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25話

メリクリです。


足元にまとわりつく私をアンバー先生は落ち着きなさいと嗜めて、それから真面目な顔になった。


「洞窟の中には二十人ほどいます。お年寄りもいて、かなり体調を崩しています。これから、癒しの魔法をかけますが、その間、この浜辺に小さな結界を張りたい。ですが…」

「魔力ですね!?」

「そう、僕は魔力がそう多くないので。アイアンディーネ様の魔力を結界を張るのに借りたいんです」


さっきシルバートから受け取った魔石は別の用途のためだったみたいだもんね。

私は薄い胸板をドンを叩いた。お任せアレ!

で? どうすれば?


「魔剣を出して貰えますか? 出来れば目立たないように」


私は魔剣の切っ先を指先に出した。

先生はそれを慎重に触れる。すると、自分の魔剣から魔力が減っていくのが感じられた。


(おお、なんか、不思議な感じ!)


椅子を作って魔力切れした時に似ているが、魔剣に溜めていた魔力は自分の体内の魔力と別で、私の体に不調を感じない。

それから先生はポケットから白い魔石を出し足元に落とした。そして指先で魔法陣を描き、先生の足元から金の漣が起きて、砂浜一帯を一瞬白い光で染めた。


(わ~! ブルーレースの魔女の結界とも違う)


「魔剣が扱えないと困りますからね。ここまでで」


そして、先生は魔剣を仕舞うように言う。


「精霊のいる森から離れていますが魔獣が出ないとは限りませんからね。結界からは出ないようにして、周囲を見張ってください。これは、魔女の結界と違って人間には効きません。シルバートがいないのだから油断しないよう。もし、魔獣や、見知らぬ人間を見つけたらすぐ洞窟の中に知らせてください。無茶はしないように」


アンバー先生は真剣な表情で言い、洞窟に入り中の人たちの治癒を始めた。

私はとりあえず人間を警戒し、勾配の緩い、草原から浜に下りる斜面の前に陣取った。

立っていると疲れるから体育座りしてね。

背中に万一に備えて万能盾を背負っているので私はなんとかタートルズというニンジャのよう。


すると、洞窟の中から隠れていた小さな子たちも出てきた。

先生の癒しを受けたからか、顔色はいい。

一人の女の子が、こちらにタタタと走ってきた。

私と同じ歳くらい…かな。


「あの…、あ、ありがとう! お嬢様のおうちに連れてってくれると聞きました」


言うと彼女のお腹がグゥと鳴った。

あ、そっか、お腹すいているよね…。

私はお昼を食べきってしまったことを少し後悔した。


(うう、シルバートになにか簡単に食べられるものも馬車に乗せてきてと言えばよかった!)


私の後悔をよそに彼女は空腹を隠さず笑った。


「いいんだ、お父さんが夕方食べ物持ってきてくれるから」

「馬車が来たらわたくしの仲間も来てくれますからね。そうしたら、集落にも行って、みんなで私の住んでいるところにひなんしましょう」


また、ありがとうと言った彼女が急に あ! と声をあげた。


「お父さんが来た!」


私は え? と斜面を見た。


すると、斜面の上に黒い影が見える。

たしかに人影だ。けれど、私はぞっとした。

人影は…逆光とは言え暗すぎる。いや、黒すぎるのだ。


「あれ、でも食べ物持ってくるのは夕方のはず…。お父さんやおじいさんになにかあったのかな…」


子供が不安に駆られた。

私はダメだ、と思った。

あれは--は違う。

すると、斜面の上から声が聞こえた。


「こっち、来い! こっち、来い! そいつらは盗人の仲間だ! 騙されるな!!」


人影ががなりたてていた。

逆光で顔立ちがわからない。いや、真っ黒だ。

どうして、子供は父親と判断できるのだ?

