30話
ホワイトアウトってご存知?
冬の吹雪で視界がなくなることですが、生前、私は一度経験がある。
私の家の傍にはでっかい公園があり、春から秋にかけては人々の憩いの場であった。
私の住んでいたところは豪雪地帯で、さすがに冬はその公園は閉鎖同然で人が近寄らない。
だけど、ある冬の日、つい近道だからとその公園を通り抜けて帰ろうとしたところ、もともとは小降りだった雪が強風を伴った大雪になった。
そうね、新興住宅地のその土地は、田舎で山の中腹あたりで、地形的に結構 高地に位置していた。
山の天気は変わりやすい。けれど、住宅地だったため、なんかすっかりそれが頭から抜け落ちていた私は家の近くだしと、冬は誰も通らないその公園に足を踏み入れてしまった。
冬は公園内は除雪が入らず、長靴だしと、ズカズカ雪漕いで歩いていた私は最初、広い公園でたった一人なことにワクワクさえしていた。
この公園は子供向けの遊具はなく、ベンチと植えられた樹木があるだけ。
それらはすでに雪でおおわれていて、辺り一面雪景色になっていた時期。
昼日中なので、公園内の街灯は灯りなく、遠くにぼやけた木々が見えるだけ。
前後左右の感覚が消え、急に吹雪いたその状況で、私は公園内で進行方向を見失ってしまったのだ。
そのとき、チラと遭難の二文字が浮かんだ記憶がある…。
--住宅街で!! 恥ずかしい~!!
すぐに、公園の外に車のテールランプが見えたので公園を抜けられたけど、あの時は正直、自分の迂闊をのろいました。
で、今なんでそんなこと思い出しているかと言うと。
「この状況でここまで赴くってどんだけアホなんですか、アイアンディーネお嬢様ー?」
「おっしゃらないで、モルダヴァイト! わたくしも今ちょっとじぶんでも思っていますから~!」
豪雪。
今、私とピンクとでなぜか吹雪の中、とある山の中に続く一本道の脇で、万能盾の屋根の下、二人凍えて身を寄せ合っているのだが!?
「てか、あなた随分お口がわるいのですね~!?」
「この状況では誰だって一言言わずにはおられませんよー!!」
私を後ろから抱えて人間カイロになっているピンクには悪いと思っているのよ~。
そんなやり取りをしていると、道の先から斥候で離れていたスピネル君が戻ってきた。
彼は魔力で自身を取り巻く防御膜を作れるそうだ。なので、そのコートには雪の結晶すら付いていない。なにそのチート。宇宙にもいけそう。
「アイアンディーネの言うとおり、ありました。"サンタクロース牧場"の立て札です。灯りがともっているので、人もいます。…歩けますか?」
「ありましたか!」
「確信なかったのか!?」
ピンクの鋭い突っ込みに、いえ、その、と私もおののく。
いや、場所は知っていたけど、私がゲーム内で情報を得たのは学園に入ってからで、時間的にもしかしたら もう離農していた可能性もありまして…。
もごもご。
「スマラルダスが一緒に来れれば良かったのですが」
「スマラルダスにはエレスチャレ子爵の館のことや、空晶館のことも任せていますもの。それに、お金の話になりますから、会計の出来るモルダヴァイトがいてくれた方がいいですわ」
「…わかっています。じっと見んな、二人とも」
モルダヴァイトが私をよいしょ、と抱えなおす。
