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29話


「ハックションハックション!」

「風邪ですか? アイアンディーネ、もう一枚着ましょう」


スピネル君が甲斐甲斐しくポンチョを肩からかけてくれる。

い~つ~も~す~ま~な~い~ね~~。


「ん~、くしゃみが2回だからどこかで悪い噂言われているのだわ」

「どこの迷信ですか?」


真剣に聞き返された。

あれ? この世界にはないの?

ちなみに、あれ以来スピネル君は私を呼び捨てだ。

ふふふ、一歩進んだ関係に! 名実伴に心友に!!


「それはそうと、いくつ出来ましたか?」

「ん、待って。これで人数分…」


そう言って私は手元の黒鉛と薪に魔力を通す。

すると、パアと光ってバラリと膝元に鉛筆が一ダース出来上がり。

ふー。意外に魔力を使うのだ。

スピネル君もトントンと小さく切った紙をまとめている。

これも鉛筆同様、魔法で作った紙だ。

木材の切り出しで木片や薪に不自由していないからね。

町の道具屋に行けば売っているが、これくらいならパパッと作った方が早い。


「紙は"目安箱"の脇にセットしておきましょう。これで準備OKですわね」


言って私は"目安箱"造りを手伝ってくれた二人を見る。

そう、二人。

今、この精霊堂にはガーネットちゃんとジェダイトがいるのだ。


「わざわざ皆の意見を聞くための意見箱を用意するなんて。アイアンディーネは面白いことを考えるんだね」


ジェダイトが感心したように言う。

最初の頃の私への悪印象は完全払拭されたようだ。むはははは。


「でも、鉛筆も"目安箱"に付けておけば、こんなに数はいらないのじゃない?」


ガーネットちゃんの言うのも もっとも。


「"目安箱"にも数本、紙と一緒に置いておきますわ。筆記具は冬の間、色々勉強することもあるでしょうからプレゼントするつもりですの」


ノートも作るつもりなのだ。大人たちの分も含めて、クリスマスプレゼントにするのだよ。


「素敵。アイアンディーネ様は立派ですね」


ガーネットちゃんの賞賛の心地よさ。

この子は魔性を秘めているかもしれん。


あれから、最初の雪が降った。

それを目処に、エレスチャレ村の人達がエレスチャレ子爵の冬用の建物に移ってきた。

その頃、ガーネットちゃんのお母さん、リビアンさんがこの精霊堂-命名、空晶館-を訪れたのだ。

意外なお願いをしに。




****




それは数日前、晴れた日、スマラルダスがエレスチャレの館からガーネットちゃんのお母さん、エレスチャレ子爵の主治医リビアン・グラスさんを連れてきたのだ。

空晶館も冬支度を調えていて、あわただしく活気があった。

そんな館の私の書斎の初めてのお客様が、彼女になった。

だが、その彼女の懇願は私には意外なものだった。


「え? ガーネットさんとジェダイト様をこの館に預けたい?」


はい、と彼女は重々しく頷く。

正直 内心、なんで? と不可解な申し出と思った。

あのエレスチャレ子爵が許すわけないだろうと。

しかし、彼女が話した内容は私の予想外で。


「…エレスチャレ子爵が旅行に行きました。年越しするまで戻らないということです。その間、子供たちをエレスチャレの館に置いておくのは不安なのですわ。その、またあの連中がくるかもしれませんから」


まさに、開いた口がふさがらないとはこのことだ。


「…来るでしょう。目的が果たされていませんもの」


あれから、スマラルダスの方で情報を集めて貰い、奴らの隠れ家をあぶりだしていた。

そして、のこのこセルカドニーの人達の集落に現れた奴らの一味を押さえ、モルダヴァイトらがその隠れ家に潜入し彼らを捕縛した。


例の相場師はセルカドニーの港町の事務所以外に下町の人気のない場所に一戸建てを持っていて、そこで攫われた村人とアゲートが隠れていたのだ。


アンバー先生が「目にもの」と言っていたし、このアイアンディーネ・ザ・ジャイアンが庇護する者に手を出すとどうなるか教えなくてはならないかな、と思いちょこっと救出時暴れて貰った。

