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24話


シャワシャワと聞こえる水音に向かって森の中を下っていく。

シルバートはすいすい行くけど、生身のこちらは滑らないよう慎重にいくぞ。

やがて開けた場所に辿り着くと、清流の流れる岩場に出た。

山の狭間のその沢は、意外に川幅があり、水溜りは青く澄んでいる。


「きれーい!」

「やあ、これは確かに」


アンバー先生も水の清さに驚きの声を上げている。

それから、足元の小石を拾い、じっと見つめ、小さく呪文を唱えると、手にした小石の一部が青く光った。


「魔鉱石が混じっていますね。…この上流に鉱脈がある可能性がある」

「先生、ご飯にしましょう!」


背中に背負っていたカバンを降ろしていそいそお弁当を取り出す私にアンバー先生は噴出した。






「この川に橋を渡せば、セルカドニー侯爵領に行く従来の道より近道になるでしょうか?」

「そうだね。シルバートが作ってくれた地図上では直進すると従来の馬車道に辿り着くはずだね」

ショートカットだ、と私は嬉しくなる。

ダートナの用意してくれたチキンのサンドイッチを食べ終わり、私たちは春に始める新しい道作りの話をしていた。


実際。


これからの収入についてのアテはまだ一切ない。

だが、なにをするにも、インフラ整備が大事なのだ。

流通を征するものは世界を征す。

なにか産業を興した場合、王都かセルカドニーへの往来がしやすいかどうかで成功するかどうか決まると思うの。


精霊と契約したとは言え、私の購入した土地は現在はただの私有地であるから、もしも、事件があったら、そこはフロウライト伯爵領の兵に頼らなくてはならない。

けれど、今回のエレスチャレ子爵の事件で それがあまりアテにならないとも思った。

エレスチャレ子爵が表沙汰にしたくなかったのもあるのかもしれないけど、フロウライト領の兵が来るにはおそらく結構な時間がかかる。

ならば、セルカドニー侯爵領の一番近い町で私兵を雇った方が早いのでは? とも思った。

ならば、やはり交通整備は大切だ!

スピード命だ!


ふー、と大きく息をつくと、ポンと大きな手が私の頭に上に乗せられた。


「無理をする必要はないんですよ。アイアンディーネ様」

「これっくらい平気です。私は体力だけはありますもの」

「そういう意味ではないですよ」


アンバー先生が笑って、頭の上をぽんぽん撫でた。

えへへ。最近二人で行動すること減っていたので、素直に甘やかされることが嬉しい。

先生は私が気負っていることわかってしまうんだなあ。


「では、アイアンディーネ様、上流に行ってみましょうか?」

「はい、魔鉱石の鉱脈の可能性がありますし…」


ふと、好奇心でシルバートに聞いてみた。


「下流はどこにつながっているのかしら?」

「海だったな」

「え!?」


フロウライト伯爵領、海に近接しているの?


「この沢の水は下流に流れて急流に変わり、この先は小さな滝になっておる。そこから先の流れが海までつながっている。おそらくそこも空晶の土地だ。娘、そなたの手の甲の精霊印に魔力を通してみよ」

「こ、こう?」


私が精霊印に魔力を通したら、遠くに金の光が立ち上がった。契約したとき、空晶の土地の範囲を示した光と同じものだ。

ふわんとシルバートは高く飛び、遠くを見た。

戻った彼が言うには、左手に行けば開けた草原があり、その先の断崖の下に浜辺があるという。そこも金の光の内だった。


「浜…」

「船がつけますね…」


アンバー先生もごくりと喉を鳴らした。

急遽探検の目的を変更し、私たちは海へ向かうことにした。

私たちのいた沢から下ったところでシルバートの言う通り滝が現れた。なかなか壮観な眺めだったが、これを迂回して下ると森が一度途切れ、嗅ぎ覚えのある香りに胸の鼓動が高鳴った。


(潮の香り…!)


駆け出したいが、足元のおぼつかなさを自覚し、慎重に進んだ。

いくら体力自慢でも、やはり私は七歳なのだ。アンバー先生もそれに合わせて歩いているのだ。焦って怪我などしたら大変だ。

低くなった木々を抜けるとその先の草原に青空が広がっている。

そして、その下に、確かに空と違う青い色が豊かに広がっていた。


--海だ。


「海~~~~~!!!」


なんか知らんが私、叫んでギャン泣きしました。




****



「娘、大事ないか?」

「あ、いえ、驚かせて申し訳ありません…」


申すわけねっす、申すわけねっす…。はあ、恥ずかしい。感性がお子ちゃまなので、感極まって私、号泣しちゃいました。

おかげでアンバー先生もシルバートも大慌て。

現在、私、アンバー先生に背負われています。

ご心配おかけしました…。

泣いて体力奪われてしまったわけだ。あああああ。

草原には潮風が吹き込み、結構な強さだ。


「その先が断崖だが、少し先が草木の生えた斜面になっている。高さはあるが、人が降りれる程度の勾配だ。それと、その下は小さな浜だが洞窟があり、そこに二十人ほどの人間がおる」


