27話 精霊堂にて、酒の席
あけましておめでとうございます。
今年もボチボチ、マイペース更新ですがよろしくお願いします。
「まったく、どういうつもりだろーね。あのお嬢様は」
「ぶつぶつ言うな、モルダヴァイト」
自分たちのまとめた荷物を一階に移動させながら、ピンク髪のモルダヴァイトが愚痴を言う。
こいつはどうも口さがない、とコンクシェルは思う。悪いやつではないのだが。
「博愛精神? ノブレスオブリージュ? それは自分のことが出来てからじゃん?」
「お前は本当、スマラルダスの前と俺たちの前じゃ口調が違うな」
「当たり前でしょ、スマラルダスは俺たちの主だ」
主、と称した声は真剣だった。
孤児院のメンバーの中でこいつが一番スマラルダスに心酔している。
だからこそ、孤児院の会計も任せられるんだよな、とコンクシェルもふうと息をついた。
部屋の前まで来て、ドアが自動で開いた。
「足音が聞こえたから。部屋の中は調えてあるよ」
穏やかな声で答えたコーパルが扉の中にいた。
「ああ、助かる。モリオンは?」
「隣の部屋。子供たちを寝かしつけてから来るよ。今日からしばらく一人部屋の子供たちも僕らと眠るつもり」
ああ、とコンクシェルは頷く。
にこにこ笑いながらコーパルは言う。
「彼らが側妃の刺客とは思わないけれど、見知らぬ人間を安易に信用出来るほどお目出度くはないからさ」
こいつも、おっとりした見た目に反して口が悪い。
「仕方ないんだ、コンクシェル。僕らは裏家業が長かったから。
ああ、勿論彼らが僕らに手出しできないのも知っているよ。アンバーが一緒だからね。彼が既にシルバートから受け取った魔石を使って、彼らに僕らへの疑心や攻撃を起こすことないよう、洗脳を済ませているのもわかっている。だけど、それでもこう思ってしまうんだ。念には念を、とね」
コンクシェルの考えていることを悟ったか、コーパルがこちらに声をかけた。
「そうだな…。悪い。その通りだ。アンバーの魔法は強力だが、抵抗できない人間ばかりじゃないからな」
アンバーが洞窟で彼らに医療行為をした際、全員にこちらへの抵抗心を削ぐ魔法をかけたのは聞いていた。
彼らの村まで付いて行ったのも村に残っていた男たちにもその魔法をかけるためだ。
スマラルダスやアンバーはこういう時、躊躇しない。守るものがある時、彼らの行動は早い。
"洗脳"と聞いて抵抗感を覚えるコンクシェルは彼らに比べ、自分はやはり孤児院の仕事には向いていなかったと思う。
モルダヴァイトとコーパルはコンクシェルより年上で、まだ王が健在だったため少年時代から大人と伴に実践で仕事をしていた。それらの才に欠けていたコンクシェルや、学園に残り魔法の研究や騎士団に協力するのが中心だったアンバーは暗殺の仕事はしていない。モリオンやダートナは諜報のみ。
だからと言って、アンバーはその手を汚すことを躊躇うタイプではなかったけれど、体術などではモルダヴァイトやコーパルには大きく劣る。
子供たちの面倒をコーパルが見ているのは、敵襲を返り討ちできる実力があるからだった。
ことに、その存在感の薄さは武器になり、暗殺技術では大人より抜きん出ていた。
モルダヴァイトもしかり。
モルダヴァイトは情報戦が得意だが、剣の腕ではシルバートに匹敵する。
王が倒れてから、この孤児院出身で構成された部隊は散り散りになった。
残ったコンクシェルらが、スマラルダスと行動を伴にして、孤児院を守っている。
今いる子供たちは過去そんな孤児院から暗殺部隊に送り込まれ、そして死んだ連中の忘れ形見だ。
彼らはもうそんな未来に送り込まれることはない。スマラルダスがそれを拒絶してくれたから。
この孤児院出身者が手を血に染めるのはもう終わらせたい、そう考えた人間だけがここに残っているのだ。
引越しを終えて、子供たちを寝かしつけたモリオンも交えて自然、雑談になった。
アンバーが用意した侵入者対策の魔法を刻んだ魔石を子供部屋に置いてあるので安心だ。
気配に敏いコーパルが何気に気を配っているので隣室の子供たちに何かあっても すぐ対応できる。
これは便利だな、と手元のホットワインをコクリと飲んでコンクシェルはそれらの魔石をかざして呟いた。
アイアンディーネのために以前からアンバーが使っていたものらしい。
アンバーはこういう小物づくりが昔から得意だった。
同じものが複数用意されており、この室内にも置いている。
「アンバーは意外だったな…。アイアンディーネ様をちゃんと育ていたのは」
「おかしな言い方だね、コンクシェル」
モリオンが笑う。モリオンは王宮では正規の衛兵として働いていた。