そして、例の相場師がセルカドニーの港町のならず者たちの首領であったことが判明。

救出作戦時、遅れて到着したセルカドニーの官憲に彼らを引き渡し解決、かと思いきや。


そう、村人の救出はすでにスマラルダスたちが行っていたのだが、セルカドニー侯爵領の官憲は、アゲートをまんまと逃がしてしまったのだ。

グググ。


そして、超痛かったのは、相場師が持っていた債権、エレスチャレ子爵の取立て権がすでに別の人間の手に渡っており、彼らはただの代理人であったこと。

彼らはこの強硬なやり口は自分たちの判断であったと主張。

しかも、アゲートが小切手を持ち逃げしていた事実は知らず、自分たちも彼に騙されていたと言い出した。


つまり、エレスチャレ子爵の借財はなくならなかった。


アゲートを逃がしたことで相場師の男とアゲートがグルだと証明出来なかったのも地味に痛い。

新しい債権者については私はまだスマラルダスから聞いていない。

けれど、どうやら、他領の貴族がからんでいるようなのだ。

もともと彼らの目的は爵位だ。

黒幕がどうあれ、爵位を手放すようエレスチャレ子爵を追い詰めることが目的なのだ。


このことはエレスチャレ子爵に報告済みで、その際、彼は私の住まいにセルカドニー侯爵領の人間がいることも今後、彼らを雇うことも、把握している。


他領の貴族が、このフロウライト伯爵領で『エレスチャレ子爵位』を得ることで起きる危険性はエレスチャレ子爵が一番よくわかっていると思う。

この爵位はフロウライト伯爵に跡継ぎがいない場合、後継者を出すための爵位なのだ。

これは、フロウライト領の代官全員の認識だ。

そして、フロウライト伯爵には娘しかいない。

勿論、王の承認を得れば女性でも爵位を継ぐことは可能だけれど、そのハードルは高い。

ゲームでだって、ヒロインパールが十五歳の成人でようやく承認されているんだから。

今、フロウライト伯爵になにかあったら、このフロウライト伯爵領は大きく揺れるぞ。


「なのに…。旅行…」


いやいや、と私はかぶりを振った。


「お、お仕事なら仕方ありませんわね?」


そうだと言って、ガーネットちゃんのお母さん!


「……弟には恋人がいます。その女性との旅行ですわ」

「え」


私は目を剥いた。

恋人がいるのはワカル。伯爵もやもめ暮らしが長いでしょうから恋人の一人、二人はいるでしょう。

その恋人との旅行が家族や館の使用人の安全より優先度高いのは許容できないが、理解しよう。

なんで、今? とは思うけど、フロウライト伯爵も正妻亡くなってすぐ愛人と結婚しているし もうダメ貴族あるあるなんだろう。

だが。

もうひとつ、イミフな単語が。


「おとうと…?」


私は隣に立つスマラルダスを見上げた。


「本当に?」

「ええ」


スマラルダスがコクリと頷き言う。


「初耳ですわ…」


てか、お前知っていたのか、スマラルダス!!

『ええ』ってシレっと言うな!


「…て、ことはガーネットちゃんはジェダイト様の従姉妹…」


お母さんが はい、と肯定する。


「私は前のエレスチャレ子爵の妾腹なのです、アイアンディーネ様」


……重要人物じゃん……。




****




ガーネットちゃんのお母さんがエレスチャレ子爵の娘なら相続権があるのではと、このこと聞いたときは思ったがスマラルダスいわく、さすがに庶子には権利がないとのことだった。

しかも、彼女自身魔力取得に失敗し、貴族として社交界に出ていない。

貴族名鑑に名前もないのだ。

そのため、まだ私、七歳のアイアンディーネに言う必要ないと判断したと。

まあね。他人様の家庭の事情だしね。大きくなってからじゃないと理解できないと思われても仕方ないか。

スマラルダスは私が一回大人やっていたこと知らないもんね。

でもこれで前世のゲームの中で、ガーネットちゃんが貴族や特別な平民しか通えない学園にいた理由がわかったわ。

あー、スッキリ。


(でも、こんな内々の事情を話すと言う事は、ガーネットちゃんのお母さん、エレスチャレ子爵に怒髪天ってことだよね…)


彼女がエレスチャレ子爵の姉なら、私が子爵の政敵という立ち位置の、フロウライト伯爵の娘だということも理解して立ち回っていたはず。

その私に次期子爵のジェダイトや、娘のガーネットちゃんを預けるのだもの。

まあ、私も、エレスチャレ子爵には呆れ果てたが。


「お母さん、大丈夫かなあ…」


外の冷たい空気との寒暖差で白く曇った窓硝子を見つめ、ガーネットちゃんが呟いた。

ジェダイトもここに来てからずっと、口にはしないけど館の人達を心配している。


「大丈夫ですわ。万一の襲撃に備えて館にモルダヴァイトたちを常駐しています。連中の動きはスマラルダスがつけた見張りが報告してくれます。また、エレスチャレ子爵の旅先にも、影から守るよう、手配していますもの」


これはエレスチャレ子爵には言っていないけど。

つか、ここまでタイミングよくエレスチャレ子爵に不利な行動取らせる時点で、スマラルダスはそのエレスチャレ子爵の恋人をマーキング。


(…爵位を狙う人間の手の内で彼も、私たちも踊らされているのかもしれない)


遠回りだなあ、とも思うけどこの迂遠なやり方は貴族らしいとも言えるとスマラルダスが言っていた。


(なんか、スマラルダスはあたり付けているみたいなんだけどね。もう、秘密主義なんだからさ)


そう思って、私はスピネル君をじっと見る。

彼はその視線に気づいて、にっこり笑う。

エンジェルスマイル。


「さあ、私たちはスマラルダスの宿題を終えましょう。この土地で、なんの産業を起こしましょうか?」


彼の言葉に私はクッと顎をあげた。


「考えがあります」

「ほう?」

「えっ、考え?」

「どのような考えですか?」


意外そうな声が三人分あがった。こら。


「私、宅急便というシステムを考えました。つまり、郵便屋さんですわね」


届けるものは小荷物。そう、地方への輸送システムを確立するのだ。だが、この世界、鉄道すらない。交通インフラが未整備な村々が多く、荷物の輸送は時間がかかるのだ。

なーのーでー。


「制空権を獲りましょう!」

「……は?」

「絶滅危惧種、アカハナトナカイの放牧と、その家畜化に成功した離農寸前のサンタクロース一家を救うのです!」


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