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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第五話 百人分の名前を書く帳簿

ライアンの家に、戸を叩く音が絶えなくなった。

橋の下から連れ帰った十七人のうち、熱を出していたルカはようやく起き上がれるようになった。

けれどルカの友達が食事を求めて訪ね、その友達の妹が別の子を連れてくる。

冬の王都には、数えられるより多くの行き場のない子供がいた。

ライアンは新しく来た子に名前を尋ね、古い紙の裏に書いた。


翌日、同じ名前の子が二人いると分かって、慌てて書き足した。

「このままじゃ、誰が薬を飲んだかも分からなくなる」

薬師ルクスに叱られたのは、その日の夕方だった。

「食事を出すだけが世話じゃない。熱のある子、傷のある子、乳が必要な子。取り違えれば命に関わる」

「……その通りです」

ライアンは頭を下げた。

ルクスは紙束をめくり、さらに眉を寄せた。

「年齢が空欄だらけだな」

「分からない子が多いんです」

「分からないなら、分からないと書け。勝手に決めるな」

それを聞いて、ノアが小さく反応した。

ノアは以前いた施設で、名前ではなく番号で呼ばれていた。

ライアンの家に来てからも、自分の名前を声に出すのが苦手だった。

「番号なら、間違えない」

ノアが呟く。

「数字は便利だ」

ライアンは答えた。

「でも、お前の代わりにはならない」

ノアは何も言わなかった。


翌朝、ライアンは市場で厚い帳簿を一冊買った。

買う予定だった肉を諦めたので、夕食は豆の薄いスープになった。

「紙を食べるわけにはいかないのに」

ガイアが帳簿を見つめた。

「そうだな。買い方を間違えたかもしれん」

ライアンは正直に言った。

「でも、薬を飲ませ忘れるほうが怖い。明日は俺が仕事を増やす」

「またそう言う」

ガイアの声は険しかった。

「父さん一人で増やせる仕事には限りがあるだろ」

ライアンは反論できなかった。


昼過ぎ、荷運びの親方ガストンが、ライアンたちの仮住まいを訪ねてきた。

以前から仕事を世話してくれた人物だ。

積み上がった寝具と子供たちの靴を見て、入口で足を止めた。

「お前、ここを何にするつもりだ」

「家です」

「何人の?」

ライアンは帳簿を開いた。

橋の下の十七人を迎えたあとも、教会や市場から相談が相次いだ。

全員を一度に廃屋へ入れるのは危険だったため、教会の空き部屋と倉庫の一角を借り、寝床を分けた。

その間に少しずつ保護する子供が増え、昨夜までの記録は六十三人。

朝になって四人増えた。

「子供だけで、今は六十七人です」

ライアンは数字を指でなぞった。

橋の下の十七人を迎えてから、教会の物置を臨時の寝床に借り、病気の子は薬師のもとで休ませている。

全員が一つの廃屋に寝ているわけではない。

夜ごとの所在を確認するため、帳簿には名前の横に寝場所も記していた。

数字が増えるほど、顔と声を知らないままの子がいることが怖くなる。

「数えられるだけでは、守ったことになりませんね」

ライアンが言うと、ガストンは頷いた。

「……商売なら、とうに破産してるぞ」

「商売じゃありません」

「だから余計に心配なんだ」

ガストンはため息をつき、食料の仕入れ先を紹介すると申し出た。

ただし、無条件ではない。

「帳簿を見せろ。何人に何を配ったか、俺にも分かる形にしろ。寄付を集めるなら、使い道を説明できなきゃならん」

「子供の名前まで外に出すんですか」

「いや。外に見せるのは人数と費用でいい。名前は守れ」

ライアンは顔を上げた。

「……助かります」

「礼は、続けられる仕組みを作ってから言え」

人数が増えるにつれ、廃屋だけでは眠る場所が足りなくなった。

教会から借りた部屋と倉庫の一角にも寝具を置き、夜ごとに大人が見回る手順を決めた。

助ける人数を誇るより、一人ずつ安全に眠れる場所を確かめるほうが大切だった。


その晩、ライアンは子供たちを集めた。

帳簿の一頁目に、名前を書いてもよいか一人ずつ尋ねた。

年齢が分からない子には、本人が覚えている季節や出来事を聞いた。

誕生日の分からない子には、家に来た日を「迎えた日」

として別に記した。

本当の誕生日を知る機会が来たら、書き直せるようにした。

セーラは、幼い子の話を聞く役を引き受けた。

「この子、春に桜を見たって」

「何歳の春だろう」

「それは分からない。でも、桜が好きなんだって」

「じゃあ、それも書こう」

ライアンは余白に小さく記した。

好きなものを書く欄ができると、子供たちが次々に寄ってきた。

焼き芋、青い布、犬、雨の音。

中には「静かな部屋」と答える子もいた。

ガイアはその欄を見て、少しだけ表情を緩めた。

「帳簿って、こんなことも書くのか」

「忘れたくないからな」

ところが、夕方になって問題が起きた。

