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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第三十九話 百人の英雄が力を合わせても、雨は止まらなかった

雨は三日目の朝になっても止まなかった。

川沿いの堤防に刻まれた赤い印を、水面が越えている。

「上流で、さらに降っています」

ノアは魔法陣から手を離した。

水の勢いを弱めることはできても、降る雨そのものを消すことはできない。

ガイアは兵を集めた。

「低地の住民を高台へ移す。橋を通れるうちに」

「橋は使わないほうがいい」

割って入ったのは、船頭のバルだった。

四十年、この川を渡してきた男だ。

「橋の下流に新しい渦ができている。橋脚の周りの土が削られているはずだ」

ノアの地図には、その渦が載っていなかった。

ガイアはすぐに橋の通行を止め、別の道を確かめるよう命じた。

遠回りでも、川から離れた丘の道を使う。

ライアンは避難名簿を広げた。

「歩けない人、薬が必要な人、家族と離れている人。先に分かるようにしてくれ」

セーラは診療班を高台へ移し、マリナは荷車と毛布を手配した。


昼過ぎ、避難所に駆け込んできた母親が叫んだ。

「娘がいないんです。四人で家を出たのに、三人しか着いていない!」

ガイアは捜索隊を動かそうとしたが、ライアンが母親に尋ねた。

「最後に見たのはどこだ。何を着ていた?」

「青い外套で、製粉所の角までは一緒でした」

「何時ごろ?」

「鐘が二つ鳴ったあとです」

母親の話を地図に記し、捜索隊へ渡した。

慰めの言葉を探すより、正確な情報を渡すほうが今は大切だった。

製粉所の近くでは、水が膝の高さまで上がっていた。

兵が進もうとすると、バルが止めた。

「その先は流れが速い。小舟で裏の水路から回ろう」

捜索隊は安全索を張り、二人一組で小舟を出した。

少女が見つかったのは、製粉所の二階だった。

逃げ遅れた老人を置いていけず、一緒に待っていたという。

「怖かった」

と少女は泣いた。

「怖かったな」

とライアンは答えた。

それ以上、勇敢だったとも、よく頑張ったとも言わず、温かい毛布をかけた。


夕刻、ノアは古い排水路を使えば川の水を逃がせる可能性があると気づいた。

「ただし、下流の村へ水が流れる危険がある」

「村の人に知らせず開けるわけにはいかない」

とマリナが言った。

伝令を走らせ、下流の堤防の高さと避難状況を確認する。

水門を開くかどうかは、下流からの返事を待って決めることになった。

その間にも雨は降り続いた。

堤防の外側に住む老婆が、避難を拒んでいると知らせが入った。

「夫の形見の道具箱を置いていけないんです」

ガイアは兵に無理やり連れ出させようとしたが、ライアンは老婆に聞いた。

「箱は一つか。持ち上げられるか?」

「重いんです。あの人の道具が全部入っていて」

「荷車に乗せよう。ただし、ほかの荷物は置いていく。もう時間がない」

老婆は箱の蓋を確かめ、頷いた。

兵二人が運び出した直後、家の前の道へ水が流れ込んだ。

高台に着いた人々は、濡れた靴を脱いで座り込んでいた。

食事を配る人手は足りず、セーラの診療班も休めていない。

「救助する側が倒れる」

とバルが言った。

ガイアは救助隊を交代制にした。

町の人々にも、炊事や名簿の確認を頼む。

「俺たちが何でもやると思っていた」

と若い兵が漏らす。

「何でもできるなら、雨はもう止んでいるさ」

とライアンは答えた。

夜半、下流から返事が届いた。

排水路の出口は、村の外の遊水地へつながっている。

ただし、土砂が詰まっている部分を少しずつ開き、見張りを置く必要がある。

ノアは魔法で土砂を緩め、職人が崩落を確かめながら掘った。

バルは水の流れを見て、開ける幅を指示した。

最初の水が流れたとき、誰も歓声を上げなかった。