シルバートのその説明に、私とアンバー先生はさらに驚愕した。


「人間…?」


思わず小声になる。

この辺りに集落などあったのだろうか。人がいるなら、ここで漁をしている人間がいるのか? それとも--。


「海賊ですか?」


アンバー先生も声を潜める。

だが、シルバートの返答は違った。


「いいや。女子供だ。あと、老人がいる。若い男もいるが、怪我人だ」

「その人たちは、私たちの存在に気づいてるんですか?」

「先に見た時、我の姿を見たからな。武装しているが、脅威ではない。--話をしたいか?」


私は重いため息を吐いた。


「どう考えても事情ありそうじゃないですか~。聞くしかないでしょうよ~」


あ、素がでちゃった。


「そうですね。--僕が話しましょう。ただ、アイアンディーネ様もご一緒の方がおそらく警戒を解くでしょう。アイアンディーネ様は、盾の準備を」


はぁい、と私はアンバー先生の背中で ごそごそカバンからいつもの鍋型の万能盾を取り出した。ううん。亀の親子だな。





斜面を下り降りた先は、思っていたよりうんと綺麗な場所だった。

白い砂浜に目を丸くする。

遠浅なのか、浜辺に寄せる波は底まで見渡せる。

その先に、洗濯物がいくつか干してある竿を見つけて違和感にむしろ笑いがこぼれた。


「だれか、いるんですかー」


声をかけるのは私の役目。

帯剣したシルバートを見て怯えている可能性が高いし、アンバー先生は紳士だが、髭もじゃで表情がわかりづらいし。

でも、アンバー先生の背中から降ろされてもその先に進むのは止められた。

私の役目はいざという時、万能盾を展開することさ。


シンとしているが、かすかに人の気配がする。


「害意はありません。どなたか、おられませんかー」


二度目の声かけで、足を引きずった老人が洞窟から顔を出した。

手には鍬が構えられている。


「お、おまえさんたちは、どこから来た? セルカドニーか…!?」

「いえ、エレスチャレの村からです」

「エレスチャレ子爵の…!? なら、ひと月前に来た あ、あの男どもの仲間か!?」


私たちは顔を見合わせた。


「ひと月前? 違います。私たちはここに来たのは初めてですよ。あの、あなた達はどこの村の方たちですか?」


老人は私たちに少し警戒を解いたようだ。


「わしらはこの先に小さい集落を作って住んでいた。

だがひと月前にエレスチャレから大荷物運んできた男どもが村を襲いくさった…!

た、食べ物を用意しろと。余分な食い物などないと突っぱねたら、集落の男は大怪我させられ、数人、連れ去られた…! ひ、人質だと。

あいつら、冬になる前にまた来ると抜かしやがって、その時、また食い物を用意しとけと脅しやがって。

だから、今、集落は動ける男だけだ。女子供はここに避難させとる…。

あ、あんた達、エレスチャレの館も襲ったとあいつら言っていたが…。エレスチャレ子爵に助けてもらえるのか…!?」


(あ…! 子爵の館から荷物を奪った借金取りの連中か! てか、人質って、事件じゃん!!)


老人の声が後半高くなり、悲痛を伴っていた。

そのせいか、洞窟内部に隠れていた中年女性がおずおずと顔を出した。


「じいさん、話しすぎよ…! そいつらには関係ないでしょう」

「いや、しかし」

「エレスチャレ子爵が何してくれるってのさ!? しょせんよその貴族よ。アタシたちみたいなのを助けてくれっこないわさ」


(…いったいどういう意味?)


私が困惑していると、アンバー先生が小さくこぼす。


「ああ、セルカドニー侯爵領から農地を捨てて逃げたのか」

「え?」

「なるほど。それで、どこにも訴えておらぬのか」


アンバー先生とシルバートは彼らをしげしげと見る。


「どういう…?」


アンバー先生がわかりやすく説明してくれる。


「彼らはセルカドニー侯爵領の住人です。だが、侯爵領は貧富の差が大きい。おそらく秋の収穫が悪く税を納められなかったのでしょう。集団でフロウライト領に移り住み、隠れて暮らしていたんですね。

当然、フロウライト伯爵の代官たるエレスチャレ子爵には助けなど求められません。

フロウライト領も決して裕福な領地ではないので厳しいのです。他領の者まで面倒見られません。

もし、土地を与え移住させるなら、それなりの--税を求めますよ」

「ええっ、お金なくて逃げたのに!?」

「世の中、そうそう都合よくは行きません。彼らもそれをわかっているから今話すなと言ったのですよ」


ただ、とアンバー先生は続けた。


「彼らがフロウライト領でどこかに雇われるなら別です。人頭税程度なら彼らだって支払えます。雇う側が天引きにすればさらにわずらわしさもなくなるでしょうね。

ただ、そんな奇特な雇い主は少ない。

他領地での未払いの税金が残っている集団なんて関わるとセルカドニーの領主に睨まれる可能性があります。

その税金の肩代わりだって要求される場合もありますよ。

それでも雇う人間がいるとしたら、彼らを農奴として扱う人間でしょう」

「……先生」


(これってゲームシステムが反映されているんじゃないか。

ゲームではフロウライト伯爵領の固定資産税を状況で設定変えられたもの。ゲーム開始当初は住民増やすため、安くしたものさ…。

セルカドニー領は商取引が盛んで、農業や林業従事者少ないんだよね。

経費含めたら地元のものより安い多領から仕入れた方が早いのよ。フロウライト伯爵領とかから)


