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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第六十三話 村の子供が選んだのは、剣より一冊の教科書だった

ノアが村へ運んだ魔法の板は、触れるだけで文字が浮かんだ。

子供たちは歓声を上げた。

だが一人だけ、ヨルは教室の外に立っていた。

「使わないのか?」

「魔力がないから、文字が出ない」

教師が板を確かめると、確かにヨルの指には反応しなかった。

「別の教材を取り寄せましょう」

教師は申し出たが、届く日も費用の出どころも決まっていなかった。

教師の善意に、ヨルは顔を伏せた。

「いつ届くの?」

誰も答えられなかった。

ヨルは弟を背負って、毎日村の外れから通っていた。

仕事の札を読めず、危険な採石場へ連れていかれたことがある。

「剣が使えなくてもいい。嘘の札を読めるようになりたい」

ノアは魔法の板を片づけ、黒板に白墨で「橋」と書いた。

「これはどうだ」

「……読めない。でも、見える」

「なら、ここから始めよう」


翌日、教師が新しい問題を持ってきた。

魔法板を使う授業には予算がある。

しかし紙と白墨を買う費用は、その予算に含まれていないという。

「せっかく教室を開いたのに、学べない子がいるのか」

ノアは苛立ったが、ヨルの前で教師を責めなかった。

「魔法を使わない教材も必要だと、記録に残そう」

村長と教師と保護者が集まり、必要な数を数えた。

板に触れられない子だけでなく、昼間は畑で働く大人も読み書きを習いたがっていた。

ノアは魔法の板を捨てなかった。

希望する子の授業に使い、基礎の読み書きは誰でも学べる時間に分けた。

費用の一部は村の教育費から出し、不足分は町へ申請することになった。

最初の授業で、ヨルは白墨を折った。

「やっぱり向いてない」

ノアは折れた短い方を拾った。

「指に力を入れすぎずに済む。これで書いてみろ」

ヨルの「橋」

は、線が途中で切れていた。

「橋になってない」

「明日、続きを書けばいい」

教師は文字を消さず、黒板の端に残した。

授業後には、ヨルが弟の世話で欠席する日にも使えるよう、紙に同じ文字を写して渡した。


一週間後、ヨルは教科書を持ち帰ろうとして、足を止めた。

「汚したら弁償しなきゃいけない?」

教師は貸出帳を開いた。

「破れたら一緒に直す。失くしたら事情を聞く。お金がないから学べない、とはしない」

ヨルは本を胸に抱いた。

「弟にも見せていい?」

「もちろん」

ひと月後、ヨルは市場で弟の靴を選んでいた。

値札には銅貨六枚とあるのに、店主は八枚だと言った。

ヨルの喉が詰まった。

昔なら黙って払うか、買わずに帰っただろう。

「……札には、六枚と書いてあります」

店主は札を見直した。

「昨日の値段だ。替え忘れた。すまない」

「じゃあ、今はいくらですか。理由も教えてください」

店主は革の仕入れ値が上がったと説明した。

ヨルは別の靴も見せてもらい、弟に選ばせた。

「こっちがいい」

と弟が言った。

ヨルは頷いた。

字が読めたからといって、誰にでも勝てるわけではない。

だが、質問する言葉を手に入れた。

教室へ戻ると、ヨルはノアに教科書を見せた。

余白には「橋」

と何度も書いてあり、最初の字だけ歪んでいた。

「ここ、消さないのか」

「消さない。最初は読めなかったって、弟に見せたいから」

ノアはそのページを見つめた。

世界最高の魔導師と呼ばれても、板に文字を浮かべるだけでは届かない子がいる。

教師は手作りの紙の教材を使った日数と費用を記録し、村の会議へ提出した。

ノアの魔法が使える日だけ学べる教室では、ヨルが次の子に教えられない。

ヨルは自分の教科書の余白に、弟が間違えた字を書き足した。

教える側になって初めて、説明の難しさも知った。

ところが、村の会議で新しい問題が持ち上がった。

紙の教材を買う費用は認められたものの、教える人の時間が足りないのだ。

畑の仕事を終えてから教室を開く教師は、夜になると声がかすれていた。

「魔法板なら、子供が自分で勉強できるのに」

村長が言うと、ヨルは膝の上の本を握りしめた。

「俺たちがいると、先生の仕事が増えるの?」

誰もすぐには答えなかった。

ノアは机の上に二つの教材を並べた。

「魔法板を使える子も、先生がいないと分からないところがある。紙の本を使う子も、覚えたら誰かに教えられる。どちらかが余計な子という話じゃない」

教師は頷き、授業を二つの時間に分ける案を出した。

基礎の文字を教える時間と、習った字を使って仕事の札を読む時間。

大人の参加者には、読みたい札を持ってきてもらう。

ヨルは弟を膝に座らせたまま、最初の授業に出た。

持ち込まれたのは薬草の袋だった。

名前が似ていて、取り違えると危険なものがあるという。

「一文字違うだけで、意味が変わるんだ」

ヨルは声に出して読み、間違えたところに印を付けた。

「間違えてもいい。でも、分からないまま使わないで」

教師の言葉を、彼は何度も心の中で繰り返した。

ある日、弟が教科書の端を破ってしまった。

ヨルは青ざめて本を隠そうとしたが、弟が先に教師へ謝った。

「僕が破いた。お兄ちゃんじゃない」

教師は紙と糊を出し、二人に修理を教えた。

「本は大事。でも、本を守るために人を教室から追い出すことはしないよ」

修理したページには、薄い筋が残った。

ヨルはその筋を指でなぞった。

「これ、読めるね」

「読めるように直したからね」

その日の帰り道、ヨルは弟に教えた文字を、橋の欄干に指で書いて見せた。

弟はわざと違う形を描いた。

「違うよ」

とヨルが言うと、弟は笑った。

「じゃあ、教えて」

ヨルはすぐに答えず、先生がしてくれたように、まずどこまで分かるかを聞いた。

月末の会議には、ヨルも出席した。

「教科書を借りられるようにしてくれて、ありがとうございます」

言い終えてから、彼はもう一つ頼んだ。

「畑の仕事で来られない子のために、休んだ日の勉強を残してください」

村長は教師と相談し、授業の内容を一枚の紙にまとめて保管することにした。

ノアはその紙を見て笑った。

自分の魔法より地味で、誰にでも使える工夫だった。


翌日、ヨルは魔法の板を使う友達に紙の教科書を貸した。

「こっちだと、間違えたところに印を付けられるよ」

友達は板を閉じ、二人で同じ問題を解いた。

教師は教室の前に、板と紙を並べて置くことにした。

ノアが費用を尋ねると、村長は「紙は毎月買えるが、魔法の板は壊れたら直せない」と答えた。

ノアは修理の方法を教えると約束したが、ヨルは首を振った。

「それもいいけど、紙もなくさないで」

その頼みが、教室の決まりになった。

ヨルは弟が書いた文字を読み上げ、次の授業のために教科書を鞄へしまった。

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