↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/120

第七十八話 地下水路の扉を開けたら、敵も味方も子供を抱いていた

ライアンたちを救出した翌朝、旧水路の別の通路から叩く音が聞こえた。

扉の向こうに閉じ込められていたのは、旧行政院の残党とその家族、そして逃げ遅れた避難民だった。

「残党を先に拘束しますか」

兵士が尋ねる。

ガイアは水位を見た。

もう大人の膝を越えている。

「武器の有無は確認する。けれど、歩けない者と子供を先に出す。拘束は安全を確保してからだ」

ノアが古い図面を広げた。

排水門を開けば水位は下がる。

ただし、急に開けば下流の家が浸水する。

「十分だけ水を貯水槽に逃がせる。その間に救い出す」

ガイアは下流の住民へ避難を知らせ、救助隊を二組に分けた。

ライアンは入口で名簿を預かった。

「中に入らないの?」

とフィルが聞く。

「お前たちが行ける。俺は帰ってくる人数を数える」

それは、ライアンにとって簡単な選択ではなかった。

奥では元役人が幼い娘を抱き、その隣で彼を憎む運送人夫が、別の子供を肩に乗せていた。

「こいつらが救済金を奪ったんだ」

人夫は吐き捨てるように言った。

「でも、子供は溺れさせられねえ」

元役人は反論しなかった。

ただ娘の手を握っていた。

救助隊が近づくと、残党の一人が濡れた紙を隠そうとした。

「証拠を捨てる気か!」

「子供の名簿だ。捕まれば、この子らまで罪人扱いされる」

マリナは紙を受け取って封筒に入れた。

「大人の行為は調べる。でも、子供の名前を罪の印にはしない」

男はようやく手を離した。

最初の救助が終わったところで、ノアが叫んだ。

「貯水槽がいっぱいになる。あと二分!」

フィルは奥へ戻り、足を挫いた老人に肩を貸した。

出口でライアンが人数を数える。

「二十八、二十九……」

名簿には三十人とある。

ガイアの顔が強張った。

「一人足りない!」

そのとき、母親が毛布を少し開いた。

腕の中に乳児が眠っていた。

「この子の名前を、まだ書いていませんでした」

ライアンは人数だけでなく、名前と所在を確かめてから、ようやく筆を置いた。

「名簿と照合できた全員が出た。通路の未確認区画も調べよう」

地上では、負傷の重い順に診察が始まった。

元役人も手当てを受けた後、身柄を確保された。

娘が泣きながら父にしがみつく。

ガイアは膝を折った。

「君が悪いわけじゃない。会える日と場所は、担当の人から必ず伝える」

父の罪を軽くするとは約束しなかった。

子供を罰しないことだけを約束した。

人夫が毛布を一枚、元役人の娘へ渡した。

「許したわけじゃねえぞ」

「分かっている」

と元役人は答えた。

ライアンは二人を見守った。

救うことと、裁くこと。

どちらか一つを選ぶ必要はない。


翌日、元役人の娘には独立した相談員が付き、父の処分とは別に寝場所と通学先を決めた。

少女が父に会いたいと訴えたときも、すぐに約束せず、安全と本人の希望を確かめる手続きを説明した。

ガイアはその説明を、子供にも読める言葉に直させた。

救出から三日後、名簿の三十人のうち、二人の名前に確認印が付いていないことが分かった。

一人は乳児。

もう一人は、親と違う姓を名乗る少年だった。

「人数は合っているのに、どうして名前が違うんだ」

若い兵士が尋ねた。

マリナは名簿を閉じた。

「人数が合ったことと、誰なのか確かめたことは別よ。急いで同じ人だと決めないで」

少年は自分の名を繰り返したが、古い記録には別の名前があった。

以前の施設で勝手に呼ばれていた名前だという。

「どちらで呼ばれたい?」

相談員が尋ねると、少年は今の名を答えた。

マリナは本人の希望を記し、照合のための古い名前は公開しないことにした。

