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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第八十三話 英雄百人が古い靴を修理した日

「父さん、その靴で雪道を歩いたのか」

ガイアは、靴を買い替えれば済むと思っていた。

だが父が繕い続けた理由を、まだ聞いていなかった。

ガイアが持ち上げた靴は、底が裂けていた。

ライアンは気まずそうに笑った。

「まだ履けると思ったんだ」

「新しいのを買おう。俺が払う」

「その前に、直せるか聞いてみたい」

二人は革職人の工房へ向かった。

職人は靴底を外し、薄くなった革を指で示した。

「縫い目だけ直しても冬は越せません。底を替えましょう」

ガイアは財布を開いた。

そのとき、店先で少年が片方だけの靴を抱えているのに気づいた。

「もう片方は?」

「弟に履かせた。二人で一足しかないから」

ガイアは金貨を差し出そうとしたが、少年は後ずさった。

「知らない人から物をもらうなって言われてる」

少年の警戒は正しかった。

ガイアは金貨をしまい、職人に尋ねた。

「この子たちの靴も直せるか」

「直せる。でも、材料も時間も要る。俺の弟子にも給金を払わなきゃならない」

「俺が払えば済む」

「今日の二足はな。明日も、その次の冬も続けるなら別だ」

ガイアは剣を置き、職人に針を借りた。

革に穴を開けるだけの仕事だと思っていた。

けれど、最初の一針から糸が絡まった。

「力任せに引けば革が裂ける」

職人が笑う。

「戦場なら俺の方が上だ」

「ここじゃ革の方が強いな」

ガイアは言い返せなかった。

少年は作業台の端から、その手元をじっと見ていた。

「将軍でも、失敗するんだ」

「ああ。今、見せたとおりだ」

「だったら僕も覚えられるかな」

職人は少年の足を測った。

左右の大きさが少し違った。

弟の足も測らなければ、同じ靴を渡すだけでは痛みが出るという。


午後、ガイアはマリナを呼んだ。

「修理代を払う仕組みを作りたい。職人の仕事を奪わず、金のない子にも届くように」

マリナはすぐに帳面を開かなかった。

「子供が自分の靴を見せるのを恥ずかしがったら?」

その問いに、ガイアは黙った。

工房の奥に衝立を立て、希望する子は人目を避けて採寸できるようにした。

職人は見積もりを出し、マリナは支援金から工賃を支払う案をまとめた。

修理できない靴は無理に直さず、新品を用意する。

材料と仕事の記録は公開するが、利用した子の名前は公開しない。

「これなら、来年も続けられるかもしれない」

職人が言った。

夕方、少年は直した靴で水たまりを一つ飛び越えた。

弟の靴はまだ作業中だったが、翌日の受け取り時刻を紙に書いてもらった。

「ちゃんと来るよ」

少年はその紙を胸にしまった。

ライアンも新しい靴底をつけた靴を履いた。

一歩目だけ慎重に踏み出す。

「どうだ」

「歩けるよ」

ガイアは足元を見た。

自分が縫った一箇所だけ、糸が少し曲がっている。

「また破れたらどうする」

職人が針を差し出した。

「直し直す。次はもっと上手くやれ」

ガイアは針を受け取った。

戦場で一度も負けないことより、失敗しても誰かの明日を直せることの方が、今日はずっと大切に思えた。

靴を直す工房には、履き古した靴が山のように積まれていた。

ガイアは父の靴を一番上へ置こうとしたが、職人が首を振った。

「急いでいる子のものから直す。将軍の父親の靴でも順番は変わらん」

ガイアは黙って頷き、修理台の端に座った。

革を切る作業は、剣を振るよりずっと細かい。

力を入れすぎると針穴が裂けた。

「将軍、そこは引っ張らない」

年若い弟子に注意され、ガイアは手を止めた。

夕方、弟の靴を取りに来た少年が言った。

「これなら、学校まで走れる」

ガイアはその足元を見送ってから、父の靴へ戻った。

戦場で守った道も、そこを歩く靴がなければ誰かの暮らしにはならない。

完成した靴をライアンへ渡すと、父は縫い目を指でなぞった。

「少し曲がってるな」

「……初めてだからな」

「でも、よく持ちそうだ」

その一言で、ガイアはようやく笑った。

工房を出たガイアは、少年の靴跡が雪の上をまっすぐ延びているのを見た。

父の靴の修理を頼んだ日、彼が一番先に見届けたかったものがそこにあった。

父は修理された靴を履いて庭を一周した。

「まだ歩けるな」

ガイアはその後ろを歩いた。

今度は守るために前へ出るのでなく、父が自分の歩幅で歩けるように。

修理を終えた靴を受け取るとき、少年は弟の分だけ先に履かせた。

弟は踵を二度上げ、石畳を踏んだ。

「痛くない」

それを聞いた少年の肩から、ようやく力が抜けた。

ガイアは職人に「次に二人の靴が傷んだら、軍の倉庫から革を回せないか」と尋ねた。

職人は首を横に振った。

「軍の余り物だけに頼れば、なくなった日にまた困ります。修理の仕事が町に残る仕組みにしてください」

ガイアはそこで初めて、寄付と仕事を混同していたと気づいた。

職人には正規の代金を払い、困窮する家庭には修理券を配る。

弟子の仕事も増えるよう、受け付ける工房は一軒に限定しない。

少年は話し合いが終わるまで待ち、「次は僕も直し方を覚えたい」と申し出た。

修繕制度が始まって三日目、職人はガイアに帳簿を突き返した。

「材料費だけじゃ続かない。弟子の工賃が入っていない」

ガイアは驚いた。

「俺が無償で手伝えばいい」

「将軍が来られない日には、誰が縫う?」

返事に詰まったガイアはマリナに相談し、修繕一足ごとの作業時間を記録することにした。

最初に靴を直した少年は、掲示板の前で足を止めた。

「僕の名前、書いてない」

「困っている子を見世物にしないためだ」

少年は頷き、弟の靴の受取票を見せた。

「今度は二人で歩ける」

ガイアはその一言を、どんな戦勝報告より大事に胸へしまった。

修理屋の弟子は、靴の底を指して少年に説明した。

「ここは濡れたままにすると、すぐ剥がれる。帰ったら新聞紙を詰めて乾かして」

少年は一生懸命に頷いた。

ガイアは修理代だけ払えば仕事が終わると思っていたが、職人は手入れの仕方まで教えていた。

「直した靴を長く履いてもらうのも、俺たちの仕事だ」

その言葉にガイアは、戦場で武具の手入れを教えた日々を思い出した。

守るために必要なのは、強い装備だけではない。

自分で次の日に備えられる知恵だ。

職人は弟子に、靴底を切り出す型紙を渡した。

「同じ足の大きさでも、歩き方で減る場所が違う」

少年の靴を見た弟子は、右の外側だけ擦り減っていることに気づいた。

少年は弟を背負って坂を上るとき、右足に力が掛かると話した。

職人は型紙に小さな印を付けた。

「次に直すときは、ここを厚くしよう」

ガイアは、その小さな工夫を忘れまいと帳面に書き込んだ。

少年は直った靴で石畳を三歩進み、振り返って笑った。

弟の手を取ると、二人は同じ速さで歩き出した。

ガイアはその背中を見送った。

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