34話
「ダートナ!!」
眼下に見える光景に私は戦慄した。まだ木々の残る森近い位置にある空晶館の裏門。そこに、ダートナが雪中なのに倒れこみ、門近くには二人の小さな人影。ジェダイトとガーネットだろうか。
そして、その先の木々から、今までいなかった黒装束の--ニンジャたちがワラワラと現れている。
その中の数人が門に向けて魔法陣を形成していた。
魔法を放とうというのがわかった。
「や…、やめてーーー!!」
魔法の光が眩い光線となって放たれ、門の周囲に耳をつんざくような音がし、辺りが水蒸気で包まれた。
「いやーーー!!」
うそ、嘘だ!
ダートナが、ダートナが死ぬはずない!
だって、これはエレスチャレルートだもの。エレスチャレルートはダートナは私が大人になっても一緒にいたもの。
エレスチャレ子爵が婚約に同意していないから!?
「…どうして!? エレスチャレ子爵を捕まえて無理にでも結婚証明書にサインさせれば良かったの!?」
「落ち着いて、アイアンディーネ!」
後ろのソリから声がかかる。
私はソリから飛び降りようとしていたらしい。
だが、それはかなわない。アカハナトナカイのソリは空中から落ちることも、降りることも許さないシステムだ。
「だって、ダートナが死んじゃう!」
「落ち着きなさい、アイアンディーネ。門と、雪原を見なさい!」
後ろの連結したソリに乗るスピネルが身を乗り出し私を揺さぶった。
彼の言葉に慌てて下を見ると、雪煙の中から、門と先ほどまでニンジャのいた辺りに無数の柱のような影が見える。
そして、門の内、ダートナのいた場所が見晴らせた。
そこには、ラムレーズン色の髪の影。
「……ダートナ!」
(ああ! ダートナ、無事だった!!)
そして、私の耳に振り落ちる声。
それに私は驚き顔を上げる。
「妾の愛し子の住む場所で命のやり取りなど許すはずもない。痴れ者どもめ」
その美しい声の主は白い粉雪の中からうっそりと現れた。
森の木々より高い位置にその美しい顔があり、それは私と同じくらいの高さだ。
秋に会った時より彼女の髪にも肌にも艶が戻っていた。
今は季節の色の白い光沢あるドレスのドレープを揺らした姿で、そう、この土地の真の支配者。私の契約精霊--空晶が、森の中に佇んでいた。
「空晶様!」
空晶はにっこり微笑む。
「安心おしアイアンディーネ。この土地は妾の体。その体の上でお前の守るものを傷つける者などいったい誰がが許すそうか。なに、ドレスの裾に纏わりつく埃をはらったまで」
……その、空晶の言葉どおり、雪原のニンジャたちは今は沈黙している。
彼らはすべて、空晶が作った氷の柱に包まれて、時を止めていた。
****
空晶は彼らをこのまま雪崩れと伴に谷底まで運ぼうか? と邪気なく聞いてきたがさすがにそれはどうかと思い、角の立たないよう丁寧にお断りした。
彼女がまた森に姿を消したのを見送ると急いでトナカイを門近くに滑り込むように着陸させる。
ニンジャ入りの氷の柱が並ぶ様は壮観であったが、うすら寒いものがある。
(空晶を怒らせるのはやっぱり、怖いわ~…)
「アイアンディーネ様!」
その声を聞いて振り向いた先にはダートナと、ブルーレースがいた。二人は門の中にいる。それから、いつの間に到着したのか、シルバートがいた。彼は私を見つけるとこちらに向かって歩いてくる。
シルバートは渋い顔だ。
私とスピネル君は二人揃ってシルバートに駆け寄る。
「シルバート、来てくれたんですね。これは…」
「シルバートだけですか!?」
シルバートはため息をついた。
「スマラルダスはエレスチャレの館に残ると。……敵の思惑に乗ると言い出した」
ええ!? どういうこと!?