「まあ、意外だったねー。でもアンバーはダートナに惚れているしな。彼女の頼みは断らない。あいつは身内に甘いところがある。その甘さのせいでダートナを一度手放すハメになったくせに」
モルダヴァイトはアンバーに、いや、ダートナに辛口だ。
それがなぜかはコンクシェルは知っている。
ダートナは、この孤児院では少し異色だった。
彼女は"普通の幸せ"を諦めなかった。それは幼い頃から。
いつかここから出て、自分は普通のお母さんになって、子供と夫に囲まれて暮らすのだ、と。
その才に長けていたモルダヴァイトはまだ少年であった頃からすでに手を裏家業に染めていた。
外で暮らすようになった孤児院出身者も、諜報として潜み暮らす日々なのも知っていた。
だから、この孤児院で育つ以上は将来まともな生活が出来ないのをわかっていた。一生を王家の犬として生きていくのだと。王家に恩義はあるが、それとこれとは別だった。
そんなモルダヴァイトだからこそ、そのダートナの諦めの悪さを現実を見ない者の戯言だと、当時から苦く思っていたのだ。
孤児院で育つ人間は大抵現実をその内受け入れるが、彼女は諦めず、その諦めの悪さで確かに"普通の幸せ"を一度は手に入れた。仕事で潜入した商家の跡継ぎから望まれたのだ。
孤児院はそれも手段と考え、そのまま彼女に結婚を促した。
情報を継続して得るのが目的だったが少なくともダートナは結婚相手に好意を持っていた。
だが、外の人間の残酷さはコンクシェルたちの予想の斜め上で、子供を死産し二度と子宝に恵まれないとわかったとたん、彼女の嫁ぎ先はダートナを追い出した。
夫となった男はあれだけダートナに愛をささやいていたくせに、ダートナが子供を産めないとわかると手のひらを返した。
この依頼はもともとソーダライト商会からのものだったため、責任を感じたオニキス・ソーダライトがアイアンディーネの乳母の仕事を世話してくれたのだ。
…ダートナへの気持ちが異性へ向けたものとアンバー自身が気が付いたのはその出来事からだとは思う。
アンバーは早熟で、幼い頃から魔力操作に関しては他の追随を許さなかった。
当時の孤児院の院長は、彼の能力を伸ばすことを考え学園に入れた。
彼はそこで目覚しい成果を挙げ、天才の名を欲しいままにした。
アンバーはこの国の貴族の最高学府である学園に入る情報をそうやって手に入れていた。
あの頃のアンバーは正直ダートナ以外には心を許していなかったと思う。
だが、ダートナに乞われてフロウライト伯爵領でアイアンディーネの主治医を始めてから、アンバーはずっと人間らしくなった。
報告のため、ちょくちょく王都に顔を出していたが、その度アイアンディーネの様子を自慢するのは、それまでのアンバーからは想像がつかなかった。
スマラルダスが十六歳のとき、彼の母親が亡くなり、スマラルダスは三ヶ月ほどかけて神山峰へ向かうと言った。まだ六歳になったばかりのスピネルも連れて。
そこがなんなのか、なんのためにスマラルダスが行くのか孤児院の人間はうっすらと察していたが、彼の決意を止めることはしなかった。
だが、アンバーがそれに率先して随行を希望したのは意外だった。
「--スピネルは幼い。スマラルダスもまだ十六歳です。もしも誰かが叱責を--加護から外れるなら、僕がそれを受けますよ」
当時、髭を蓄え始めたばかりの顔で、アンバーが破顔して言った。
誰しもが何故と問うた。
アイアンディーネやダートナとの生活を大切にするならむしろ、厄介ごとから逃れるのではないか。
それを実際に口にしたのはシルバートだった。
「ああ、そうですねえ。…スマラルダスが守ってきたものを僕も大事なものだと、気が付いたからかと」
それにきっと、と彼は続けた。
「アイアンディーネが大きくなったときに自慢できることをしたいんでしょうね」
正直、アンバーが子供に愛情を持つとは思っていなかったコンクシェルたちは驚いた。
アンバーはここに連れてこられた時はひどく警戒心の強い子供だった。
高位の--王族の落としだねだというのは少し後、当時の迂闊な孤児院長が皆に話してしまっていた。
母親もやんごとなき身分らしかったが、孤児院に来た時の死にかけた態のアンバーの姿から彼の存在は歓迎されないものだったのだろうと薄々 孤児院の人間は気が付いていた。
もともと頭のいい子供で、自分の置かれた状況を正確に把握していたのだろう。
生まれたときからここで過ごしていたコンクシェルやモルダヴァイトらと違って、アンバーは孤児院の子供たちにもどこか一歩引いて接していた。
その彼が可愛がったのがダートナだった。
そんなダートナが仕事で引き受けた結婚で手ひどい思いをしたことを、一番苦く思っていたのもアンバーだったのだろう。
