36話
(…どういうこと!?)
私は驚愕に目を見開いた。
さっきまでここはスマラルダス…エメラルディン王子を脅すための王妃が調えた舞台だった。
でも、今はどうだろう。
椅子には難しい顔したシルバートとスピネル君。そして変わらない落ち着いた様子のアンバー先生。
けれど、王妃の親衛隊は、その剣の切っ先をすべて王妃に向けている。
そして何が怖いって、その剣が向けられている王妃本人が、どこか遠くを見て、軽く口から泡を吹いてスマラルダスを玉座に就けることをまるで夢見るように語っていることだ。
背筋に軽く怖気が走る。
(い、いったい、何が起こっているのだ~!?)
すると今まで静観していたスマラルダスがおもむろに質問した。
「王妃様、質問があります。今回、フロウライト伯爵夫人の企みに便乗とのことですが、彼女の企みとは?」
「エレスチャレ子爵家から爵位を奪うことです。代官のなかでも爵位を与えられているのはエレスチャレ家のみ。代官たちが、フロウライト伯爵の領地経営に不満を抱けば、次の領主候補になるのは、自然、エレスチャレ子爵ですから。その爵位を事前に夫人の実家に与えるつもりだったのです。そのため、エレスチャレ子爵には、その立場に見合わない--代官たちから見放されるような行動を取って貰わなければなりませんでした」
(……! じゃあ、相場師はフロウライト伯爵夫人…、パールのお母様の手の者?)
「幸い、男やもめが長かった子爵は夫人が用意した女性に骨抜きになったようですね。その女性の言いなりになってアゲートを雇ったのですから。アゲートは夫人の実家の手の者ですよ。これらは、エメラルディン。貴方も情報を掴んでいたでしょう?」
「ええ。エレスチャレ子爵は今どこに?」
「どこ?」
「…ええ」
「まあ、勿論、この部屋にいますよ」
その王妃へ返答に重なるように、フフフフとくぐもった声が後ろから聞こえた。
すると、ゆらりとその人は立ち上がる。
--侍従のジャスパーが。
だが、立ち上がった足元はおぼつかず、カチャンと手元からフォークが落ちるのが見えた。
彼の膝からジワリと赤いしみが広がる。
「まさか、エメラルディン王子が"魅了持ち"であったとはな。このジャスパー、戦場から離れて久しい。ぬかったわ。大旦那様の槍持ちとして走った昔であれば、もう少し鼻も利いたであろうに」
(あ…、魅了…! そうか、この部屋の中の人間、状態異常に陥っているんだ…!)
魅了や混乱は一発殴ると素に戻る。だから、シルバートも兵や王妃に手を出さなかったんだ。
たしか、パールも将来魅了魔法を操るようになれるはず。
でも、今の言葉から、エメラルディン…、スマラルダスは魅了体質か。魔法を使わなくても、周囲を魅了してしまう厄介な体質だ。
ちなみに、私、アイアンディーネは全ての精神系の状態異常に耐性がある。
だって、ヒロインを陥れる悪役令嬢が攻略対象やヒロインに篭絡されるワケにはいかんもの。
そして、私も緊張で手に汗握る。
ジャスパーはおそらく、手に暗器を隠し持っている。
これはカン。
じゃなきゃ、この状況で動くわけはない。
彼の狙いは、--私か?
(いいえ…!!)
「「そこだーー!!」」
私とジャスパーの声が重なった。
窓の脇、大振りなカーテンに向けてジャスパーが放った小刀が飛んだが、それを私の背から伸びる魔剣が叩き落す。同時にもう一本展開し、カーテンを切り裂きドサと落ちたカーテンの影にいたひとかたまりの物体を露にした。それは人間で--体を縄で縛り上げられたエレスチャレ子爵--だった。
エレスチャレ子爵はぐったりしており、意識はない。
「死んではいませんよ」
魅了にかかっている王妃は淡々と状況を説明してくれる。
「恋人と旅行に行っていたのは事実ですけど…。その先でその恋人によって、クリソプレーズ・フロウライトの実家、ハーキマー伯爵の雇ったならず者に引き渡されたようですよ。さすがにこれを見逃してフロウライト伯爵領で代官たちの領主交代劇が今起こるのは、王家にとって得策ではないですからね。私の手の者が確保しました。
アイアンディーネへの脅迫の材料にもなるでしょうし」
(言うてくれる…)
汗だくでその場に膝をついた私をスピネル君が支えてくれるが、転がったエレスチャレ子爵より、もっと衝撃的なものを視界に見つけて息を呑んだ。
「ぐ…?」
「どうする? これは呪うか?」
シルバートがいつの間にかジャスパーの後ろに立っていた。
シルバートの手にする剣はジャスパーの背に突き刺さり、胸を貫いていた。その剣先には赤い心臓がまだ脈打っていた。
(な、なんで、心臓刺されて体外に出ているのに、ジャスパー、生きているの~~~!!)
--血の滴るモツ、である。
トラウマものだ。あばばばばば。
当たり前のように、シルバートはこの心臓の、いや、ジャスパーの生き死にをエメラルディン王子に問うた。
エメラルディンはそうだな、と少し考えて答える。
「前エレスチャレ子爵の槍持ちジャスパーと言えば、対人で無双を誇った戦士だ。使えるだろう。お前が使役して構わない」
「では頂こう。ジャスパー、そちは、我の呪いを受けて、今日から我の眷属ぞ」
切っ先の心臓がスゥと消え、そしてジャスパーの体から引き抜かれる。
それに合わせて、ジャスパーはその場に崩れ落ちた。
「…呪い…?」
私はようやく、搾り出すように言葉を出す。
シルバートがこちらを見る。
「魔剣の"呪い"ぞ。お前の魔剣もいずれ出来よう。お前の良心が許せば、だが」
「……む・り」
さすがに、グロ耐性はない。
スピネル君がポケットから取り出したミントの気付けを嗅がせてくれて、私は椅子に座れた。
正気を失っている王妃たちが羨ましいわ。
「…アイアンディーネ様、大丈夫ですか?」
椅子で一息ついている私に近づき、アンバー先生が視線を合わせてから脈を診た。
「アンバー、アイアンディーネは魅了にかからぬようだな?」
口にしたのはシルバートだ。
「…アイアンディーネ様の母君が強烈なカリスマ体質でした。そのため、アイアンディーネ様には状態異常に免疫があるのですよ」
そうだったのか~、と私自身納得。そんな裏設定、知りませんでした。
リビアンさんも、魅了でぼうとしているし、なんか、いたたまれない空気だ。
ろう人形の中に一人いるような。
不安げな顔をさらしたせいか、アンバー先生が私の肩を抱く。
ホっとしたところに、エメラルディン王子が言った。
「父上、もう出てまいられてもいいのでは?」
(え!?)
「手間をかけたな。エメラルディン…」
正面の扉が開き、数人の騎士と伴に壮年の男性が現れた。
しっかりと、自分の足で歩いて。
(ね、寝たきりじゃなかったの~!?)
突然のジュエルランドのトップの登場に、私は開いた口がふさがらなかった。




