと立った。
「陛下、どうぞ面を上げてください。私は正式に竜族に認められていない身。ただの孤児でございます」
国王陛下に膝を折り、彼は陛下に顔を上げるよう促す。
リビアンさんたちも今は別室に移ったからいいけど、こんなところ誰にも見せられないよね。
「いいえ、今回の事、伏せおきましてご気分を害したのではないでしょうか。息子も貴方様を案じてのこと。お許しください」
「……わかっています。私はスマラルダスが無事ならいいのです。どうぞ、お立ちを」
スピネル君はエンジェルスマイル。
……なんだ、この茶番。
かすかに苛立ちがこみ上げる。
大人のお前が子供が怒るチャンスつぶすなよ。
あんたの不始末で家族が危険な目に会ったのに、なんでスピネル君が感情抑えて、許すといわねばならんのよ。その言葉引き出すためのお誘い文句だというのがムカムカする。
私の機嫌など無視して、国王陛下は立ち上がり、椅子に腰掛けた。
「ほんとうに助かった。エメラルディン。お前が持ってきた薔薇聖石のおかげで万能薬が作れた。感謝する」
「…いいえ。謝礼も受け取っておりますし、王妃や側妃をどうにかしたかったのも事実です」
あ、スマラルダスに頼んだ薔薇聖石の売り先か。ぐ、ぐぐ。お得意様か…!
「アイアンディーネ・フロウライト伯爵令嬢にも迷惑かけた。礼を言う。ご令嬢が魔剣持ちであったとは予想外であった」
あ、急に振らないで!
「いいえ、勿体無きこと。お力になれて光栄ですわ」
ブルーレースの憤怒の顔が幻に出て、慌てて礼を取る。
今更だが。
「今回の件でフロウライト伯爵夫人が子爵位を狙って裏で画策していたことはわかったが--実はこれらは表沙汰にはできぬ」
「…え?」
私は思わずスマラルダスを振り仰ぐ。
スマラルダスも苦い顔だが、首を振った。
「なぜでしょう…。その、エレスチャレ子爵は誘拐までされたのに」
「王妃はこの地など訪れなかった」
国王陛下が言った。
「勿論、私もだ」
「……ええ?」
「なので、エレスチャレ子爵のこの館に不審者などは入らなかったのだ。よいな?」
(えええええええ…)
なんか、それは納得いかない~、と言いそうになったが周囲の大人の苦々しそうな顔を見て口には出さなかった。
「この館の使用人の後始末はエメラルディンに任せる」
「かしこまりました」
「--だが、フロウライト伯爵令嬢には礼をしたい。…エメラルディンや、孤児院の子供達を受け入れてくれて助かったのは事実なのだ。ご令嬢は、領地を欲していると聞いたが」
(キ、キターーーー!)
ほ、褒賞ですか!
土地がもらえるんですか、王様!
「さすがに、今はそれは難しい」
(ええええええええええ……)
この国王様、王妃に殺されかけたのも納得のイラっと具合です。なんだ、ぬか喜びさせないでよ!
「だが、フロウライト伯爵領は広く、エレスチャレ子爵が代官を務める領地は貧しい。子爵が今回の件で代官から罷免されるのは必須だろう。罷免されれば子爵位は空席になる。子爵の息子がおるが、まだ幼い。今いる代官のいずれかに譲られるか、フロウライト伯爵家に戻るだろう」
ふーん。
「そこを、そなたに譲るよう提案しよう」
「……!!」
「もともと爵位は国王から臣下が賜るもの。エレスチャレ家に相応しい者がおらぬなら、私が感謝の意を込めて贈るのもかまわぬだろう。
外聞としては、フロウライト伯爵の長女であり、エレスチャレ子爵の婚約者だ。フロウライト伯爵家を継がぬ代わり贈られたものとすれば良い。
--フロウライト伯爵にはそう命じる。妻の動向を管理できなかったことだしな」
それはあなたもでしょうと言いたいがグッと我慢。
あれあれ、でもこれ、私さらにフロウライト伯爵家から命狙われない?
「ハーキマー伯爵家にはなにも?」
スマラルダスが言った。誰それ?
「フロウライト伯爵夫人のご実家です」
私のキョトンとした顔を見て、アンバー先生がそっと教えてくれた。
「フロウライト伯爵夫人は実家のハ-キマー家に子爵位を与えるつもりだったからの。そなたが得るならば目論見どおりにいかぬと知ろう。フロウライト伯爵自身はこのことを知らなかったようだ。今回の件は伯爵夫人とその実家の企みのようだ」
「それは、つまり、ハーキマー伯爵はフロウライト伯爵家の乗っ取りを考えているということですの?」
(て、ことは、もしや借金の債権者はハーキマー伯爵? えっとー、借金はどうなるの?)
「そのようだな。オニキス・ソーダライトと同様に」
そーいや、そうだ。
人のこと責められない。
荒事はゴメンなんだけどな~。爵位にこだわってないし。
「そなたは精霊契約もあり、魔剣も持った人間だ。これで貴族として認められなければ、フロウライト伯爵がそしりを受けよう」
「…はい。ありがたく頂戴いたします」
肝心のエレスチャレ子爵自身がそれに納得するのかわかんないんだけど、ここはひとまず折れておこう。
国王様はそのまま、スマラルダスに声をかけて館の外に出た。
私とスピネル君とアンバー先生は執務室にいるよう、スマラルダスに促される。
彼らがゾロゾロと馬車に乗り帰っていくのが窓から見えた。
「代官罷免って、実際罷免されるのかしら? それに、罷免されてもエレスチャレ子爵の作ったハーキマー伯爵への債務は消えないんだよね? なにより王様の無茶ぶりに、フロウライト伯爵やエレスチャレ子爵が納得するものかなあ…」
私の独り言は、スピネル君もアンバー先生にも聞こえたはずなのに、二人ともハハハと乾いた笑いを返すだけでなにも答えてくれなかった。
だが、後日、私は齢七歳の女子爵となる。
エレスチャレ子爵と正式な婚約の書面を作成した数日後、エレスチャレ子爵が駆け落ちしたからだ。




