19話
評価、ブックマークありがとうございます(^^)
「渓谷? 川があるのですか?」
私は身を乗り出して地図を見た。
「ええ、手前の山とその先の山の間、セルカドニー側に。雪解け水が水源です。実際に見てみましたが良質な水です。景観もいい」
アンバー先生は手前の山の山頂に城を建て、そこを拠点にしたいと言う。
その山自体はそれほど高くないのだが、周囲の山も似たり寄ったりで近くに標高の高い山がない。なので、確かに見晴らしがいい。
私が購入したもうひとつの山は手前の山より低く連なり、セルカドニー侯爵領との境になる。
エレスチャレ子爵領からセルカドニー侯爵領に向かう道は、この二つの山を大きく迂回するルートだ。
(迂回はこの渓谷のせいなのかぁ)
この山の中には村落はない。その先のセルカドニーの漁村が一番近い村になり、その少し先にセルカドニーの大きな港町だ。お忘れかもしれないが、エレスチャレ子爵の侍従さんが入院している町だ。憎きアゲートと相場師の男の本拠地でもある。
しかし、セルカドニーと往来するならここがメインになる。都会だな。
(ふう~む、渓谷を臨む山城かあ。むふふ、それはなんかワクトキですなあ!)
野趣あふれる山賊風の砦を想像する。秘密基地っぽい。
「じゃ、じゃあ、エレスチャレの村からこの山の山頂まで開拓するのですか?」
期待を込めて森の奥を見上げる。エレスチャレ自体山の中だからこの草原から山頂まで さほど距離はないのだけど。
ええ、とアンバー先生が頷いた。
「エレスチャレ村との往来しやすくしたいのと、出来ればセルカドニーへの道を、この迂回する現在のルートではなくこの先の渓谷に橋をかけ、直線ルートでつなげたいですね。まあ、それは おいおいですが」
言って先生は笑った。
「アイアンディーネ様がどうこの土地を使いたいかによって決めましょう。城に関しては御身をお守りするため強固にしますが…。必ずしも村を築く必要はないですし」
…そっか。このゲームが領地経営シュミレーションだったから毒されていた。
確かに、今はただの私有地にすぎないんだもんね。税金さえ納められればいいんだ。
フロウライト伯爵やお祖父様に振り回されないために独立したいだけで。
空晶には話しを通せば済むだけだし。
(けれど!)
私の目がキラリと光る。
(女として生まれたからには 一国一城の主となるは夢じゃない!?)
細腕繁盛記ならぬ、国盗り物語よ、うふふふふ。
夢膨らむ私を見て、アンバー先生がガシガシ私の頭を撫でて、ニッといたずらに笑った。
ブルーレースたちがそれを見てビックリしている。
そうね、雇い主のお嬢様に対する態度じゃないよね。
でもね、あのフロウライトの森番小屋で過ごした私たちはわかっている。
この状況ならサバイバルを楽しまなくては嘘だということを!
野生児のアイアンディーネと自称自然学者のアンバー先生は最高の相棒なのだ。
昂まったところで私のおなかがグ~となった。
あら、淑女たる者…。
なかなかシリアスでは終われない。
村長さんから頂いたアップルパイでお茶にしたあと、コンクシェルとシルバート、スマラルダスで最初の日のように丸太を切り出し、アンバー先生とコンクシェルでもうひとつログハウスを作った。
魔力提供、スピネル君で。
なので今は珍しく、彼は私から離れている。
スマラルダスがブルーレースが一緒なら問題ない、と判断したのだ。
今、私はブルーレースが荷馬車で持ち込んだ荷物の紐解きをダートナと一緒にせっせと行っている。
ほとんど彼女と、--私のドレスだった。
(…私の!?)