ダートナの頼みでソーダライト商会から医師の派遣を受け、それにアンバーが一も二もなく引き受けたのも当然だった。
だが、あのアンバーが子供にまで情を移すとは驚いた。
その子供にいい所を見せたい。
そんな理由でスマラルダスの無謀に近い神山峰への旅に随行するとは。
当時、コンクシェルはスマラルダスはまだまだ子供だと思っていた。
シルバートがいるのだからスマラルダスだけは生きて戻るだろうが、アンバーやスピネルはもしかしたらもう戻ってこないかも…とも思っていた。だが止める事はしなかった。
それは、この竜の守護する国、ジュエルランドで「竜」と関わることを選んだスマラルダスにとって必要なことだったから。
この選択肢が彼のその後を決定したとも言っていい。
ただの王の隠し子であったなら、王妃も彼を表舞台へ引きずり出そうとしなかったろうし、側妃らも脅威に思わなかったかもしれない。
あの旅を無事終えて全員が帰還した時、コンクシェルはスマラルダスを主を認めた。
へそ曲がりのモルダヴァイトもしかり。
スマラルダスは身内を決して見捨てないと信じられたのだ。
その気持ちは多分、その旅に同行したアンバーやスピネルが一番痛感したろう。
……そんなことをつらつらと考えながらコンクシェルは杯を重ねた。
横でモルダヴァイトがつぶれかけている。
こいつはあまり呑めないくせに、酒を口にする。弱いのだから自重すればいいのに。
そう呆れて声をかければ、モルダヴァイトが不穏な言葉を口にした。
「…アイアンディーネは危険だろーよ…。スマラルダスにとって」
ギョっとしてつい周囲を見回す。
コーパルやモリオンも顔色が変わった。
「呑みすぎだ。おい、モルダヴァイト」
「酔ってねーよ。スピネルが感化されているだろーよ、アレ。アイツ裏切ったらどうすんだよ…。アイアンディーネはダートナと一緒だろ。男惑わすタイプじゃんよー」
「こいつはバカだ。取り合うな、コンクシェル」
思わず呆れた口を利いたのはモリオンだった。
「スピネルは裏切らない。それは確かだし、アイアンディーネはスマラルダスを信頼している。スピネルに悪影響あるのなら、多分あの口の悪さくらいだ」
「今日、アイツは"翼"を見せたろーよ。今までそんな軽率な真似したことないヤツなのによー。自分がどんな存在か自覚していて、あれだけ自重していたヤツが。ダメだろ、アレは」
「スピネルはアイアンディーネの護衛だ。それに非常時だった」
「あー、もうモリオンも取り込まれてんの? お前は人がいいもんねー」
コンクシェルは思わずガっとモルダヴァイトのピンクの頭をこづいた。
勢いでテーブルに突っ伏したモルダヴァイトはそのまま意識を失った。
「酒癖の悪い…」
嫌そうな顔でコーパルが呟く。
思わず暴力を振るった自分にコンクシェルが苦く思ったのが伝わったのか、モリオンが私でもそうしたよ、と笑った。
「…こいつも疲れているんだよ。王都の大人たちから側妃側の連中が動きを見せたと情報が来たんだ」
コーパルが言った。
王都の大人とは各階級に王都で潜んでいる孤児院出身の諜報連中だ。王が今の状態になったため、彼らは開店休業中だが、その情報だけはスマラルダスには入ってくる。
「そりゃ初耳だぜ」
コンクシェルは眉根を寄せる。
「夕方入った情報だからね。スマラルダスには伝えてある。もうひとつ、重要な情報も入ったよ。今回の黒幕が割れた」
「え?」
「黒幕がいたのさ。アイアンディーネがあのタイミングでエレスチャレに入ったのはそいつが絵を描いたからだったのさ。そしてそいつがソーダライトにも毒を盛っていた」
「誰が?」
コンクシェルの脳裏にはフロウライト伯爵の顔が浮かんだ。
王都で垣間見たことがあるだけだったが、なるほど、ソーダライトの娘が一目でとりこになるのも納得の顔をしていると思ったものだ。
アイアンディーネに冷たく、嫌っていると聞いてはいるが、あの優男が実娘を殺せる度胸があるとは思っていなかった。アイアンディーネの存在が不快でも、生きていなければ困るはずなのだから。
だが、実際、オニキス・ソーダライトはフロウライト伯爵家から紹介されたメイドに毒を盛られたのだ。
そんなコンクシェルの思考を読んで、コーパルが穏やかに笑んだ。
「フロウライト伯爵じゃなかったよ」
「では誰が?」
「フロウライト伯爵夫人。なんと、彼女は自分から恋人を奪ったソーダライトとその孫娘を殺したいほど憎んでいるらしい。フロウライト伯爵が心を尽くしたのは自分ひとりであるにも関わらず、だ。なんたる怨念だろうね。彼女は亡者を今も、憎み続けている。--恋敵たるアイアンディーネの母親が死んだ、今も」




