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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第五十五話 帝国大将軍が兵士千人に命じたのは、剣を置くことだった

東の峠を越えれば、救済所まであと半日だった。

夜のうちに、ガイアは麦袋の数を確認していた。

四十台の荷車に積まれた麦は、どれも救済所で配る分だ。

一袋でも失えば、受け取れない家族が出る。

兵士たちは将軍が出陣前のように厳しい顔をしている理由を、敵軍の偵察だと思っていた。

「戦うための兵が千人もいるのに、将軍は麦の数ばかり数えるんですね」

若い副官が言うと、ガイアは帳面を閉じた。

「俺が子供だったころ、父さんはパンを七人分に分けた。誰か一人を抜かないために、鍋に水を足したんだ」

「水で腹は膨れません」

「そうだ。だから今度は、薄めなくてもいい量を届ける」

ガイアは兵士たちに、剣より先に荷車を守るよう命じた。

けれど、麦を積んだ荷車四十台の前に、王国の地方軍が布陣していた。

「軍需物資の越境を禁ずる。引き返せ」

隊長の声に、帝国兵の槍が一斉に上がった。

ガイアの護衛は千人。

戦えば峠を抜けられる。

けれど、最初の矢が飛べば荷車は炎上し、峠の村には何も届かない。

ガイアは馬を下りた。

「全員、剣を置け」

兵士たちは動かなかった。

「将軍、敵の目の前です」

「だから置くんだ」

ガイアが先に剣帯を外し、雪の上へ置いた。

千人の兵が続くと、峠に金属の音が長く響いた。

王国側の若い兵士が怯えた顔で隊長を見た。

「罠では?」

「疑っていい。だから中身を確かめてくれ」

ガイアは積荷目録を差し出した。

王国の隊長と帝国の輸送責任者が一緒に袋を開く。

白い小麦粉が風に舞った。

だが隊長は首を振った。

「食料でも通行命令は出せない。王都からの文書には『軍需品』とある」

ガイアは文書を読んだ。

印章は本物だった。

誰かが誤った情報を送ったのか、意図的にそう記したのか。

ここではまだ分からない。

「なら王都へ照会してくれ。その間、荷は峠の宿場で保管する。兵は境界を越えない」

「返答には二日かかる」

「二日も待てば、村の備蓄が尽きる」

王国側の隊長も知っていた。

峠の向こうには、自分の弟が暮らす村がある。

それでも命令に背けば、兵士たちの身が危うい。

ガイアは考えた末、別の書面を書いた。

『両軍立ち会いで積荷を確認。

武器・兵員の越境なし。

食料は王国側の御者に引き渡し、受領を記録する』

「俺たちは峠を越えない。荷だけを、お前たちの責任で運んでもらえないか」

隊長は目を細めた。

「なぜそこまでする」

「俺も昔、腹を空かせた子供だった」

ガイアは雪に置いた剣を見た。

「父さんが最後のパンをくれた。あのとき、父さんは俺が敵になるかどうかなんて考えなかった」

長い沈黙のあと、隊長は部下を呼んだ。

「輸送に使える馬車を集めろ。受領証は俺が署名する」

兵士たちの肩から、少しずつ力が抜けた。

荷の引き渡しが始まったとき、一台の車輪が深い轍にはまった。

帝国の御者が押しても動かない。

王国の若い兵士が駆け寄った。

帝国兵が身構える。

「手伝うだけだ」

若い兵士は板を車輪の下に差し込んだ。

ガイアも肩を入れた。

三人で押すと、荷車が雪の上へ跳ね上がった。

「弟が、あの村にいるんです」

兵士は小さく言った。

「今日の麦を、待っているかもしれない」

ガイアは頷いた。

「なら、早く届けよう」


夕刻、最初の村から伝令が戻った。

『麦十袋受領。

炊き出し開始』

ガイアはその報告を受けて初めて、膝から力を抜いた。

千人の兵に剣を置かせることはできた。

しかし、剣を置いただけでは子供の腹は満たされない。

そこから先を動かしたのは、敵だったはずの兵士たちの手だった。

ガイアは峠の向こうに灯った小さな火を見つめた。

峠の宿場では、王国兵と帝国兵が向かい合ったまま夜を迎えた。

剣を置いたとはいえ、互いの目には警戒が残っている。

焚き火を囲むことさえ許されず、兵士たちは別々の壁際に座った。

副官がガイアに囁く。

「将軍、相手が約束を破ったらどうします」

「そのときは、まず何が起きたか確かめる」

「剣を取らないのですか」

「剣を取る判断を急いで、守るべき麦を燃やしたくない」

副官は納得できない顔をした。

ガイアも、昔の自分なら同じ顔をしただろうと思った。

深夜、宿場の裏手で物音がした。

見張りが駆けつけると、若い王国兵が麦袋を一つ抱えていた。

帝国兵たちは一斉に立ち上がる。

「盗人だ!」

「待て」

ガイアの声が響いた。

若い兵士は逃げず、袋を地面に置いた。

「弟のいる村へ運びたかったんです。朝まで待てば、母が……」

「だから勝手に持ち出したのか」

兵士は頷いた。

ガイアは袋の封を確かめた。

まだ破れていない。

「村の名前は」

「東のミルン村です」

ガイアは受領簿を開き、そこに村の名があることを確認した。

「この袋は正式な荷に戻す。お前の村へ運ぶ順番は、隊長と話して決める。誰か一人の不安で順番を変えたら、別の村の子供が待つことになる」

若い兵士は目を伏せた。

「……はい」

「だが、急ぐ理由があるなら隠すな。母親の容体も伝えてくれ」

朝、王国の隊長はミルン村の備蓄が予想より少ないと報告した。

別の村も同じように危険だった。

二人の隊長は地図を広げ、残りの麦をどう運ぶか話し合った。

帝国兵が峠を越えられない以上、王国側の荷車と御者が必要になる。

ガイアは積荷目録を写して渡し、受領の署名を求めた。

「信用していないのか」

王国の隊長が苦笑する。

「信用を続けるためだ。何袋届いたか、後で互いに確かめられるように」

隊長は署名した。

出発する荷車を見送るとき、若い王国兵がガイアに頭を下げた。

「昨夜は、申し訳ありませんでした」

「弟には、俺から謝ることもある」

「将軍が?」

「もっと早く届けられなかった」

ガイアは雪に残る車輪の跡を見つめた。

勝った戦の数なら、すぐに答えられる。

だが、今日何人が腹を満たせるかは、まだ分からない。

その答えを知るまでが、自分の仕事なのだと思った。

峠の検問所には、剣を置いた千人の兵士がまだ待っていた。

若い副官が雪に埋もれた鞘を拾い、「戦わずに勝ったと報告してよろしいですか」と聞く。

ガイアは首を横に振った。

「まだだ。村に麦が届くまで報告は終わらない」

数刻後、王国側の伝令が戻った。

最初の村へ二十袋が届き、子供たちの食事が始まったという。

だが二台目の車輪が折れ、残りは峠の途中で止まっていた。

ガイアは兵に修理道具を渡した。

「武器を持たずに行ける者だけ、手伝いに行ってくれ」

副官は自分の手袋を締め直した。

初めての任務が、敵を倒すことではなく車輪を直すことになるとは思わなかった。

「父さん。今日は、誰も斬らずに済んだよ」

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