2LDKの一室をブルーレースに提供し、そこに広がる女児用のドレスにクラクラした。
「あら、だってフロウライト伯爵はアイアンディーネ様を虐げていると聞いたわ。急な引越しでろくに荷物も持ってこれないだろうと思ったの。それに流行の型のドレスを持っていなければ、アイアンディーネ様も肩身が狭いでしょう?」
優しさだった。
意外に親切な…お嬢さんなのか…。でも、常識としてどうかしら…。
数えたら冬用と春用、合わせて十数着あった。コートと、帽子、マフまで。
「こんなお金どうしたの…」
呆然と言ったのはダートナだった。素の言葉遣いになっていた。
ダートナとブルーレースも初対面なのだけど。
「あら、勿論ソーダライト様が出されたのよ?」
言って彼女はネックレスとイヤリングの入った箱を開けた。
「お祖父様からですわ」
私とダートナはソーダライトのお祖父様の財力に息を呑んだ。
何カラットあんの、そのダイヤ…。
「売ってもいいそうです。表立って支援できないからって仰っていましたわ」
「あ、あ、そう…。」
受け取ったダイヤのネックレスのセットはズシ、と重かった。
エレスチャレルートは貧乏ルートのはずだが、もう、それは関係ないようだ。
いや、いいんだけどさ、お金はあっても邪魔じゃないし。
(お、お祖父様の愛が重い…。お祖父様の影響は切れないな、これは…)
さて!
翌日の朝食会議でひとまずの方針を決めた。
エレスチャレの村や近在の町で森木の切り出しの人足を雇うことにしたのだ。
地元にお金を落としていくことは重要である。
箱物ですな。
なにせ、錬金術や魔法で建物自体は一気に建てられるが、その材料は用意せずばならない。
城砦は一日にしてならず。
まずは、この冬を越すための拠点づくりだ。
「それなら、このログハウスのある草原でもいいんありませんか?」
最初、ここにログハウスを増やすだけでいいのではないかとモグモグしながら言えば、スマラルダスがダメだと言った。
「森で魔獣狩りをしたいからな。森の中に作りたい。魔法結界をするのも、その魔獣対策のためでもある」
それに、と続けた。
「もしも、お前が持っている精霊契約を狙う人間が訪れても、魔獣が番犬代わりにもなるしな」
あら、怖い…。
「ではまず、この草原から道を作らねばなりませんね」
モルダヴァイトが口元に手を当てる。
まずは、草刈からか、と計算を始める。
予算はどれくらいかかるか、ちょっと私ドキドキ。
「毎日通うのはエレスチャレ村の人間以外だと大変でしょう?」
人足さんのために寝泊り出来る飯場を作らなくちゃならないよね?
あー、日本ならプレハブですぐなのに。
また、先生が魔法で一気かな?
「このログハウスに居る間はあまり部外者は泊めたくないな。エレスチャレ子爵の館の中の冬の家を借りられないか?」
(ああ、あの越冬用の塀の中の…)
スマラルダスの提案にアンバー先生が難しい顔をする。
「無理でしょうね。子爵はまだアイアンディーネ様を信用していません」
「スマラルダス、わたくしは平気ですわ。ここに人足用の泊まれる建物を用意しませんか?」
それに、森に拠点の建物を建てるのは建材揃ったら一気に作るのでしょ? と首をかしげた。
スマラルダスが渋い顔をする。
まあ、ダートナやブルーレースという若い女性がいるから、心配もわかるけどね。
「私がアイアンディーネ様から離れません。それに、ダートナはまだしも、ブルーレースは自身の身は守れます、スマラルダス」
スピネル君の提案に私がビックリ。
ブルーレースは何か心得が!?
見るとブルーレースが余裕の笑みを見せた。
「そのために、ブルーレースを呼んだのでしょう?」
「まあな…」
「スマラルダス、私も大丈夫です。フロウライト伯爵家にいた時から、アンバーが護身用に色々持たせてくれていますから」
ダートナが安心させるように言う。
「これから、まだまだ建設するものもあるでしょう? いちいちエレスチャレ子爵のお伺いを立ててもいられませんし、ここに人足用の建物を建てた方が合理的ですわ」
スマラルダスが息をついた。
「…そうだな、心配しすぎだな。だが、何かあったら言えよ、アイアンディーネ、ダートナ。勿論ブルーレースもだ」
勿論!
その日の内に村から数人の男の人が来た。
その人達と一緒にジェダイトと、あのリアル赤毛のアンちゃんが来ていたのにビックリした。
「あら! ジェダイト様、ごきげんよう」
私の格好はいつものズボンに三つ編み、それをギュっと帽子に入れている。
ジェダイトは私の素はどうもこのズボン姿と察したようだ。そりゃそうだ、迷路の全力疾走見ているし、木登りするのも知っているし。
彼は、そのクールな態度を崩さず「やあ」と言った。
一緒に来たアンちゃんはポカンとしている。
「…覚えてらっしゃる? 私、馬車からあなたに手を振ったんですわ」
うふふ、と女の子笑いで打ち解けようとしたが、見た目とギャップあったか。
彼女は え? え? と戸惑っている。
あの時はドレスだったしね。私は帽子をパサリと取って、三つ編みを見せる。
「アイアンディーネ・フロウライトですわ。ジェダイト様、ご紹介頂ける?」
「失礼した。アイアンディーネ、彼女はガーネット。父の主治医の娘さんだ」
(ガーネット…?)