元役人の娘は、父と会えない理由を何度も尋ねた。

相談員は「悪いことをしたから」

とだけ答えず、今は調査が続いていること、面会には安全の確認が必要なことを説明した。

少女は不満そうだった。

「大人はいつも、待ってって言う」

「そうだね。だから、次に話せる日を決めよう」

相談員は日付を書き、少女が読める場所に置いた。

約束の日に何も決まらなくても、その理由を説明すると伝えた。

少女は紙を二度読み、枕元へしまった。

一方、下流の村では、排水門を開ける準備で畑が一部水に浸かっていた。

「人は助かった。だから文句を言うなってことか」

農夫の問いに、ガイアは首を振った。

「避難を知らせたことと、被害がなかったことは別です」

ノアは水位の記録を示し、被害の範囲を調べると約束した。

農夫は黙って濡れた畝を指した。

ガイアは靴を泥に沈め、そこまで歩いた。

救出を成功と報告するために、別の場所で起きた損害を見落とすわけにはいかなかった。


翌週、救助隊の記録には二つの欄が加わった。

『救出した人の安全確認』

と『救助に伴う影響の確認』。

ライアンはその表を見て頷いた。

「誰かを助けたことは誇っていい。でも、その後を見なくていい理由にはならない」

ガイアは筆を取り、次の訓練の予定を書き込んだ。

救助の訓練では、兵士たちが人数を声に出して数え直した。

名簿の数字を読み上げるだけではなく、最後に本人の所在を確かめる役を別に置く。

乳児を抱いていた母親の話は、訓練のたびに伝えられた。

「助かった人数を誇る前に、誰がまだ困っているかを見よう」

ガイアの言葉に、新人兵は頷いた。

救助は扉を開ける一瞬だけの仕事ではない。

扉の向こうから「俺たちを捕まえるんだろう」と男の声がした。

ガイアは剣を鞘に収め、戸口から離れた。

「武器を持つ者は置いて出てこい。子供と負傷者は先に通す」

返事の代わりに、小さな咳が響いた。

水が床を叩く音が近づく。

兵士が担架を差し入れると、男は抱いていた娘を乗せた。

「俺は後でいい」

ガイアは娘を受け取る兵に、父親の顔を覚えておくよう命じた。

家族を意図せず引き離さないためだ。

外へ出た者は医療班へ、武器を持っていた者は別の確認場所へ。

避難を終えたあと、男は自分から手を差し出した。

「逃げるつもりはない。娘の居場所だけ教えてくれ」

ガイアは医療班の名前と部屋番号を伝えた。

拘束の前に、父親として知るべきことがあった。

さらに数日後、元役人の娘は新しい学校の見学に出かけた。

初めての教室で、少女は自分の名前を小さな声で告げた。

教師は父親のことを尋ねず、好きな遊びを聞いた。

「絵を描くのが好き」

「じゃあ、ここに座って一枚描いてみようか」

少女は窓の近くの席を選んだ。

相談員は廊下で待ち、授業が終わるまで急かさなかった。

その日の報告書には『登校を開始』と一行だけ書かれた。

だが少女にとっては、救出された日とは違う、新しい一日の始まりだった。

扉の外に出た子供たちの名前は、同じ大きさの文字で名簿に残された。

少女にとっては、翌日の教室に自分の足で通えることも、救出の先に続く大切な出来事だった。


一週間後、少女は教室で家の絵を描いた。

窓が二つ、煙突が一つ。

教師が「誰のおうち?」と尋ねると、少女は少し考えて答えた。

「まだ、決めてない」

父親の罪が消えたわけではない。

暮らす場所も、これから相談しなければならない。

それでも、誰の家を描くかを自分で決めてよいのだと少女は知った。

迎えに来た相談員は、絵の裏に書かれた小さな文字を見つけた。

『あしたもくる』。

救出の記録には載らない、少女自身が選んだ約束だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。