だが、なぜか一緒にいるその子は疑わない。


「盗人の仲間…!?」


女の子が私からとっさに距離をとっていた。


「違う! そいつは魔物だよ!」


私は慌てて女の子に叫んだ。


「洞窟の男を殺せ! そいつが魔法を使っているから俺たちは中に入れない!」


だが、私の声は真っ黒人間の声にかき消される。

ダメ、気が付いて!

人間なら、ここは通れるはずなの…!!


「お、おとうさーん!!」


女の子が脱兎のごとく駆け出した。真っ黒人間のいる先へ。彼女は簡単に結界を越えてしまう。

私はとっさに駆け出し結界を出てすぐの草むらで子供を捕まえた。


「いやー! 離して!」

「ダメ! あいつは魔物だよ! だまされちゃダメ!」


私を敵認定した女の子が叫び続けて、その声に なんだなんだと洞窟の外に出ていた大人が近寄ってくる。思わず私は声を上げた。


「ダメー、その浜から出ないで! 出たらただじゃおかないから!」


大人はそれにオロオロとしている。貴族の私の言葉に逆らえないのだ。

言い方が酷いと自分でも思ったが、彼らが結界の外に出たらもう対処しようがない。なのに、この子を無理やり結界へ連れ込むには、私の体は小さい。


(どうしよう!? このままだったら先生も盗人にされちゃう…! もしも先生になにかあって結界が消えたらあいつが入ってくる。いずれにせよ、このままにしていたら私もここの人達も魔力を食われて死んじゃうかも)


私は斜面をゆっくり降りてくる真っ黒人間を睨んだ。

ソイツは口元だけ にやりと形作る。

覚えているよ、このフォルム。


「お前、話せたのね…!!」


--『呪い』だった。





****





まさかの『呪い』登場に私は腹立たしさが沸いていた。

しかも、こやつ、喋りおる。


「小さい子をだまして…!」


斜面をのんびり降りる『呪い』はニタニタと笑っている。

じたばた暴れる女の子を抑えるのに精一杯で、私は魔剣を振るえない。背中に背負った万能盾を必死の思いで外して頭上に展開するのがやっとだった。

ひーはー、今ほどこの小さな体が恨めしいと思うことはない。

いつもの通り美しいオーロラカーテンを展開した鍋、いや盾は私と彼女の周囲を囲む。

それから私は必死の形相で子供に向いた。


「いい!? 聞いてね? 絶対ここから出ちゃダメだよ。化け物が外にいるんだから」


子供は盾の展開するオーロラのカーテンに仰天している。


「ば、ばけもの…? じゃ、じゃあ、おとうさんが危ない…」

「お父さんは大丈夫! 大人だから!! 子供はここから出ちゃダメね!!」


私に的確な理由付けは無理だ。だが、女の子はコクコク頷いた。

論理的な説明より明確な指示の方が子供は受け入れやすかったんだな。

しかし、そんな説得している最中にまたアイツが口を出す。


「おおい、騙されるな。その鍋はお前を食うためだ。出て来い、出て来い!」


(な、鍋じゃないもん! 盾だもん!)


いや、実際鍋としての機能の方が多く使っていますが。


「お、おとうさんが…」


女の子は手を離したら駆け出しそうだ。

くそ~!

こうなったら!!


(私がヤツを消すしか!)






…多分、その時の私は過信していたのだと思う。

いざとなったらアンバー先生がいる。アンバー先生がいるなら魔物なんか怖くないぞ、と。

そして、以前、私は『呪い』にこの魔剣で勝利を収めている。

そうして私は先生への報告を怠り、自分でヤツを仕留めることに決めた。


『呪い』は悠然と近づいている。

あいつがまたなにか不信を煽ることを言い出さないかヒヤヒヤしながら、私はアイツの足取りを目で追った。


あんな風に何度も嘘を言われたら、ここの人達が信じかねない。

出来れば一太刀で倒したい。

アイツは人間と同じく足で歩いて降りてきた。そして、草に足を取られてよろめいた。

それをチャンスと見て 私は息を吸って、盾から踊り出た。

魔剣は長く出し、竹刀程度の長剣に形作る。

『呪い』に届くところまで近づき剣をヤツの体に向けて突き出した。


(よし、夢のときと同じくこのまま--)


剣をすばやく振ろうとしたしたが、ガキンと剣の動きが止まった。


(え!?)