私はしかめ面した。人頭税はいわゆる住民税だ。これはこの世界思ったより安い。だけど、土地にかけられる税金--固定資産税は領主ごとに決められるので負担が大きい領地もままあるのだ。

そして、先生が言っているのはそういう税金が払えず土地を捨てて逃げた人間を安価で…ぶっちゃけ奴隷として働かせる農園主がいる実情を言っているのだ…。


「アイアンディーネ様がそういう扱いが出来るなら彼らを助けてもいい。考えてみてください。まだ、僕らは何の収入のアテもないんですよ。人だけ増やしてどうします?」


(ご、ごもっとも…)


「でも、彼らの言っている連中はきっとあの借金取りのことですよね…」


私は小声で言った。


「そうですね。それこそ関係ない集落で略奪を行っています。彼らか隠れ住んでいた集落はおそらく空晶様の土地でしょうね。しかも人を攫っている」

「これ、管理人として、私が怒っていい案件ではありませんか?」


私は上目遣いでアンバー先生を見た。

すると、先生は意外な返答をした。


「ええ、まったくです」


その顔はいたずらに笑っている。

そして、くるりと老人に向かった。


「ご老人、奴らが"冬になる前にまた来る"と言っていたのは、まことですか?」


話を振られた老人はコクコクと頷いた。


「どうですか? アイアンディーネ様。それを後悔させてやりましょうか?」


私はこっくり頷いた。

おうよ! 空晶の土地で犯罪は見過ごせないのだ!


「話がまとまったようだが、こやつらはどうする?」


割って入ったのは傍観者に徹してくれていたシルバートだった。

彼は青い美しい波間をバックに長い銀髪をなびかせ相変わらず威圧的だ。これが素なのだから仕方ない。


(でも、主と一緒で結構面倒見いいんだよね~)


「連れ帰ります。出来れば集落に残っている人も。あいつらが来たら危険でしょう?」

「それについてはアンバーは反対のようだが?」


シルバートはアンバー先生をあごで示す。


「…一時的な措置なら。実際に彼らがフロウライト伯爵領に居を移すなら、セルカドニー側と交渉が必要でしょうし」


(簡単じゃないんだな~)


「では、どうします?」

「我が一度精霊堂に戻り事のあらましを話しておく。それではどうだ?」


スマラルダスたちも心づもりがいるだろうし、城壁の中までならまだしも精霊堂の建物の中に入れる入れないの判断は彼と相談が必要だろうなと思った。


(老人と怪我人、女子供だけとは言え、絶対に悪意がないとは判断付きかねるだろうし。そう考えると、ブルーレースの攻撃力ゼロになる結界はありがたいよね)


三人でぼそぼそ話していると、さっき老人に意見した中年女性がおずおずと声をかけてきた。


「…あんたたち、アタシたちをどうするつもりさ」

「良かったらわたくしたちの棲家に来ませんか? エレスチャレ村から少し外れた場所ですが、精霊の森です。結界もあるので外にさえ出なければ危険はありませんわ。出来れば集落に残っている男の人達も」


そりゃあ、と彼女が言葉を濁す。

今の私の言葉を聞いて数人、洞窟から若い女性が飛び出してきた。


「お願い、父さんを助けて! あいつらに連れて行かれたのよ。きっと怪我をしているわ」

「あたしたち、セルカドニーじゃ食えなかったんだ。逃げたフロウライトでもこんな目に合うなんて…。こんな洞窟でもうひと月も寝泊りしているんだ。この季節だ、ろくに寒さもしのげていない。小さい子が体調崩しているんだ、頼むよ。助けてくれな」


その言葉に私は思わずアンバー先生を見上げた。


「これは急いだ方が良さそうだな…。三時間ばかり歩くんですが、体調を見させてもらっても?」


僕は医者です、と先生が言い、洞窟の中に足を運んだ。

少しして戻ると先生は難しい顔をしていた。


「馬車が必要です。シルバート、誰かに馬車で迎えにくるよう頼んで欲しい」

「承知した。それとアンバー、これを渡しておくぞ」


シルバートが魔石を先生に渡した。魔力の煌きが伺える。随分と魔力のこもった石だ。


「お前が結界を張ったあと使え。お前の本業だ。それとも久しぶりで忘れたか?」

「--ああ、助かります。そうですね。女子供でも油断できませんからね」


む? イミフ。

でもアンバー先生とシルバートは分かり合っている。ズールーイー。

シルバートはアンバー先生といくつかやり取りのあと、いきなりフっと消えた。

先生、先生、私は? 私もお役目をください!


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