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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第六十九話 父さんの帳面から、消してはいけない名前が見つかった

ライアンの古い帳面に、少女の名前が残っていた。

横には、たった一行。

『パンを届けられず』

ガイアが頁を閉じようとすると、ライアンは手を押さえた。

「消すな。忘れたくない」

二十年前、雪で道が塞がれ、少女の家へ食料を運べなかった。

あの日のあと、どうなったのか分からない。

「亡くなったのかもしれない」

ライアンが呟くと、セーラは静かに言った。

「分からないことを、決めつけないで」

ガイアは少女の名前を記念碑に刻む案を出した。

「父さんが忘れないように」

だがマリナは首を振った。

「もし生きていたら? 本人が知らないうちに『亡くなった子』として扱うの?」

ライアンは帳面を見つめた。

「まず、確かめてくれ」

調査は簡単ではなかった。

昔の配給所は閉じられ、当時の記録も一部が失われていた。

ようやく分かったのは、少女が春に親戚と港町へ向かったらしいということだけだった。

ガイアは馬車を出そうとしたが、マリナが止めた。

「名前だけで家を訪ね歩けば、別の人の暮らしまで乱す。先に記録係に確認を頼もう」

港町から届いた返事には、似た名前の移住者が複数いるとあった。

それ以上は分からない。


数日後、差出人のない手紙が食堂に届いた。

『昔、雪の日にパンをもらえなかった子を知っています。

でも、その人は今、静かに暮らしています。

探さないでほしいそうです』

ライアンは手紙を何度も読み返した。

本当にあの少女なのかは分からない。

けれど、もし本人の願いなら、会いに行くことが正しいとは限らなかった。

「謝りたいんだ」

「謝ることと、謝罪を受け取ってもらうことは別だよ」

セーラの声は優しかった。

ライアンは返事を出さなかった。

送り先も書かれていなかったからだ。

代わりに、当時の食料配送がなぜ途切れたのかを調べた。

雪の日に代替の道がなく、届け先を確認する仕組みもなかった。

フィルは新しい配送表に、悪天候時の連絡先と、届かなかった家を翌朝確認する欄を設けた。

「これなら、同じことを減らせる」

「なくせるとは言い切れないな」

「うん。でも、見逃したままにしない」

ライアンは帳面に新しい一行を書いた。

『春に転居した可能性。

本人確認は未了。

本人の意思を確認できるまで、公開と訪問調査は保留』

少女の名前は消さなかった。


その夜、食堂へ初めて来た子供が、自分の名を小さな声で告げた。

ライアンは聞き取れず、もう一度尋ねた。

今度はゆっくり書き、本人に確かめてもらった。

過去の空白は埋まらない。

けれど、今日の名前を間違えずに呼ぶことはできる。

翌日、ガイアは帳面の閲覧者を限定し、調査を再開する条件を書き添えた。

名前を残すことが、その人の暮らしを追い回す理由になってはいけない。

ライアンは古い帳面を棚へ戻し、新しく来た子に、名前を帳面に書いてよいか尋ねた。

それからひと月、ライアンは古い帳面を開く回数が減った。

忘れたからではない。

少女の名前を見つめているだけでは、今日の配送を良くできないと分かったからだ。

ある雪の日、食堂の戸口に若い配達人が駆け込んできた。

「山道が閉じました。奥の三軒には行けません」

フィルはすぐに新しい配送表を広げた。

「三軒のうち、食料が何日分あるか分かる家は?」

「一軒だけです」

「残りは確認しよう。行けない理由と、次に連絡する時刻も書いて」

配達人は眉を寄せた。

「届けられないのに、書くだけで役に立ちますか」

ライアンは黙って帳面を見せた。

「二十年前の俺は、届けられなかったことだけを書いた。そのあと、誰が確かめるのか決めなかった」

配達人は一行を読み、姿勢を正した。

「では、確認してきます」


その日の午後、三軒のうち二軒は隣家と食料を分け合っていると分かった。

残る一軒は連絡が取れなかった。

ガイアは隊を出そうとしたが、フィルが止めた。

「道が危険なら、急ぐだけでは駄目だ。村の連絡員と相談して、別の尾根から合図を送ろう」

夕暮れ、向こうの家から灯りが三度点滅した。

無事を知らせる約束の合図だった。

ライアンは安堵したが、それで配送完了とは書かなかった。

『安否確認。

食料の残量は未確認』

翌日、天候が回復してから荷物が届き、ようやく欄に印が付いた。

古い少女の名前についても、ガイアは一度だけ提案した。

「もし向こうから連絡が来たら、どうする?」

ライアンは考えた。

「話したいと言ってくれるなら、会う。会いたくないなら、そのままでいい」

「謝りたい気持ちは?」

「消えないよ。でも、俺の気持ちを片づけるために、あの子の今を乱したくない」

セーラは隣で聞いていた。

「父さん、返事が来ないことも、返事の一つかもしれないね」

ライアンは頷いた。

待つことと、探し回ることは違う。

雪解けの頃、新しい子供が食堂の帳面に自分の名前を書いた。

字はまだぎこちなく、最後の一文字が裏返っていた。

「直していい?」

ライアンが尋ねると、子供は首を振った。

「今日はこれでいい。明日、ちゃんと書く」

ライアンはそのまま残した。

帳面は正しい字を並べるだけのものではない。

その日に本人がどう書きたかったかも、そこにあった。


その夜、ライアンはセーラに尋ねた。

「名前を残しておくことも、相手にとって迷惑になるだろうか」

「残す場所と、誰に見せるかによると思う」

「そうだな」

ライアンは古い帳面を布で包んだ。

「俺が忘れないための記録を、あの子に背負わせる必要はない」

セーラは答えず、隣に座った。

二人の間に長い沈黙があった。

それは、何も言えない沈黙ではなかった。

分からないまま大切にしておくものがあると、互いに認めるための時間だった。

配達人が戻ると、ライアンは新しい連絡表を開いた。

最初の欄には「雪で道が塞がれた」とあり、その下に「隣村の宿へ一時保管を依頼」と書かれていた。

「届けられなかったら、どうするかまで決めたんです」と配達人は言う。

ライアンは古い帳面を開き、少女の名前の横には何も書き足さなかった。

分からない結末を勝手に埋めることはできない。

代わりに、新しい帳面の表紙へ『不達の場合は当日中に知らせる』と書いた。

その翌朝、配達人は新しい連絡表を持って出発した。

以前なら空欄のままにしていた「届けられなかった理由」

の欄を、今度は自分で埋めるつもりだった。

ライアンはその背中を見送り、棚の古い帳面へ目を向けた。

過去を変えることはできない。

それでも、過去の失敗を次の誰かへ押しつけないために、できることは残っている。

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