新しく来た少年が、帳簿に名前を書くことを拒んだのだ。

十四歳ほどの痩せた少年で、右手の甲に古い傷があった。

「書いたら、迎えに来る」

「誰が?」

「前の主人だ。俺を買ったって言ってた」

部屋が静まり返った。

ライアンは筆を置いた。

「名前は書かなくていい。今は、どう呼ばれたい?」

「……何でもいい」

「何でも、は困るな。お前が嫌じゃない呼び方にしたい」

少年はしばらく黙り、「トビアス」と言った。

橋の下で十七人をまとめていた少年と同じ名前だった。

ガイアが思わず顔を上げる。

「同じ名前だぞ」

「だったら、別のにする」

少年は身を固くした。

「いや、同じでいい」

ライアンは二人を見た。

「ここでは同じ名前の人がいてもいい。区別が必要なときは、本人に聞く」

橋の下から来たトビアスが、照れくさそうに言った。

「俺は大きいほうのトビアスでいい」

「俺のほうが背が高い」

「じゃあ、年上のほう」

二人が初めて笑った。

それでも少年の本名は帳簿に書かなかった。

ルクスのために必要な健康記録は別の紙にまとめ、本人が選んだ呼び名と照合できるようにした。

ライアンは、守るための記録が誰かを危険にさらすこともあるのだと知った。


翌週、帳簿に小さな訂正が加わった。

年齢を「八歳」

と書かれていた少女が、実は九歳だと分かったのだ。

「間違ってたなら、消しちゃう?」

少女が不安そうに聞く。

「消さない。線を引いて、いつ誰が直したか残す」

「間違いを残していいの?」

「間違えたことより、直せなくなるほうが怖いからな」

ノアはそのやり取りを見て、健康記録の紙にも日付を書くようになった。

春まで持ってくれればいい。

そう願いながら、彼は翌日の修繕費を帳簿の余白に書き足した。

日が落ちるころ、パン屋の主人が籠を持ってきた。

「ガストンから聞いた。余り物じゃないぞ。明日の朝の分を、先に焼いた」

「代金は」

「半分だけ払ってくれ。残りは俺の寄付だ」

ライアンが断ろうとすると、主人は首を振った。

「子供にパンを渡すのは、あんた一人の仕事じゃない」

ライアンは返す言葉が見つからなかった。

それから数週間、家は少しずつ変わった。

ガイアは食料の数を数え、マリナは買い物の値段を記録した。

ノアは寝床の位置を図に描いた。

セーラは字の読めない子の代わりに、帳簿へ好きなものを書いた。

小さな子たちは、皿を洗う代わりに乾いた布を並べた。

できることと、まだできないことを、誰も笑わなかった。

冬の終わり、ライアンは帳簿の最後の空欄に名前を書いた。

百人目は、教会から紹介された少女ソフィだった。

付き添ってきた年上の少女の袖を離さず、ライアンの顔を見ようとしない。

「しばらく一緒にいてもいい?」

付き添いの少女が聞いた。

「もちろん」

「寝るときも?」

「もちろん」

「朝になっても?」

ライアンは膝を折り、二人と目の高さを合わせた。

「朝になっても、だ」

ソフィはようやく顔を上げた。


その夜、ライアンは帳簿を最初から読み直した。

エマは、エルの欄に書かれた「静かな場所が好き」

という文字を指さした。

「本当は、静かな場所じゃなくて、私の隣が好きなの」

ライアンは筆を持ち直した。

「それなら、本人に聞いて直そう」

エルは少し迷ってから、二人で眠れる場所がいい、と答えた。

ライアンはその言葉を、本人の希望として書き加えた。

百人の名前。

その下にライアンは、子供たちが自分で選んだ呼び名を書き添えた。

生まれたときの名前を知らない子もいたし、呼ばれたくない名を持つ子もいた。

帳簿のために誰かの過去を暴く必要はない。

今ここで返事をしてくれる名前が、最初の一行になればよかった。

百人分の体調、苦手な食べ物、迎えた日。

紙の端には子供たちの指の跡がついていた。

最後の頁には、ノアが自分で書いた名前があった。

字は少し曲がっていた。

けれど誰かに付けられた番号ではなく、本人が選んで書いた文字だった。

「百人か」

ライアンが呟くと、戸口からガイアが答えた。

「百人だよ。父さんは数えるのが下手だから、俺が確認した」

「助かった」

「明日の朝、パンが足りない」

「……そうだな」

「だから、ガストンさんに頼みに行こう。俺も一緒に」

ライアンは帳簿を閉じた。

百人を守るのは、百人分の食事を一人で用意することではない。

助けを求める勇気を持ち、子供たちの声を聞き、今日できた仕組みを明日も続けることなのだ。

窓の外で風が強くなった。

ライアンは屋根を見上げた。

古い梁が、かすかに軋んだ。

帳簿の余白に、赤い線を引いた。

「屋根の点検。雪の前に」

だが翌朝も荷運びの仕事が入り、修繕の相談は後回しになった。

あの赤い線が、数日後に自分を責める印になるとは、まだ知らなかった。

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