下流の見張りから安全の合図が届いて、ようやく皆が肩の力を抜いた。

それでも夜明け前、古い堤防の一部が崩れた。

小屋が一軒流され、住人は避難できたものの、家畜が行方不明になった。

「俺の魔法が足りなかった」

ノアが呟く。

ライアンは濡れた地図を指した。

「助かった人もいる。失った家もある。どちらも数えよう。次の雨のために」

朝、雨脚が弱まった。

避難所では、家に戻りたい人々が入口に集まった。

「もう水が引いた。帰らせてくれ!」

「橋脚と地面を確かめるまで、通せません」

とガイアは答えた。

家畜を置いてきた老人が怒鳴る。

「俺の牛が死んだら、冬を越せないんだぞ!」

ライアンは老人の言葉を遮らなかった。

牛は家族のような存在であると同時に、来年の暮らしそのものだった。

ガイアは獣医と地元の案内人を呼び、危険区域には入らない条件で家畜の確認班を編成した。

帰宅できる区域は技師の点検後に順次掲示する。

昼には三頭の牛が見つかった。

一頭はまだ見つからなかった。

ガイアはその両方を避難所の板に書いた。

少女を探していた母親が、ライアンのところへ来た。

「助けてくれて、ありがとうございました」

「俺は話を聞いただけだよ。川を渡ったのはバルたちだ」

「でも、聞いてくれなかったら、どこを探せばいいか分からなかった」

ライアンは少し考えてから、少女の青い外套を見た。

「次は、離れたときに落ち合う場所を決めておこう」

バルが頷く。

「川の地図も描き直さないとな。昨日まで安全だった道が、明日も安全とは限らん」

雨は止まったが、流された家は戻らない。

濡れた畑も、失われた道具も、すぐには元に戻せなかった。

だが、誰かが炊事を始め、誰かが泥をかき出し、誰かが新しい避難路を測った。

百人の英雄が力を合わせても、雨は止められなかった。

人々が帰ったあと、ライアンは決定事項をもう一度読み直した。

立派な言葉が並んでいても、誰が動くか決まっていなければ何も変わらない。

彼は空白の担当欄に印をつけ、翌朝の確認を頼んだ。

避難所では、救助された少女が濡れた靴を抱えていた。

「家に帰りたい」

母親は答えられず、ライアンを見た。

家はすでに流されている。

ライアンは少女の隣にしゃがんだ。

「帰る家をすぐには作れない。でも、今夜眠る場所は一緒に探せる」

「明日は?」

「明日も、ここで会おう」

その約束を聞いていたバルが、避難所の床に川の地図を広げた。

水が引いた場所、まだ危ない場所、橋の代わりに使える道。

村人たちは次々に書き込みを始めた。

「ここの坂は泥で滑る」

「製粉所の裏なら荷車が通れる」

「いや、昨日崩れた。別の道がいる」

意見が食い違うたび、誰かが現場を確かめに走った。

ガイアは兵士を地図の外に立たせた。

指揮を取るためではなく、確認に向かう村人の荷物を運ぶためだ。


三日後、少女は仮設の食堂で温かい粥を食べた。

「明日もここに来ていい?」

「もちろん」

ライアンが答えると、少女は初めて靴を床に置いた。

雨を止めることはできなかった。

それでも、明日を怖がる子に、もう一度来ていい場所を作ることはできた。

避難所の夜、母親は眠る娘の足を拭いていた。

靴の中まで泥水が入り、皮膚が赤くなっている。

セーラは清潔な布を渡し、「明日も見せてください」と声をかけた。

大きな魔法を使わなくても、翌日の小さな手当てが必要だった。

ガイアは橋の再開を急ぐ役人に、船頭バルの確認が済むまで待つよう命じた。

バルは頭を下げなかった。

「俺が間違うこともある。だから皆で見るんだ」

ノアはその言葉を聞き、地図の余白に観測した時刻を書き始めた。

誰か一人の力で雨を止められなくても、危険を見落とさない目は増やせる。

けれど雨が止んだあと、人々が一人きりにならないようにすることはできた。

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