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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第九十二話 燃えた倉庫に残された青い紐

王都東倉庫の屋根が崩れたのは、夜明け前だった。

消防隊が消火を終えた頃には、焼けた麦の匂いが石畳にまで染みついていた。

「夜番の二人は?」

エマが尋ねる。

「救出した。二人とも生きている」

消防隊長は答えた。

「ただし、瓦礫がまだ熱い。調査は安全を確認してからだ」

双子のエマとエルは、焼けた門の前に立った。

東倉庫には、救済所へ配る予定の麦が保管されていた。

配給を待つ人々が、すでに柵の外へ集まり始めている。

ライアンは列を見渡した。

「隣町の備蓄を確認してくる。今夜の分が確保できるか、まず調べよう」

「父さん、『必ず届く』

とは言わないでね」

エルが言った。

ライアンは頷いた。

「分かってる。分かったことだけ伝える」

消防隊の許可を待つ間、双子は帳簿を調べた。

倉庫の在庫表には三百袋。

けれど、前日の受領票は二百七十袋だった。

「三十袋、合わない」

エルが指で数字を追う。

倉庫番は顔を伏せた。

「今朝届く予定の分を、先に入れてしまったんです。いつもそうしていました」

「実際に届いたか、誰が確認するの?」

「私と商会の番頭です」

エマは紙に記した。

『三十袋は受領未確認。

焼失数には含めない』

「帳簿をごまかした人が、火もつけたのかな」

エルの問いに、エマは首を振った。

「二つの問題が同じ場所で起きても、同じ原因とは限らない」

昼前、安全な通路が確保された。

双子は消防隊員と鑑識担当の立ち会いのもと、倉庫へ入った。

焦げた梁の下に、青い紐が落ちていた。

「これ、救済輸送隊の荷札に使う色だ」

エルが呟く。

輸送隊には、二人の兄弟姉妹も関わっている。

紐だけを見て疑いを向ければ、罪のない仲間まで傷つく。

エマは紐を拾わなかった。

「位置を描いておこう。採取は担当の人に任せる」

鑑識担当は現場を撮影し、紐を封筒へ入れた。

見つかった場所、時刻、立会人。

所有者の欄だけは空白にする。

柵の外から少女の叫びが聞こえた。

「お父さんを捕まえないで!」

倉庫番の娘だった。

「みんな、お父さんが火をつけたって言うの」

エマは少女の目の高さまでしゃがんだ。

「今は、火がどうして出たのか調べているところなの。お父さんがしたことも、していないことも、証拠を見て確かめる」

「じゃあ、悪くない?」

「それも、まだ分からない。でも、あなたのせいじゃないよ」

少女は唇を噛んだ。

「昨日、お父さん、交代の時間なのに帰ってこなかった」

エマはその話を記録した。

少女の言葉を、そのまま確定した事実として扱わないよう、確認が必要だと書き添える。


午後、エルが荷馬車組合から戻った。

「三十袋を積んだはずの荷車、東門を通った記録がない。運行簿にも載っていない」

「別の門を通った可能性は?」

「まだ調べてる。でも、受領票の三十袋の欄だけ筆跡が違う」

二人は資料を並べた。

誰かが届いていない荷を届いたことにした可能性がある。

ただし、それだけで盗難も放火も証明できない。

そこへ夜番の青年が、自分から訪ねてきた。

「裏門の鍵を貸しました。知らない男に」

青年は三か月分の賃金を受け取れていなかった。

男は未払い分を払うと言い、鍵を借りていったという。

「顔は?」

「暗くて……。手袋に赤い縫い目がありました」

エルは商会の制服を思い出した。

「番頭も同じ手袋をしていたよね」

青年の顔が強張る。

エマはすぐに言った。

「同じ手袋を持つ人はほかにもいる。見ていない顔を、見たことにしなくていい」

青年は俯いたまま、何度も頷いた。

夕方、鑑識担当から報告が入った。

青い紐の一部は、ほかの部分と煤の付き方が異なっていた。

火災後に動いた可能性もあるが、消火作業によるものかどうかは判断できない。

「輸送隊に罪を着せようとしたのかも」

エルが言った。

「そうかもしれない。でも、今は決めない」

エマは記録の『所有者不明』

という欄を消さなかった。

その頃、倉庫の外では配給の列が長くなっていた。

隣町からの麦は夕刻に出発したものの、到着は夜になる見込みだった。

ライアンは炊事係と相談し、残っていた豆で温かい汁を作った。

子供と病人を先に案内し、ほかの人にも麦の到着見込みと、遅れた場合の連絡先を伝えた。

倉庫番の娘は、パンを一つ握りしめていた。

「お父さんの分なの」

ライアンは少女の前にしゃがんだ。

「お父さんの分は、係の人に頼んで別に取っておこう。君は今、食べていいんだ」

「でも、お父さんが悪いことをしていたら?」

「そのことと、君が腹を空かせていいかどうかは別だよ」

少女はようやく、パンを一口かじった。

エマはその姿を見て、エルに言った。

「調査が終わるまで食事を待たせるわけにはいかない。でも、食事を急ぐために証拠を失くすわけにもいかない」

「じゃあ、分担しよう」

エルは代替倉庫の受け入れと輸送路を確認する。

エマは鑑識担当と証拠の封印を確かめ、翌日の立会検証を手配する。

夜遅く、麦を積んだ荷車が到着した。

配給所に小さな歓声が起こったが、エマは帳簿に『本日到着分』とだけ記した。

焼失した量はまだ確定していない。

青い紐の持ち主も分からない。

三十袋の行方も、火災の原因も未解明だ。


翌朝の調査予定表の隣に、配給予定表が貼られた。

「空欄がいっぱいだね」

エルが言った。

「うん。だから、調べる」

エマは鉛筆を置いた。

「嘘で埋めたら、次に困る人を助けられなくなるから」

焼けた倉庫の見取り図を前に、エマとエルは証言を分けて書き出した。

夜番は「火が見えた時刻」を覚えていたが、荷車の音を聞いた時刻には自信がなかった。

「思い出せないことを、責めないで」

エマが言うと、夜番は肩の力を抜いた。

「鐘が二度鳴る前だった気がする。でも、火を見てからの時間が長く感じられて」

エルは『未確認』と書いた。

分からないことを空欄にしておくのは、以前なら不安だった。

今は違う。

空欄は次に調べる場所を教えてくれる。

消防隊長の許可を得て、二人は倉庫の外壁を調べた。

青い紐が結ばれていた柱には、焼け残った釘が二本あった。

紐の位置は荷袋を固定する高さより低い。

「荷を縛ったとは限らないね」

「目印かもしれない。でも、それだけで誰かを犯人にしちゃ駄目だ」

エマは青い紐を布で包み、見つけた場所と時刻を記した。

倉庫を失った人々はすぐに答えを欲しがる。

だからこそ、答えを急いで作らないことが大切だった。

エルは夜番の一人に話を聞いた。

「青い紐を見たことは?」男はしばらく考え、「荷を運ぶ者が袖につけていたかもしれない」と答えた。

エマはその曖昧な言葉を、断定せずそのまま記録した。


翌日、倉庫で働く者の名簿を確認すると、同じ色の紐を使う組合が三つあった。

証拠は増えたが、犯人は絞れない。

「分からないことが増えたね」「うん。でも無実の人を捕まえずに済む」二人は焼けた麦の代替便が出発したことを確かめ、調査の続きを消防隊に託した。

焼け跡の向こうで、朝日が昇り始めていた。

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