魔剣の動きを止めたのは『呪い』だった。

『呪い』がその口で魔剣の切っ先を受け止めている。

私はそれに驚愕したが、さらに追い討ちかける感覚に動揺した。


(魔剣から魔力が食われている…!?)


アンバー先生に魔力を提供したときのように、魔力が魔剣から流れ出ているのだ。

あわてて剣を引こうとしたが、『呪い』がそれを許さず私は魔剣から手を離した。

すると、ヤツは魔剣をバリバリと食い始めた。


--痛い!!


私はそう感じた。

魔剣の痛みが我が事のように感じられる。

私は何としても魔剣を取り戻さなくてはと思った。

一度離した魔剣の柄を、私は思い切り掴んで体に取り込むよう魔力を操作した。

自分の魔力が手先に集まり、ジュッと熱湯のように熱くなった。

眩暈を感じて貧血のように足元が屑折れる。まるでバランス崩したやじろべえのように体がグルンと傾げた。

だが、『呪い』の口から魔剣を引き抜くことに成功した。

魔剣は剣の先端から半分が、黒い煙のように消えている。それが酷く悲しくてしょうがなかった。

心が揺さぶられて仕方ない。

私の視線は己の手元の魔剣に釘付けだった。


「アイアンディーネ様!!」


アンバー先生の声が聞こえて、正気に返って見上げると私の目の前に大口開けた『呪い』がいた。


(--あ、食われる)


単純にそう思った。

視界いっぱいに広がる『呪い』の口。

走馬灯が走る。

そういや走馬灯は危機に直面した際、人間が生き残るために脳がフル回転で過去の出来事から脱出のヒントを探すと聞いたことが--。


そう思ったその瞬間。


『呪い』が消失した。








正直、なにが起きたかわからなかった。


ただ、いきなりあの真っ黒人間の『呪い』が上空から落ちてきた白い光に打たれて音もなく霧散したのだ。

光はレーザーのようで美しかったが 辺りの草が円形に焼失していたことから、かなりの熱量があったと思われる。

私がへなへなとそこに座り込むと、上空からバサリと羽をはばたかせる音がした。


(天使!?)


滑空する影に思わず見上げると、天使ではなく、天使少年スピネル君がいた。彼の背に翼が見えた。

でも、その翼は天使の羽根ではなくむしろ…。


「アイアンディーネ様、無事ですか!?」


呆けていたら、眼前に降り立ったスピネル君が私をガクガク揺らしていた。

だが、その彼の、スピネル君の背中に翼などない。


(あれ!? さっきの翼は幻覚? あ、あれぇ、九死に一生得たから、私動揺してた?)


呆然とする私にスピネル君がさらに慌てる。スピネル君の大声なんて初めてではないだろうか。

つーか、スピネル君の動揺が今までになくてむしろ私め、それに驚愕です。


「スピネル、間に合ったか…! アイアンディーネ様は!?」


アンバー先生が走り寄る。スピネル君が不安そうに先生に振り向く。


「お怪我はないです…が、意識が」


え、いや、あの。意識はある。ただ、言葉が出ないだけ。だって。


「りゅう」


私が搾り出すように言った言葉に二人が凍る。


「あの…、さっきの翼、りゅ…」


スピネル君が はあ、と大きく息を吸った。


「無事でした…!」


アンバー先生がギュっと私をかき抱いた。


「良かった…!」


先生に抱きしめられて、私は自分が紙一重の場所にいたのだとようやく知った。

一気に涙が溢れる。


「ぎょ…、ぎょめんなざい…!!」


生まれ変わって、今まで魔剣や万能盾でしのげて、自分が何でもできるような気分になっていたのかもしれない。思い上がりもはなはだしい。

一度死んだからと言って、死が怖くないわけじゃないのだ。

ぎょべんなざい、ぎょべんなざい、と何度も言って、先生に思い切り抱きついて先生に涙と鼻水をたくさん付けた。

先生は怒らなかった。けど、…震えてた。


…ごめんなさい…!!






