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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第八十五話 父さんが望んだ褒美はパン一個だった

王宮の謁見室には、宝剣と金貨と爵位を記した羊皮紙が並んでいた。

国王はライアンに告げた。

「二十年にわたり子供たちを守り、国を救った。望む褒美を申せ」

ライアンは宝剣を見つめ、困ったように笑った。

「剣は使えません。金貨も、私一人では使い切れません」

大臣たちがざわめく。

「爵位を受ければ、救済のために発言できる場が増えますぞ」

その言葉をライアンは否定しなかった。

けれど、廊下で待つフィルの顔を思い出した。

「爵位がなければ、空腹の子の話は聞いてもらえないのでしょうか」

国王は答えを探した。

「褒美として、パンを一個いただけますか」

その願いは美談にするためではなかった。

ライアンは、自分が食べる一個を自分で望んでみたかった。

広間が静まり返った。

「たった一個か」

「はい。今朝、厨房から焼ける匂いがしました。温かいうちに食べたいのです」

ライアンは言葉を続けた。

「それと、褒美とは別にお願いがあります。食堂へ小麦を運ぶ仕組みを、今年だけで終わらせないでください」

マリナが一歩前へ出て、帳面を開いた。

配給が途切れた日数、倉庫で傷んだ小麦、輸送に必要な人手。

大臣は顔をしかめた。

「それは褒賞の話ではなく、国家予算の話です」

「だから、王様の一言で決めていただきたいのではありません」

ライアンは頭を下げた。

「議会で話し合えるよう、議題に載せてください。届いた量を町の人が確かめられる仕組みも必要です」

国王はしばらく考えた。

「よかろう。採否は議会が決める。だが審議は約束する」

マリナはその言葉を記録に残した。

謁見のあと、厨房から白いパンが一個運ばれてきた。

ライアンは王宮の門を出て、待っていたフィルと石段に腰を下ろした。

「父さん、結局それが褒美?」

「ああ」

「一人で食べるためにもらったんじゃないの」

ライアンはパンを半分に割りかけて、手を止めた。

最初の冬、子供たちに分けるうちに、自分の分を残せなかった夜を思い出す。

フィルが静かに言った。

「僕は食堂で食べてきたよ。今日は父さんが一個食べて」

「お前は本当に……」

「父さんが自分の分を食べるのも、僕らの願いなんだ」

ライアンは一口かじった。

温かい。

柔らかい。

噛むたびに小麦の甘みがした。

「うまいな」

それだけ言うと、目の奥が熱くなった。

フィルは何も言わず、隣に座っていた。


翌朝、二人は食堂の掲示板に議会審議の予定を書いた。

まだ小麦の定期供給が決まったわけではない。

「決まっていないことも書くんだね」

フィルが尋ねた。

「そうだ。昨日の約束と、明日のパンは別だからな」

マリナは輸送費の見積もりを貼り、その下に不足分を書き加えた。

町のパン屋が一人、掲示を見て言った。

「うちの倉庫なら冬の間、何袋か預かれる」

別の運び手が荷車を貸すと申し出た。

王宮の褒美だけでは埋まらなかった空白が、少しずつ具体的な名前で埋まっていく。

ライアンは最後のパンくずを思い出した。

昨日、一個を自分で食べたからといって、誰かの取り分を奪ったわけではない。

自分も食べていい。

そして明日も、誰かが食べられるように働けばいい。

それを子供たちから教わったことが、何よりの褒美だった。

王宮を出たあと、フィルは父へ尋ねた。

「どうしてパン一個だったの。もっと大きな願いも叶ったのに」

ライアンは焼きたてのパンを半分に割った。

「昔は一個を分けたら、誰かの分が足りなくなった。今は、次の一個を焼ける人がいる。それが嬉しいんだ」

フィルは黙って半分を受け取った。


数日後、王宮から褒賞の記録を作る役人が来た。

『パン一個』と書いた欄を見て、何度も首を傾げる。

「後世に残すには小さすぎませんか」

「なら、パン屋の名前も書いてください」

ライアンは答えた。

「粉を挽いた人と、薪を運んだ人も」

役人は紙を足した。

英雄一人の功績を記すつもりだった帳面は、いつの間にか町の働き手の名前でいっぱいになった。

役人が帰ると、ライアンは残ったパンを包み直した。

「明日の朝、食堂へ持っていこう」

フィルは頷き、褒賞の羊皮紙より大切そうに包みを抱えた。

フィルは記録帳に書いた。

「父さんの褒美、パン一個」

その下へ小さく追記する。

「ただし、作った人の名前は何十人分もあった」

褒美のパンを焼いた職人が、後日ライアンのもとを訪れた。

「王宮の注文が増えれば、町の分を減らすしかないと思っていました」

ライアンはパンを割らず、職人に聞いた。

「明日の分は足りますか」

職人は頷いたが、来月の麦の値段は分からないという。

フィルが仕入れ帳を持ってきて、救済所と町のパン屋が同じ日に買い付けると値が跳ね上がることを示した。

そこで注文日をずらし、困窮家庭の配給分は先に確保する案が出た。

王宮からの謝礼を受け取った職人は「一個のパンに、こんなに多くの人が関わっていたんですね」と笑った。

ライアンは自分の皿のパンを見下ろした。

褒美を遠慮せず食べることと、他の誰かのパンを忘れないことは、両立できるのだと思った。

王宮から帰る道で、フィルが尋ねた。

「父さん、爵位を断って後悔してない?」

ライアンはパンの包みを持ち直した。

「議会で話を聞いてもらえるなら、肩書きが役に立つこともあるだろう」

「じゃあ、どうして?」

「俺が爵位を受けなくても、食堂の困りごとを聞いてもらえる道を作りたいんだ」


翌日の掲示板には、救済所の代表が議会に意見を提出できる手続きが貼られた。

まだ正式に認められたわけではない。

フィルはその横に、住民からの意見を集める箱を置いた。

最初に入った紙には『パンが固い日がある』とだけ書かれていた。

ライアンは笑って、それを大切に保管した。

国を動かす話も、最初は誰かの食卓から始まる。

王宮の料理人は翌朝、食堂を訪ねてきた。

「陛下から、パンを焼いた職人へ謝礼を渡すようにと」

ライアンは首を振った。

「謝礼は受け取ってもらってください。でも、パンを焼く人が困ったときに相談できる窓口も欲しい」

料理人は意外そうに目を瞬かせた。

ライアンは、パン一個の値段が上がれば食堂の子供たちに何が起こるかを話した。

王宮で食べるパンも町で買うパンも、同じ麦からできている。

褒美を受け取った日の翌日から、ライアンはその当たり前のことを伝える役目を自分に課した。

昼食のとき、ライアンは褒美のパンを一人で食べるつもりだった。

けれど隣に座った幼い子が、じっとパンを見つめている。

「半分、食べるか」

少年は首を横に振った。

「父さんのご褒美でしょう。今日は父さんが全部食べて」

ライアンはしばらく言葉を失った。

昔の子供たちは、分けてもらわなければ腹を満たせなかった。

今は誰かが自分の分を食べられるようにと願ってくれる。

ライアンは一口をゆっくり噛み、少年に礼を言った。

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