「あ--!」
(思い出した!! ガーネットって、アテ馬令嬢じゃん!)
私がいきなり大声出したからスピネル君も、ジェダイトもびっくりだ。
私は慌てて取り繕う。誤魔化さなければ。
「あ、あ、あ~、うっかり忘れていた今日の予定を思い出しましたの。オホホ…」
「私たち、改めた方がいいでしょうか…?」
アンちゃん改めアテ馬令嬢、ガーネット嬢が気遣いを見せる。
「いいえ、大丈夫ですわ。ね、スピネル」
とりあえず、スピネル君に振る。彼ならフォローしてくれるはず。
「ええ、ご心配なら、私が対応しますから。ジェダイト様とガーネット様、今日は見学ですか?」
彼は慌てずにっこりとエンジェルスマイルで対応。
免疫ないガーネット嬢が赤くなって俯く。騙されちゃダメよ。これは偽者なの!
「え、ええ。今日は何か手伝えればと思って。ね、ジェダイト」
そう言って彼女は手に持っていた籠をかかげる。
「差し入れです。よろしければ皆様で召し上がってくださいませ」
ダートナが受け取る。アップルパイだ。大好きなので、毎日でもかまわない。
一緒に真っ赤なリンゴがゴロンと入っている。
「ここのリンゴは他の土地のものより甘いんです。だから、本当はお菓子にするより、そのまま食べた方が美味しいんです」
(ああ、確かにお菓子にするには、"紅玉"のような酸味の強いものがいいんだっけ)
ふぅと香るリンゴの甘く瑞々しい香り。
半ば無意識でリンゴを手に取り噛り付いてしまった。
「おいしい…!!」
中に蜜がたっぷり。…これ、"ふじ"…?
う~わ~異世界で大好きな"ふじ"が食べられるとは! あと生食だと"あかね"が好き。酸っぱさがいい。一種類だけのリンゴで作った青森土産のジュースでは"王林"が好きだった!
この甘さと酸味のバランスの程よさ、その果汁が口の中にジュワと広がり、奥行きのある甘味が口いっぱいに云々。思わず脳内食レポ中。
夢中になってしゃくしゃく食べてしまった後、私をじっと見つめる、六つの瞳に気が付きギョっとした。
あらあら、やっちゃったわぁ。
もう、そう言うしかないよね、これ。
最後まで齧って完食し、私はリンゴの残った芯をどうしようか見つめた。
スっとダートナが籠を私の前に持ってきてくれて芯を回収。
品良くレースのハンカチで口元を拭き、ニッコリ笑ってごちそうさま…。
視線が増えている。
人足の皆様もご覧になっていた様子。
ご、誤魔化されてくれないようだ。
「おいしかったですわ」
開き直ってそう言い放ったとたん、ワっと声があがった。
「いい食いっぷりでした、お嬢様!」
「ええ、伯爵様のお嬢様だと聞いていましたが、ここのリンゴの味をわかってくださるなんざ、見所がありますぜ!」
明るい声を出したのは村で募った人足の人達。
「安心した、こんなお嬢様ならエレスチャレでもお過ごし頂ける」
--と口々にリンゴを完食した私、アイアンディーネを誉めそやす。
ポカンとしたのはこちらの方だが、そこはソレ。アンバー先生譲りの調子の良さで、私はそんな、そんなと恥ずかしそうに笑い出した。幼い子供の照れ隠しにおじ様方はメロメロだ。
(わ、災い転じて福と成す~!!)
楽しそうにアンバー先生に先導されて森に向かう彼らに手を振る私たち。
小さな声でスピネル君が言う。
「私はむしろ冷静にダートナが籠を渡して来たのに驚きました」
「スピネル君、ダートナはわかっていたのよ。これが、私の人心しょうあく術だってね!」
「偶然ですよね」
そう囁き合っていたら、後ろから不穏な気配がし、さすがにダートナに大きい雷を落とされたっす。
(ジェダイトや、ガーネットがいるのに、人前で大目玉はさすがに格好悪い~!)
二度と食い意地は張らないと誓いました。