途中、馬車では通れない道があり、そこを抜けると異世界…じゃなくていきなり猛吹雪だったのだ。
実際に ここに来たことはないので、この事実にびっくりよ。
ちなみに同じフロウライト伯爵領のエレスチャレ近くの山なのに。
馬車で一時間ほどのそう遠くない山の中なのですが、ゲームの知識も全能ではないのだな。
スピネル君が足元を魔法で照らし、モルダヴァイトが万能盾を掲げ雪の中、私たちは目的地へ進む。
「あの~、抱え方が雑ですわ…」
私は自慢の背筋でググっと顔をあげて、モルダヴァイトに言う。
抱っこしてもらって言うのもどうかと思うが、モルダヴァイトの抱え方は私を荷物のように脇に抱えていて、スマラルダスのように腕に腰掛ける抱え方と違うんだけど。
「俺はスマラルダスやコンクシェルと違って、力がないもんでね」
「わたくし、歩きましょうか?」
プラプラ手を揺らして聞く。
「この雪の中、アイアンディーネお嬢様の背丈ではむしろ足手まといになりますよ」
「…我慢します」
「我慢しないでください、アイアンディーネ! モルダヴァイト! あとでスマラルダスに言いつけますよ!」
スピネル君の叱責に しぶしぶモルダヴァイトは私を腕に乗せた。
うう、ごめんね。七歳の体重を片腕だっこは相当大変なのは理解します。
それから十分ほど歩いた先に、風にカタカタ揺れる『サンタクロース牧場』の看板を見つけた。
広い敷地は遠くに防風林らしき木々が林立しているが、白一色。すっかり日も暮れているけど、雪だとやはり周囲が明るく感じる。
前世の吹雪いた夜もそうだったけど、こういう時の空はなぜか赤く見えるのよね。不思議。
その先、スピネル君が指差す先に、小さな家があり、そこから灯りがこぼれているのが見えた。
モルダヴァイトを先頭にその家の玄関を叩くと、勢いよく扉が開かれ、そこにはまだ若いお兄ちゃんがいた。
「…先生! 待っていました! 早く! ハナコが産気付いて…!!」
「え?」
私は驚いて絶句した。
モルダヴァイトが困った様子で微笑み返す。このあたりの対応力はさすがだ。
「こんばんは。急に伺って申し訳ない。サンタクロースさんでしょうか?」
「…はい…。先生…、じゃない…。アレ?」
「あの、お取り込み中ですの…?」
私はおずおず顔を出す。さすがにもう抱えられてはいないよ!
(あれ? お兄さんの顔には見覚えがある。どこで会っただろうか…)
「あの、トナカイが急に産気づいてしまって…。獣医さんが来てくれるはずなんですが、途中で見ませんでしたか!?」
お兄さんの質問に、私たちは首を振る。
彼の顔色は蒼白だ。
「そんな…。どうしよう、ハナコは最後に残ったメスなのに…! やっぱりお祖父ちゃんがいなくちゃ…。オレじゃあ、出産なんてムリだあ!」
頭抱えたお兄さんに、私は思わず駆け寄った。
「最後のメスって。その子がいなくなれば、アカハナトナカイのはんしょくは出来ないということ!?」
へなへな座り込むお兄さんはコクリと頷く。
私はキッとスピネル君とモルダヴァイトに向き直る。
「アンバー先生を呼びます! 他にかちくの出産に立ち会ったことある人は!?」
「いや、いるわけ…」
「あります。牛の出産ですが」
スピネル君の人生経験が九歳じゃない件!
とりま、突っ込んでいる場合じゃない!
