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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第四十二話 救済金八万枚の行方を追ったら、帳簿に存在しない村があった

『白樺村 四百二十人』

マリナはその一行を、三枚の地図と照らし合わせた。

どの地図にも村はない。

古い税台帳にも、移転の記録はなかった。

「村が存在しないとは、まだ決められないわ」

調査員が顔を上げた。

「では、どうします?」

「水場と冬道を調べて。仮設集落かもしれない。そこに人がいるなら、食料を届ける準備も必要よ」

帳簿上の支出は銀貨八万枚。

だが支払伝票を追うと、現金だけではなかった。

食料の購入代、運搬費、労務費に分けられている。

運搬先はすべて白樺村。

マリナは荷運び人のトルクを呼んだ。

日に焼けた男は、帽子を握りしめていた。

「白樺村という場所へ行ったことは?」

「ありません。荷札にはそう書いてありましたが、馬車は北街道を東へ曲がりました」

「どこへ?」

「廃鉱山の方です」

トルクは三台の荷車を運んだと言った。

戻ってきたのは一台だけだった。

「残り二台は?」

「見ていません」

マリナは、そこに余計な言葉を書き足さなかった。

見ていないものは、証言にできない。

「なぜ今まで話さなかったの?」

「仕事を失うのが怖かった。妻の薬代が必要なんです」

「その事情も記録します。ただ、話したことで報復されないよう、あなたの名前は調査の公開資料から外すわ」

トルクはようやく帽子を膝に置いた。

倉庫で見つかった木箱には、白樺村行きの荷札が貼られていた。

その下に、古い番号が透けて見える。

鉱山の資材番号だった。

マリナは運賃の控えを重ねた。

往路は三台分、帰路の馬の餌代は一台分。

「二台が戻らなかったのは確かね。でも、理由はまだ分からない」

そこへノアが古い街道図を持ってきた。

「鉱山へ向かう橋は、去年の洪水で落ちたはずです」

トルクが首を振る。

「仮橋ができています。夜に渡りました」

「誰が造った橋なの?」

「分かりません。ただ、渡るとき、荷車の中から音がしました」

「荷が揺れた音?」

「最初はそう思いました。でも……小さく、何度も叩く音でした」

部屋が静まり返った。

マリナは、すぐに「子供がいる」

とは言わなかった。

「調べましょう。鉱山の入口と換気坑。中に人がいたら、まず救い出す」

ガイアは兵を集めたが、マリナが止めた。

「武装した大勢が押し寄せれば、閉じ込められた人を危険にさらすかもしれない。見取り図を先に」

ガイアは頷き、ノアに坑道の構造を確認させた。

その夕方、偵察隊から報告が届いた。

廃鉱山の入口には新しい錠がある。

中から金属を叩く音が聞こえる。

それから、換気坑のそばには、子供用の小さな靴が片方だけ落ちていた。

マリナは靴の大きさを確かめ、報告書に書いた。

『子供がいる可能性あり。

人数・身元不明』

マリナは追記した。

『荷車二台の所在も未確認。

発見した靴と人の身元は未照合』

調査員が顔を曇らせた。

「報告書に分からないことばかり並びます」

「分からないところを空白にしたら、誰も次に調べられないわ」

トルクの証言を受けた場所と時刻も記し、本人には公開範囲を確かめた。

八万枚の行方を調べていたはずだった。

だが今、取り戻さなければならないものは金だけではない。

「金庫より先に、水と毛布を用意して」

マリナは命じた。

「誰かが中にいるなら、今日の夜を越えられるように」


翌朝、マリナは救済本部の古い支払簿を机に広げた。

帳簿の数字が正しければ、白樺村の四百二十人は冬を越すための食料を受け取っているはずだった。

だが、そこに住む人間の名簿は一枚もない。

「八万枚という数字に目を奪われると、肝心なことを見落とすわ」

マリナは調査員に二つの封筒を渡した。

「一つには支払いの証拠。もう一つには、現地で確かめるべき人の安全について書いて」

「同じ事件なのに、分けるのですか」

「お金の行方が分かっても、閉じ込められた人が助かるとは限らないから」

その言葉を聞いて、若い調査員は白紙の封筒に『保護優先』と書いた。

