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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第九十八話 世界最強の英雄たちが料理で敗北した日

「ガイア、包丁を振り下ろすな!」

厨房の老料理人の声が響いた。

王国最強の大将軍は、人参を切ろうとして、まな板の外まで飛ばしてしまった。

「戦場なら、こんな失敗はしない」

「ここは戦場じゃありません。まず、隣に人がいることを忘れないでください」

その日、帰省できた子供たちは、ライアンに食事を作ることになっていた。

誕生日に届いた手紙を読み終えた父へ、今度は自分たちの手で温かい料理を出したかったのだ。

最初の計画は壮大だった。

ガイアが人員配置図を描き、マリナが材料費を計算し、ノアが魔法で火加減を調整しようとした。

エレナは各人の役割を決め、セーラは衛生管理を引き受けた。

ところが、集まった全員が厨房へ入ろうとした時点で、扉が塞がった。

「人数が多いほど早いとは限りません」

老料理人が告げた。

「調理する人は十人。ほかの人は買い出し、配膳、洗い物。役割のない人は外で待つ」

「待つのも仕事なのか?」

ガイアが尋ねる。

「人の邪魔をしないのは、大事な仕事です」

ガイアは黙って廊下へ出た。

しかし、役割を決めても失敗は続いた。

塩を入れる係が二人いて、鍋の味が濃くなった。

ノアの術式は炎を一定に保ったが、鍋底だけが熱くなり、煮込みを焦がした。

「火を止めて!」

セーラの声で、全員が動きを止めた。

ガイアは焦げた鍋を見下ろした。

「水を足せば戻るか?」

「戻りません。焦げたところを混ぜれば、食べられる分まで苦くなる」

老料理人は、鍋を別の台へ移した。

「失敗したら、まず止める。原因を確かめて、使える材料だけ残すんです」

「作り直したら、父さんを待たせてしまう」

マリナが時計を見た。

「待ってもらいましょう」

料理人は当然のように答えた。

それを聞いて、皆が顔を見合わせた。

昔の食堂では、子供たちの空腹を待たせる余裕がなかった。

材料を買い足す金も、やり直す薪もなかった。

今は違う。

失敗しても、誰かが飢えるわけではない。

「……もう一度やろう」

ガイアは包丁を置き直した。

「今度は、教えてくれ」

老料理人は頷き、包丁の握り方から教え始めた。

ライアンは別室で待っていた。

厨房からは、時折、聞き慣れない悲鳴や笑い声が聞こえる。

「手伝おうか?」

戸口から声をかけると、サラが両手を広げて道を塞いだ。

「今日は父さんの番じゃない」

「でも、ずいぶん大変そうだ」

「大変なのを、やってみたかったんだよ」

ライアンは椅子に戻った。


しばらくして、マリナが小さな紙を持ってきた。

「父さん。昔、私たちが食べていた粥、どんな味だった?」

「薄かったよ。塩を節約していたから」

「じゃあ、今日は何が食べたい?」

ライアンは考えた。

「みんなと同じものがいい」

マリナは紙に書き留め、厨房へ戻った。

調理の途中、ガイアが切った人参を見たエルが吹き出した。

「これじゃ煮える時間が全部違うよ」

「戦場では大きさを揃える必要がなかった」

「食堂では必要なの。小さい子が噛めるように」

老料理人は二人の前に椀を並べ、年齢によって食べやすい大きさを変える理由を教えた。

強い腕があっても、相手の口の大きさを考えなければ役に立たない。

夕方の試食では、子供たちが塩辛い汁に首を振り、柔らかい芋には笑顔を見せた。

ガイアは一人の少年が黙っているのに気づいた。

「お前はどうだ?」

「おいしい。でも、熱いと持てない」

少年は片手に包帯を巻いていた。

エマはすぐに持ち手の付いた器を探した。

「料理だけじゃなく、食べる道具も必要なんだね」

食事を出す前、老料理人はガイアに言った。

「今日の皆さんは、何度も失敗しました。でも、食べる人の声を聞いた。明日はもっと良くなります」

ガイアは剣の訓練で褒められたときより、少し誇らしかった。

試食の意見をもとに味を調え、夕食に並べたのは豪華な肉料理ではなく、野菜と麦のスープだった。

少し不揃いな人参が浮き、器の縁には配膳でこぼした跡がある。

老料理人が味見をして、頷いた。

「これなら出せます」

ガイアはようやく息を吐いた。

「父さん、すまない。立派な料理を作るつもりだった」

ライアンは匙を持ち上げた。

「誰が立派じゃないって言った?」

一口飲む。

「温かいな」

「味は?」

「ちょうどいい」

サラが笑った。

「父さん、昔もそう言ってた。塩が足りないときも、鍋を焦がしたときも」

ライアンは匙を止めた。

「……あの頃は、腹いっぱい食べさせてやれなくて、申し訳なかった」

セーラが父の向かいに座る。

「足りない日もあった。でも、今はやり直せるよ」

「そうだな」

「それに、今日は父さんの分を最初に取り分けたの」

サラが差し出した器には、ほかの器と同じ量のスープが入っていた。

ライアンはそれを両手で受け取った。

夕食後、英雄たちは手分けして皿を洗った。

マリナはガイアに布巾を渡して、「料理で負けたなら、片づけでは勝ってよ」と笑った。

その後、片づけに最後まで残ったのはガイアだった。

焦げついた鍋底をこすっても、黒い跡はなかなか落ちない。

「剣なら一振りなのにな」老料理人が笑った。

「鍋は一振りで済ませると傷みます」ガイアは力を緩め、ぬるま湯に浸した布で少しずつ汚れを落とした。

戸口から見ていたライアンが「明日も頼めるか」と言うと、ガイアは顔を上げた。

「料理か?」「皿洗いだよ」二人は声を立てて笑った。

英雄の仕事が一つ増えた夜だった。


翌朝、厨房の壁に新しい当番表が貼られた。

ガイアの名前は、皿洗いの欄にあった。

「将軍が皿洗いか」

ライアンが笑うと、ガイアは真面目な顔で答えた。

「昨日、料理人に教わった。作るだけじゃ食事は終わらない」

そして、小さな声で付け足した。

「父さんは、これを二十年やってくれたんだな」

その朝、ガイアは料理人に教わった通り、洗い場の道具を整えた。

子供たちは将軍が自分から雑巾を絞る姿に驚いたが、ガイアは笑って答えた。

「今日の仕事は、誰も滑らない床を作ることだ」

床を拭き終えると、濡れた場所が残っていないか確かめ、次の当番が迷わないよう布巾を干した。

老料理人は何も言わずに頷いた。

昼の配膳が始まると、片手に包帯を巻いた少年が、昨日と同じ席へやってきた。

ガイアは持ち手の付いた器を先に用意した。

「これなら持てるか?」

少年が両手を使わずに椀を動かせると分かり、ガイアはほっとした。

「昨日、教えてくれたからな」

少年は笑い、熱い汁が冷めるまで少し待った。

戦場で命令することとは違う、小さな責任がそこにあった。

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