「いでよーー!」
自分の命の危険の際にも使わなかった、アンバー先生を呼び出すバングルを掲げ魔法陣を展開した結果、アンバー先生は現れたとたん、広範囲魔法放とうとしてモルダヴァイトに羽交い絞めされていた。
「うわ~、可愛い~」
深夜に至ったトナカイの出産だが、なんとか無事終わった。
朝、吹雪はすでに止み、白銀の世界が辺りを覆っている。
「俺はギブ…。後産なんかもあるのかよ…」
出産を手伝ったモルダヴァイトがグロッキーだ。あれ、グロッキーって言葉は死語? まあいい、可哀相に。慣れない人には辛いよね。私もさすがに未経験。前世でも出産していないし。
でも母親が私を産んだあと、終わりだ~、と思い眠ろうとしたら看護婦さんに「後産あるわよ、寝たら死ぬわよ!」と頬をペチペチされたとか。
アカハナトナカイの母子は元気で、出産時、私は空気調節の魔法陣を込めた魔石を用意したあと、アンバー先生から休むようにと きつく言われたので夕べはぐっすり眠らせてもらった。
なので、出産に立ち会っていません。モルダヴァイト、すまぬ。
スピネル君は生まれるまで手伝い、朝方眠ったそうだ。今もサンタさん家の客間で眠っている。
そして、朝まで様子を見ていて完徹組の男三人は今だ眠そうだが、休むことなくまだ、トナカイの小屋にいた。
さすがに、フロウライト村で医者をしていたアンバー先生は家畜の出産もよく請け負っていたため慣れている。
この世界の田舎じゃ、人間も動物も診なけりゃならないことが多い。
私の横では、昨日のお兄さん、もといサンタクロース氏が涙腺崩壊している。
(う~ん、イメージと違った。もっと、ご高齢かと勝手に想像していた…。でもやっぱり覚えある顔立ちなのよね)
私がこのサンタクロース氏が離農することを知っていたのはゲーム中盤、学園に入った頃に素材集めやレベリング上げのため、冒険者ギルドに登録したとき、初心者でも出来るアルバイトに『一日サンタクロース』という依頼があるからだ。
元が日本製のゲームなのでクリスマスもあるし、バレンタインも当然ある。
で、その依頼の依頼者は王都のお役所で、内容は十二月二十四日の聖夜に会員登録している子供たちにクリスマスプレゼントを配る仕事だ。
体力が高いと成功するのだが、割と簡単な依頼なので、毎年受けていた。
で、その時、この世界に一頭だけ残ったアカハナトナカイの引く空飛ぶソリを運転するのだ。
勿論、煙突からでなく、玄関から配達するのだ。サンタでも、不法侵入はできません。
その役所の人いわく、昔は複数のソリが王都だけでなく、ジュエルランド中を聖夜に飛び交い、プレゼントを配っていた、という昔話をするのよね。
しかし、それが数年前にトナカイ生産者のサンタクロース氏が離農し、ただでさえ少なかったトナカイはこの老齢の一頭を最後に絶滅するだろう、という話を聞く。
当時はなんてことない情報だったが、今、この状況では、この情報は、すごい情報なのよ…。
だって、まだアカハナトナカイを育てることができるのだもの!
このゲーム…、ううん、この世界では空飛ぶ乗り物がない。
竜が守護するこのジュエルランドでは、空は彼らだけのもの。
そして、土地には精霊がいて、彼らと契約した土地には境界があるから不用意に空からだって侵入できない。
だけど、アカハナトナカイだけはそのルールは適応されない。なぜなら、この生き物、空からものを落とせないのだ。
なぜか、アカハナトナカイで飛ぶ場合、ソリの荷物を落とすこともできないの。
トナカイやソリから降りなければ、荷物を降ろせないのだ。本当に、荷物を運ぶことしか出来ない。
いくら空を飛べても、攻撃力皆無なのだ。
しかも、人間は積載人数に制限ある。役所の人から細かくアカハナトナカイの取り扱い注意受けたもんね。
つまり、アカハナトナカイは、竜から「無害」認定されているのだ。
そのため、魔女のように睨まれる事もない!
精霊の境界をものともせず、最短距離を自由に飛べる生き物、アカハナトナカイを独占出来たら!
(このアカハナトナカイで一発当てられる! 航空便ができる! 繁殖して、レンタルよ。流通革命だ~!)
とまあ、こんな生臭い色した瞳で家畜小屋の柵に身を乗り出し、私は無垢な赤ちゃんトナカイをギラギラ見ていた。
今の私の湖水の瞳には、マリモは住めない。
そんな私に、横にいたアンバー先生がそろそろ、と言った。
「サンタクロース氏にお話なさった方がいいでしょう。決断は後日でも、せめて我々がここに来た理由だけでも」