あのあとすぐ、斜面上から、複数の人影が現れた。

私はまた『呪い』かと思ってアンバー先生にしがみついてすくみあがってしまった。

けれど現れたのは剣を腰に下げた農民風の男たちで、「おとうさん!」と鍋の下でいまだ座り込んでいた女の子が叫んだことで正体が知れた。

「おとうさん、死んじゃったかと思ったぁ」と彼女も泣いて、私は自分の至らなさにさらに落ち込んだ。

もっと、説明上手にならなくちゃ…。


少ししてスマラルダスたちが荷馬車を複数台駆ってやってきた。

エレスチャレの村長から借りたらしい。

集落の案内はあの中年女性と老人が請負い、シルバートとアンバー先生、スマラルダスが行くことになった。

私も行くと言ったが、アンバー先生に強硬に反対され、私は精霊堂に戻る荷馬車に乗せられた。


「無事でよかったです」


荷馬車でも元気のない私にスピネル君が声をかけた。

私とスピネル君の乗る荷台の上には洞窟内にいた中でも親子で乗せられている。

あの女の子も両親と伴に乗っていて、笑顔になっていたことに私は大きく安堵した。


(だって、ほんとうに父親が眼前で消滅したらトラウマだもん。

自分がもっともっと強ければ、いや、説得が上手くできれば、ううん、『呪い』の言葉に耳を貸さず、すぐにアンバー先生を呼び出す転移陣を発動させればよかった。

やっぱり、自分の驕りが原因で…)


こんなことを、ずっとぐるぐると考えている。

正直、スピネル君があんなに動揺していたことが私の気持ちを不安定にもさせていたのだ。

怖いドキドキだった。

あんなの、もういや。


「…ごめんね。私、思い上がっていたよ…」


一度やっつけた魔物だからって、甘く見ていた。


「知恵のある魔物もいます。『呪い』もそうです。それに、魔剣の魔力を食らうほど強い魔力を持っていたんでしょう」

「魔力が強いと他人の魔力を吸い取れるの?」

「ええ。吸い取りやすくなるんです。だからって逆が出来ないわけじゃありません。私はアンバーやコンクシェルに魔力提供できますから。今回の『呪い』は口で魔剣を受け止めていますから、魔剣より上だったんでしょうね」

「落ち込む…」


私は膝を抱えた。

自分でも鬱陶しいと思うが誰かに吐き出したかったのだ。とまらん。私はダメ人間だ…。


「私も昔、スマラルダスに叱られました。何でも自分で出来ると思うなって」

「実際、スピネル君何でも出来るじゃん…」


いきなり鼻をつままれた。


「出来ませんよ。出来るんなら、アイアンディーネの力を借りずに孤児院の問題も解決するし、スマラルダスのことも守ります。アイアンディーネはいつも元気な分落ち込みが激しいですね」

「いたたた、ちょっとへこんでいる人間にこれはないんじゃない~!?」

「イラっとしたからですよ」


彼はパっと指を離した。


「…私だって怖い思いをしました。アイアンディーネがまさか目を離した隙にあんな目に合うと思わなかった」


目を離したって。

…いつの間にか私の名前が呼び捨てになっている。

彼が平静ではない証拠だ。


「すまぬ…」


鼻をこすりこすり言う。


「間に合ってよかった…。いざという場合に備えてアンバーのバングルに転移陣を用意していたんです」

「それなら、シルバート行かせなきゃ良かった…」


またスピネル君が笑顔で額に青筋立てて私の鼻をつまむ。

やーめーて、鼻が高くなっちゃう!!


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