私は彼を見上げる。
「孤児院の子供だけでなく、アイアンディーネを襲った時点で気がついた。敵の目的はスマラルダスを引っ張り出すことだ。側妃ではない。王妃の手の者だな--これは」
「え」
「アイアンディーネに危険が及べばオニキス・ソーダライトは我らを見捨てるだろうよ。それを見越してだ。それと見ろ、ブルーレースの、魔女の結界に入り込める魔法が竜以外にも居るのを思い出せ。魔女の力を発揮できるのは王族への忠誠を誓ったからだ」
あ、とブルーレースが倒れているジェダイトへ駆け寄りその手にいまだ握りこまれている手紙を奪った。
そしてビリビリと破り、息をつく。
「全文を読むと魔法が発動する仕掛けですわね…。魔力自体はほぼ使われていません。この術を使えるのは王家の呪具師でしょうね。忌々しい…!」
私は今も動き出しそうな氷柱を横目に見ながら、ダートナに抱きつく。
ダートナの体も冷え切っていた。
でも、生きている。
それだけでいい。
「ガーネットとジェダイトは…」
「魔力が使われない代わり、体に悪影響は少ない術です。でも、この手紙を彼に最後まで読むよう手紙の冒頭に書かれていますわ。そこだけ筆跡が違いますの…。この文字に覚えは?」
私はひとつの疑いがあった。
でも、実の娘にこんな魔法をかけるとは思いたくない。
ブルーレースの差し出した破られた便箋を見る。
「……見覚えありません。ガーネットちゃんのお母様の字ではありませんわ」
「だろうな」
シルバートの眉根がさらに潜まる。
「シルバート、貴方たちはどんな情報を隠しているのですか?」
ソリから降り立ったアンバー先生が彼を睨みながら言う。それからダートナは私の髪をひと撫でし、安心させるように笑うと私から離れてジェダイトとガーネットちゃんをモルダヴァイトと伴に助け起こした。
「侍従のジャスパーには妹がいた。その妹が先代の妾だ。つまり、ガーネットの母親はジャスパーの姪。優秀な姪に我慢させていた結果がこれだ。病院で後悔するのも当然だろうよ。そこに付け込まれたというわけだ。ジャスパーを見張ってはいたが、側妃の手の者にしては動きが遅く、搦め手だと思えば--王妃の手の者だったというわけだ。あの女狐め…!」
「待って、どうして王妃様はスマラルダスを追い詰めるのです?」
「王妃は味方ではない。自身の形代になる神輿が欲しいだけだ。王の病は相当悪い。王が目覚めぬことを想定してあの女は動いておるのだろうて」
私はその言葉にハッとする。
「……では、王はずっと寝たきり?」
ジュエルランドの国防の危機かよ!
王妃は外国人。スマラルダスを立てて、彼女の出身国の利益優先の政をしようというわけか!
「わが子可愛さになさぬ仲のスマラルダスを殺そうとする側妃の方がまだ可愛い…?」
「どっちもどっちです! シルバート、私は行きます。あんな女の思惑に乗る必要はありません!」
私の呟きをスピネル君がぺしゃんこにした。
あ、いや、そうね。どっちもどっちだね。
そして私は思い出す。
自分の手元にある石を。
「では--王が快癒すれば…?」
「側妃の実家の権勢が今以上になる。結果はさして変わらんよ」
「いいえ。敵が明確になる。守りやすくなるでしょ…! スマラルダスを止めましょう! 王妃にくみすべきではないわ。私も行きます、スピネル君」
スピネル君が訝しそうに見る。
「薔薇聖石ならば私も持っています。確かにこれから薬を作れば…。ですが危険です。アイアンディーネが行くべきじゃない」
「…いいえ。私はジャスパーに話があるのです。ガーネットちゃんのお母様の安全と、エレスチャレ子爵の身柄をかくほしたい。…エレスチャレ子爵はほんとうに恋人と旅行に行っているのでしょうか…!?」
--私の子供らしくない残酷な疑念に、その場にいた大人は皆 凍りついた。




