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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第五十六話 世界最高の魔導師が、消された村を地図に戻した

ノアの机には、三枚の地図があった。

机の端には、村の名を手書きした小さな札も並んでいた。

ノアは札を動かすたび、古い地図の上に重ねた。

消えた村の場所は、紙の上では空白になっている。

けれど、川は流れ続け、そこへ続く道も残っていた。

「地図から消すのは簡単だ。でも、住んでいる人の暮らしまで消えるわけじゃない」

ライアンが言うと、ノアは顔を上げた。

かつて番号で呼ばれていた自分を、父が名前で呼び直してくれた日のことを思い出した。

「僕が地図を直しても、配給の担当者が古い台帳を使えば意味がない」

「じゃあ、どこまで直せばいい」

「郵便、薬、学校、それから冬の道。地図を直すのは最初の仕事です」

ノアは札の横に、村ごとに必要な連絡先を書き始めた。

三十年前の地図には十二の集落がある。

十年前の地図には七つ。

最新版には、一つも載っていなかった。

「全部、廃村になったのか?」

ライアンの問いに、ノアは首を振った。

「人は住んでいます。配給台帳からも、郵便の経路からも消されているんです」

最初に訪ねた村で、老婆が笑った。

「私らは幽霊になったのかい」

だが笑い声は続かなかった。

薬の届かない家に、熱を出した子供がいたからだ。

ノアは魔法で薬を運ぼうとした。

けれど、その薬が誰に、どれだけ必要なのか、彼には分からない。

セーラへ連絡を送り、診察の手配をした。

ノア自身は、村を消した記録を調べることにした。

役所の説明は簡単だった。

『十二集落を中央町へ統合した』

だが中央町の台帳に、住民の名前は移されていなかった。

書類の上で村を消し、引き継ぐべき暮らしを置き忘れたのだ。

「名前を戻せばいいのね」

村の少女リナが地図を覗き込んだ。

「それだけじゃ足りない」

ノアは答えた。

「配給の荷車が、ちゃんと来られる道も必要だ」

彼は魔法で真っすぐな道を描いた。

リナがすぐに首を振る。

「そこは春になると川になるよ」

「でも、今は乾いている」

「毎年そうなの。橋も流される」

ノアは描いた線を消した。

世界最高の魔導師でも、村で暮らした十年分の季節は知らなかった。

リナの案内で、彼らは高台を回る古道を歩いた。

道標は倒れ、橋板は腐っている。

ノアなら一晩で立派な橋を架けられる。

だが村の大工が言った。

「俺たちに直せない橋は、次に壊れたとき誰も直せない」

ノアは魔法で木材を運び、村人が修理できる構造を一緒に選んだ。

十二の村を回るうち、別の問題も見つかった。

住民の中には、移住を望む者がいた。

村の名が地図に戻れば、昔の暮らしへ戻るよう命じられるのではないかと恐れていた。

「戻すのは名前と権利です」

ノアは村の集会で説明した。

「ここに住むか、町へ移るかは、あなたたちが決めることです」

役所に提出した新しい地図には、道と集落だけでなく、住民が訂正を申し出る窓口も記した。

担当官は難色を示した。

「地図の訂正は専門家の仕事です。住民に任せては混乱する」

ノアは地図の端を指した。

「専門家の僕が、春に水没する道を描きました。間違いを見つけた人が直せない方が危険です」


数週間後、最初の配給荷車が村へ着いた。

リナは粉袋を数え、受領簿に名前を書いた。

ノアはその隣で、荷が不足していないか確かめた。

老婆が新しい地図を広げた。

「おや、うちの村が戻ったね」

「はい」

「でも、この橋は冬になると凍るよ」

ノアは筆を取り出した。

「教えてください」

老婆は嬉しそうに笑った。

地図には赤い訂正が増えた。

ノアはそれを消さず、次の版にも残すことにした。

人が暮らす場所は、誰かが一度描いて終わりではない。

ノアは十二の村の名前を見渡し、最後の一行を書き加えた。

新しい地図を役所へ提出した日、ノアは古い地図を破棄するよう求められた。

「最新版ができたのですから、前のものは不要でしょう」

担当官の言葉に、ノアは首を振った。

「どこで村が消えたのか、確かめられなくなります」

三十年前の地図と十年前の地図を並べると、消えた集落の位置に細い鉛筆の線が残っていた。

誰かが一度は名前を書き、後から消した跡だった。

「誰が消したかを探すのですか」

「それも必要です。でも、同じことが起きない仕組みを作る方が先です」

ノアは地図の端に、更新日と担当者、変更理由を書く欄を設けた。

住民からの異議があれば、その記録も残す。

村へ戻る途中、リナが川沿いの小道を案内した。

地図には立派な街道が描かれていたが、実際には崩れた石橋の向こうで途切れている。

「荷車はここを通れないよ」

「地図では通れることになっている」

「だから、いつも途中で帰っちゃうの」

ノアは黙って橋を見た。

魔法で石を積み直せば、今夜のうちに形は整えられる。

しかし橋脚の下は水に削られていた。

「直す前に、川を知っている人を呼ぼう」

リナは嬉しそうに走り出した。


翌朝、村の石工と荷車の御者が集まった。

石工は橋脚を調べ、御者は荷の重さを説明した。

「魔法で補強しても、春の増水に耐えられるかは別だ」

石工が言う。

「じゃあ、春までは上流の渡し場を使う。冬に凍るなら、さらに別の道も考える」

ノアは赤い線で迂回路を書き加えた。

「遠回りになるね」

リナが言う。

「うん。でも、着かない近道よりはいい」

配給の荷車が初めて村へ到着した日、御者は受領簿に署名をもらう前に、村の子供たちへ尋ねた。

「帰り道はどっちが安全だ?」

子供たちは口々に道を教えた。

ノアはその声を聞きながら、地図に書き込むための小さな帳面を配った。

「僕が来られない日にも、変わった場所を記録してほしい」

「私たちが地図を作っていいの?」

リナの問いに、ノアは頷く。

「暮らしている人が知らない地図では、誰も助けられないから」

帰り際、老婆がノアを呼び止めた。

「名前を戻してくれてありがとう。でも、次は隣の村も見ておくれ」

ノアは新しい地図を開いた。

そこには、まだ確認できていない小さな道が何本もあった。

世界最高の魔導師にも、一度で全部を直すことはできない。

それでも、誰かが声を上げた場所を、もう空白にはしないと決めた。

村の子供リナは、地図に一本の細い線を描いた。

「ここ、春になると橋が流されるの」

ノアは線を消さず、季節ごとの注意を書き添えた。

役所の地図係は「子供の証言だけでは正式に載せられません」と難色を示したが、ノアは頷いた。

「だから現地を確認します。確認できるまでは、危険の可能性として残してください」


数日後、御者と村人が橋の傷みを確かめ、別の道に標識を立てた。

リナは完成した地図を指さした。

「私の線が残ってる」

ノアは笑った。

「君の線じゃない。これからここを通る人のための線だよ」

『この地図は、ここに暮らす人の声で更新する』

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