第四十五話 王家の封蝋がついた木札は、誰の命令だったのか
廃鉱山の監督役が持っていた木札には、王家の封蝋が残っていた。
「王が子供たちを働かせた証拠だ!」
若い騎士が叫んだ。
ノアは木札を受け取らず、机の上に置かせた。
「封蝋が本物かどうかと、誰が命じたかは別の話だよ。先に結論を決めれば、救うべき子供の証言まで疑われる」
木札の裏には三列の数字が刻まれていた。
運送番号、日付、搬入場所。
マリナの荷車台帳と照らすと、廃鉱山へ向かった三台のうち二台と番号が一致した。
だが日付が一日ずれていた。
「荷を運んだ日より、札が発行された日の方が後だ」
ノアは言った。
「つまり、運送前に許可を得た証明にはならない」
宮廷の印章管理官を呼ぶと、封蝋の紋様は正規の印章に近いと分かった。
しかし紐穴の周囲には、新しい刃物の跡があった。
「札が作られたあとで紐を通したようです」
管理官はそう説明した。
ガイアは腕を組んだ。
「なら偽造か?」
「可能性はある。でも、印章を正当に使った札を後から流用したのかもしれない」
ノアは推測を記録用紙に分けて書いた。
確定したこと。
数字が輸送記録と対応すること。
紐穴が後から開けられたこと。
未確認のこと。
誰が封蝋を押し、誰が札を監督役へ渡したのか。
管理官は保管台帳を開いた。
「この日、印章室の鍵が貸し出されています。返却したのは代理書記です」
署名は読めたが、本人はすでに宮廷を辞めていた。
「逃げたのかもしれない」
騎士が言うと、マリナは首を振った。
「退職理由を確かめる前に決めつけないで」
そこへ、木札を運ばされたという少年が連れてこられた。
少年は騎士たちの姿を見るなり、椅子の下へ隠れた。
「誰に渡された?」
ガイアが尋ねると、少年は何も言わない。
ガイアは騎士を廊下へ下がらせ、自分も剣帯を外した。
「今は答えなくていい。水を飲むか?」
少年は水を受け取ったあと、紙に一つの絵を描いた。
丸い窓。
三本の煙突。
青い鳥の旗。
ノアはそれを見て息を止めた。
「この旗、鉱山の荷車に付いていた印だ」
少年は頷いた。
「札を渡した人は、そこにいた」
「名前は?」
「知らない。でも、手袋に銀色の糸があった」
マリナはその特徴も記録した。
名前を知らない証言は、それだけで役に立つ。
調査班は印章の使用記録と輸送会社の名簿を正式に照会した。
国王側にも記録の開示を求め、監査官の立ち会いで写しを取った。
夜、ガイアは木札を布に包んだ。
「父さんなら、こんな面倒な手続きを待てただろうか」
ノアは少し笑った。
「父さんは、目の前の子を助けるためなら走る。でも、誰かを罪人にするときは、ちゃんと話を聞くと思う」
その頃、病院では二十三人の子供たちが眠っていた。
救うべき人はもう保護された。
だからこそ、責任を問うために急いで間違えるわけにはいかない。
ノアは記録の最後に書いた。
『王家の封蝋あり。
王命である証拠は未確認』
調査記録には、少年の描いた旗の絵も添えた。
ノアは書記に言った。
「似た旗を見つけても、絵だけで同じ組織と断定しないで。少年が実際に見た場所を確認する」
封蝋を理由に王を責める声と、少年を嘘つきと決めつける声。
そのどちらにも、今ある証拠は足りなかった。
その晩、マリナは印章室の記録を二人の書記官に別々に写させた。
どちらの写しにも同じ時刻の空欄があった。
「ここだけ、貸出先の名がない」
管理官は顔を青くした。
「慣例で、急ぎの書類は後から書くことがありました」
「慣例なら、同じ空欄がほかにもあるはずです」
ノアが過去一か月の台帳を示すと、空欄はその一件だけだった。
若い騎士が再び王宮へ踏み込もうとしたが、ガイアが止めた。
「証拠を集めるのと、誰かを脅すのは違う」
少年が描いた青い鳥の旗は、倉庫の紋章ではなく、運送組合の臨時標識だと分かった。
証言が間違いだったわけではない。
ただ、見たものの意味を大人が早合点していたのだ。
「少年に、訂正を求めないでください」
マリナは言った。
「見たままを話してくれた。それを正しく読む責任は、私たちにあります」
その区別を記録に残すことが、真実へ近づくための一歩だった。
印章室の調査を続けると、木札に使われた封蝋と同じ色の欠片が、古い帳箱の底から見つかった。
管理官はすぐに証拠だと言いかけたが、ノアが首を振った。
「同じ色だけでは何も決まらない。印章を押した道具と、保管していた人の記録を別々に調べよう」
マリナは封蝋の保管台帳を二冊取り寄せた。
一冊は印章室に、もう一冊は会計室にあった。
帳簿の数は一致しているのに、封蝋を補充した日付だけが食い違っている。
「補充を頼んだのは誰?」
会計室の若い書記が、黙って手を上げた。
「私です。でも、箱を運んだだけです。命令したのは上司で……」
「名前を聞く前に、運んだ場所を教えて」
ノアは問いを一つずつ区切った。
書記は王宮の東廊下で箱を受け渡したと話した。
そこで受け取った男の顔は覚えていない。
ただ、右手に白い包帯を巻いていたという。
若い騎士が勢いよく立ち上がる。
「包帯の男を探せ!」
「王都には怪我人が何人いると思う?」
ガイアの声で騎士は黙った。
その夕方、少年の証言をもう一度聞くため、マリナが病院へ向かった。
少年は大人が来るたびに自分の言葉が間違いだったのかと怯えていた。
マリナは最初に謝った。
「あなたが見たものを、私たちが勝手に意味づけしてしまった。もう一度、見た順番だけ教えてくれる?」
少年は指を折りながら、青い鳥の旗、荷車、門番、そして木札の順に話した。
木札を持っていたのは運送係ではなく、門の脇に立っていた別の男だった。
「それは大事な違いね」
「ぼく、前に話したときもそう言ったよ」
マリナは胸が痛んだ。
聞き取る側が都合のいい順番に並べ替えていたのだ。
翌日、木札の紐に残る土を調べると、廃鉱山ではなく王都の倉庫街に多い赤土が混じっていた。
まだ犯人は分からない。
だが木札がいつ、どこで使われたかを絞る手掛かりにはなる。
ノアは調査記録の最初の頁に書き加えた。
『証言を守るとは、証言を疑わないことではない。
見たことと、こちらの推測を混ぜないことだ』
木札を見た少年は、最初は何も答えなかった。
ノアは机の上から札を退け、紙と鉛筆を差し出した。
「絵でもいい。覚えているところだけでいいよ」少年が描いたのは、札ではなく門の脇の割れた石だった。
「ここで待たされた。馬車は先に行った」マリナは運搬記録の時刻を確認した。
少年の絵が示す場所は、帳簿に書かれた搬入口と違っていた。
「誰かが記録を書き換えたのかもしれない。でも、まだ断定はできない」ノアは少年の絵に日付と本人の言葉を添えた。
権力者を告発するためにも、無実の者を守るためにも、最初の証言を勝手に整えないことが必要だった。
王家の封蝋は、権威の象徴だった。
今は誰かがその権威を盾にした可能性を示している。
だからこそ、王の名で人を裁く前に、王の名を悪用した者を探さなければならなかった。




