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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第八十二話 父さんの家を壊せという命令

長屋の扉に貼られた取り壊し通告を、マリナは剥がさずに写し取った。

期限は七日後。

移転先の欄は空白だった。

「道路を広げる計画自体は必要よ。でも、ここに住む人がどこへ行くか決まっていない」

ライアンが戸を叩くと、杖をついた老女が現れた。

奥の寝台には夫が横たわっていた。

寝返りを打つにも手助けが要るという。

「七日で出ていけと言われても、この人を運ぶ先がありません」

老女は通告を握りしめていた。

「道路ができれば、荷車が病院まで早く行けるようになるんだろう? それが悪いとは思わない。でも、私たちの家を先に壊さなくてもいいじゃないか」

マリナは返事を急がなかった。

道路の工事を止めれば、別の地区で冬の食料が滞る可能性もある。

誰かを守るために別の誰かを切り捨ててよいのか。

それが問題だった。

役所では、担当官が図面を広げた。

「代替住宅は用意しています」

示された建物には、玄関まで三段の石段があった。

「この方は階段を上がれません」

「人を雇って運べばよいでしょう」

「毎日、診療所へ通うたびにですか」

担当官は口をつぐんだ。

マリナは図面を閉じた。

「机の上で『一戸』と数えた家が、実際に暮らせる家かどうか、今日一緒に確かめてください」

ライアンは老女を説得しようとはしなかった。

「まだ引っ越しを約束しなくていい。まず、候補を見に行こう」

老女は夫の薬を持ち、役人と一緒に馬車に乗った。

候補の家は市場に近かったが、戸口が狭く、寝台を運び入れられなかった。

雨の残る石段を見た担当官は、ようやく自分の手帳に「入居不可」と記した。

「では工事は中止ですか」

工事責任者が尋ねた。

マリナは首を振った。

「中止と決めるのも早い。代替住宅の再調査が済むまで、この区画の立ち退き期限を停止してください。工事は住民の移転が済んだ場所から始められるはずです」

担当官は難色を示した。

「前例がありません」

老女が初めて声を上げた。

「私たちの暮らしは、前例がないから数えなくていいのかい」

誰も答えられなかった。


翌日、平屋の候補が見つかった。

診療所までの道に急な坂はなく、寝台を通せる幅もある。

だが老女は、すぐには頷かなかった。

「引っ越し代は? 夫の薬は? 家賃が上がったら?」

マリナは一つずつ文書にした。

運搬費、当面の家賃、診療所への引き継ぎ。

住民の同意が得られるまで、期限を延長する。

「そこまで決まって初めて、移転先と呼べるのね」

担当官は自分の署名を入れた。

老女は新しい家の鍵を受け取ったが、古い家の柱から目を離せなかった。

背丈を刻んだ線がいくつもあった。

「息子が小さいころにつけた印だよ。もう遠くに住んでいるけれどね」

ライアンは柱を持ち出せるか職人に尋ねた。

家を支える部分で、取り外せないという。

そこで職人は薄い板に線の位置を写し、日付と名前を書き添えた。

老女は板を胸に抱えた。

「家は壊れても、あの子が育った時間まで消えるわけじゃないね」

引っ越しの前日、老女は新居の床に椅子を置き、夫の寝台を運ぶ道を確かめた。

「ここを曲がれるかい」

運搬人が実際に担架を通すと、戸口の角で一度つかえた。

担当官は慌てて大工を呼んだ。

「図面では通れる幅だったのですが」

「図面は寝台を運んでくれないよ」

老女は静かに言った。

引っ越し当日、戸枠を直してから寝台を運び入れた。

マリナは移転完了の印を押す前に、老夫婦自身へ確かめた。

引っ越しの日、ライアンは荷物を運ぼうとして、老女に止められた。

「あなたは夫の横にいておくれ。新しい場所が怖いのは、あの人も同じだから」

ライアンは寝台のそばに座り、老夫婦の話を聞いた。

マリナは役人と荷車の到着を確認した。

誰も英雄の力を必要としていなかった。

ただ、約束を守る人手が必要だった。

新居の窓からは市場のパン屋が見えた。

老女は板を窓辺に立てかけ、夫の手を握った。

「明日はあの店のパンを買ってみようか」

ライアンは頷いた。

道路工事は続く。

だが、そこに暮らしていた人の時間を踏みにじらずに進める方法はある。

移転後の最初の雨の日、担当官は老夫婦の新居を訪ねた。

雨漏りはなかったが、井戸までの道が滑りやすいという。

老女は「引っ越したら終わりだと思っていたよ」と言った。

担当官は歩いて道を確かめ、手すりを設けるまで水汲みの手伝いを手配した。

マリナは移転の報告書に、完了後の点検欄を加えた。

家を移すことは、荷物を運ぶだけでは終わらない。

そこで以前と同じように暮らせるかを確かめて、ようやく次の仕事へ進める。

工事責任者が新しい移転先を案内した日、老女は夫の寝台の高さを測るため紐を持参した。

「部屋が広くても、寝台が戸を通らなければ暮らせません」

役人が戸口を測ると、幅が指三本分足りなかった。

図面上では問題のない家だった。

マリナは老女に代わって怒るのではなく、責任者へ改修の見積もりと完成日を尋ねた。

靴職人は移転先の店に日が差す時刻を確かめ、窓の位置を変えてほしいと申し出た。

住民の希望が一つ増えるたび、工事費は上がった。

それでもライアンは「この人たちが無理をすれば、後で病院や救済所が負担することになる」と告げた。

責任者はしばらく黙り、取り壊し開始日ではなく、移転先の検査日を工程表の最初に書き込んだ。

取り壊しの説明会で、役人は新しい住宅の図面を広げた。

「広くて丈夫です。これ以上の条件はありません」

マリナは図面の隅を指した。

「この階段を、足の悪い人はどう上がるのですか」

役人は返事に詰まった。

ライアンの隣で、年老いた靴職人が小さく手を挙げる。

「店の窓から通りが見えないと、客が来たか分からん。家だけじゃなく仕事もなくなる」

マリナは住民の名前と必要な設備を一軒ずつ記録した。

七日の期限を延ばすだけでなく、移転先を実際に歩いて確かめる日を設けた。

工事の責任者も同行した。

最初は不満そうだったが、坂の途中で車椅子が止まるのを見て、道の勾配を書き直した。

「計画を遅らせたのではない」

マリナは役人へ言った。

「ここに住む人を計画に入れたんです」

通告の紙には、新しい日付と住民相談の場所が追記された。

職人の店先には、移転後も使える看板の寸法が書き込まれた。

マリナは図面を畳まず、住民の訂正が入るたびに開き直した。


七日後、取り壊しの札はまだ扉にあった。

ただしその下には、住民が合意した移転日と、新しい店の開業予定日が並んでいた。

靴職人は初めて札を見て笑った。

マリナは七日という数字を帳面から消し、新しい欄に「本人が安全を確かめた日」と書き込んだ。

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