昼前、運送組合の古参職人が訪ねてきた。

「白樺村の荷札は見たことがある。けど、受取印はいつも同じ筆跡だった」

「荷を受け取った人の顔は?」

「暗くて見えなかった。あのときは気にも留めなかったよ」

職人はうつむいた。

「もしあの荷に子供が乗っていたなら、俺も知らん顔をしたことになるのか」

マリナはペンを置いた。

「今ここで話してくれたことは、調べる手掛かりになるわ。見なかったものまで見たことにしないで」

「……そう言ってもらえると助かる」

「でも、次に同じ荷札を見たら知らせて。今度は見過ごさないために」

職人は頷き、荷車の車輪に使われる特殊な金具の形を描いて残した。

北街道の分岐には、二種類の轍が残っていた。

重い荷を積んだ車輪の深い跡と、空荷で戻った車輪の浅い跡だ。

調査員は地面に膝をつき、車輪幅を測った。

「帳簿では三台とも帰着したことになっています」

「ここを通った数だけでは帰着の証拠にならないわ」

マリナは言い、道沿いの水場へ向かった。

水場の番人は、あの日のことを覚えていた。

馬に水を飲ませようとした男が、荷台を布で隠したまま休憩を断ったという。

「子供の声を聞きませんでしたか」

「風が強かった。聞いたと言えば嘘になる」

番人は唇を噛んだ。

「でも、布の端から小さな靴が見えた気がする」

マリナはその言葉を『目撃の可能性あり』とだけ記した。

確かでない記憶を断定に変えることは、救助を急ぐときほど危険だった。


その夕刻、マリナはトルクの家を訪ねた。

妻は寝台に腰掛け、薬袋を握っていた。

「夫が仕事を失うのではと、ずっと怯えています」

「証言のせいで生活を失わないよう、商会とは別に仕事を紹介します。調査への協力と引き換えに口裏を合わせてもらうつもりはありません」

トルクは戸口に立ち、ようやく帽子を取った。

「俺が荷を運んだ日の翌朝、馬の蹄鉄を直した鍛冶屋がいる。あの人なら荷車の特徴を覚えているかもしれない」

鍛冶屋は車輪の金具に刻まれた小さな三角印を描いて見せた。

印は、帳簿に記された運送業者のものとは違っていた。

「盗まれた荷車かもしれないし、借りたのかもしれない」とマリナは言った。

「でも、行き先を確かめる理由にはなるわ」

地図の廃鉱山に、彼女は新しい丸印をつけた。

そこへ向かう救助隊には、子供を運び出す毛布と食事を先に届けるよう手配した。

八万枚の銀貨の行方を追う調査は、いつの間にか、名も知らない子供の帰る道を探す仕事になっていた。

荷運び人トルクは、地図に描かれた細い川を指した。

「冬はここを渡れない。荷を降ろすなら南の石切り場だ」マリナは帳簿の運搬日を読み上げた。

その日は大雪で、北道は閉鎖されていたという。

荷を運んだという証言と、通れなかったはずの道。

どちらかが嘘だと決めつける前に、彼女は宿場の馬の貸出記録を取り寄せた。

「道を間違えて覚えているかもしれない。荷の中身も確かめよう」トルクは何度も頷いた。

「俺は子供を運んだ覚えはない。でも、あの荷車は妙に軽かった」その言葉を、マリナは推測と分けて書き留めた。

夕方、ガイアは現地へ向かう隊員に声をかけた。

「救助を急ぐ。だが、坑道の中に誰がいるか分からないうちは、勝手に扉を壊すな」

「もし助けを求める声がしたら?」

「声を返せ。ここにいると伝えろ。救い出す手順はノアと確認する」

隊員が出発すると、マリナはもう一度帳簿の『四百二十人』を見つめた。

それが実在しない村のために書かれた嘘なら、数字は人を隠すための道具になっていた。

だが、数字を消すだけでは、隠された人の姿は戻らない。

彼女は最後の欄にこう書き加えた。

『人数の真偽は未確認。

救助対象の有無を最優先で調査する』


翌朝、廃鉱山から最初の連絡が届いた。

坑道の奥に人の声はある。

だが救助隊は、崩れかけた支柱を前に足を止めていた。

マリナは帳簿の四百二十人という数字に指を置いた。

数字が嘘でも、声は嘘ではない。

「まず名前を聞いて。助けを待っている人が、自分の名前を言えるなら」

伝令が走る。

昼過ぎ、戻った紙には一人分だけ名前があった。

四百二十という数字よりも、その一行のほうが重かった。

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