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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第三十七話 帝国百万軍の大将軍が、たった一通の謝罪状を書いた

ガイアの机に置かれた手紙には、軍の印章がなかった。

『あなたの軍が村を通った冬、父は帰ってきませんでした』

差出人は国境の村に住むヨル。

父の名はエディン。

手紙の末尾には、こうあった。

『記録には「被害なし」と書かれています。

では、父はどこへ行ったのですか』

ガイアは補給記録を取り寄せた。

十年前の行軍。

冬の食料徴発。

帳簿には「村からの自発的な協力」

とあり、責任者の欄には若い頃の自分の署名があった。

「命令に違反した兵を探しますか」

と副官が尋ねた。

「先に、村へ行く」

ガイアは勲章を外した。

謝罪の言葉は書けても、何について謝るべきか、まだ分からなかった。

村の広場で待っていたのは、二十歳ほどの青年だった。

「大将軍様が来れば、父が戻るとでも?」

「戻らない」

ガイアは答えた。

「だから、何が起きたのかを聞かせてほしい」

ヨルは古い帳簿を出した。

村の食料庫から麦が運び出された日付、持ち出した量、その後に亡くなった人々の名前が並ぶ。

「父は食料を取り戻そうとして、兵に連れていかれた。翌朝、川辺で見つかった」

ガイアは目を閉じた。

自分の軍の行軍路だった。

「あなたが命令したんでしょう」

「徴発の命令は、俺が承認した。けれど、父上を連行した者が誰かは調べなければならない。俺が責任から逃げるためじゃない。事実を残すためだ」

「言い訳に聞こえる」

「そうだと思う」

ガイアは弁解しなかった。

同行した副官は、村の帳簿と軍の記録を照合した。

軍の報告には、麦の数量が半分しか記載されていなかった。

しかも連行者の欄が切り取られている。

「記録を作った担当官は、今も軍にいます」

副官が言った。

ガイアは調査を命じた。

ただし、関係者を先に処罰して終わりにはしない。

村人の証言、当時の兵士の記憶、残った物証を別々に集めるよう指示した。

夜、宿でライアンがガイアを訪ねた。

「お前、謝罪状を書こうとしているのか」

机には白紙が三枚あった。

「何を書いても、自分を軽くする言葉に見える」

「なら、軽くならないまま書けばいい」

ライアンは椅子に座った。

「謝ったから許してくれ、と書くな。何をしたか、これから何を調べるか、どこまで責任を負うかを書け」

「父さんは、俺を許す?」

「俺に聞くことじゃない」

ガイアは頷き、夜明けまでかけて一通を書いた。

『私が承認した徴発によって、村の食料が奪われました。

父上が連行され、亡くなった経緯は調査中です。

責任を曖昧にしないため、軍の記録を保全し、独立した調査官に引き渡します。

補償の協議は調査と並行して始めます。

許しを求めるための手紙ではありません』


翌朝、ヨルは手紙を途中まで読み、机に置いた。

「謝れば父が戻るのか」

「戻らない」

「金を払えば終わりなのか」

「終わらない」

ヨルは拳を握った。

「なら、俺は何をすればいい」

ガイアは答えを急がなかった。

「返事は要らない。調査の進み具合は、村の掲示板にも出す。読まなくてもいい」

ヨルは手紙を突き返さず、持ち帰った。

数日後、軍の調査官が到着した。

ガイアの部下ではなく、王国と帝国の双方から選ばれた監査役が立ち会う。

村人には証言を断る権利もあると告げられた。

調査は長引いた。

連行の責任者が特定されても、命令系統のどこで事実が隠されたかはすぐには分からない。

ガイアは軍へ新しい補給規則を送った。

村の備蓄を勝手に持ち出さないこと。

徴発が必要な場合は民間人の代表が数量を確認すること。

異議を申し立てた人を拘束しないこと。

「紙の規則で、十年前は変わりません」

副官の言葉に、ガイアは頷いた。

「だから、次に同じことが起きないかを見張る。規則が守られているか、村の側から確かめられるようにする」

帰路、ライアンは息子に尋ねた。

「手紙を受け取ってもらえて、ほっとしたか」

「いや。受け取ってもらえたからこそ、逃げられないと思った」

「それでいい」


数週間後、村から一枚の返事が届いた。

『まだ許せません。

でも、掲示板の報告は読んでいます』

ガイアはその紙を折らずに机へ置いた。

その場の誰もが同じ結論に達したわけではない。

ライアンは反対意見を帳面の余白に書き留めた。

賛成の声だけが残れば、あとで困る人の姿が見えなくなる。

返事を受け取ったガイアは、翌月の報告書を自分で読み直した。

補償金の支払い件数は増えていた。

道路の修復も進んでいる。

数字だけなら順調だった。

だが、村の代表が書き添えた一文に目が止まった。

『畑へ向かう道は直りました。

しかし、兵士の姿を見ると子供が泣きます』

ガイアは報告書を閉じ、部下に尋ねた。

「警備の兵を減らしたら、村は安全か」

「盗賊が出ています。完全に撤収するのは危険です」

「ならば、村の人間と警備の場所を決めよう。勝手に門前へ陣取るな」

村長との話し合いは長引いた。

兵を信用できない者もいれば、夜の見張りを必要とする者もいた。

ガイアは反論を挟まず、全員の言葉を書き取った。

会議の終わりに、一人の父親が言った。

「謝罪状を読んだときは、立派な言葉だと思いました。でも、今日初めて、こちらの話を聞いてくれた気がします」

ガイアは頭を下げた。

「手紙を書いた日の私より、今日の私が少しでもましでありたい」

帰路、彼は父にその言葉を伝えた。

ライアンは笑わず、ただ肩を叩いた。

村の子供たちが兵士に慣れるまでには、まだ時間がかかった。

ガイアはそれを急がせなかった。

最初の一週間は門の外に立ち、次の週には村人が呼んだときだけ入った。

ある夕方、迷子になった羊を兵士が連れ戻した。

子供は礼を言わず、母親の後ろに隠れた。

それでもガイアは部下に「よくやった」と伝えた。

礼を求めないことも、償いの一部だった。

ヨルは謝罪状を読み終えると、折り目に指を置いた。

「この紙を受け取ったら、村はもう文句を言えないんですか」

「そんなことはない」

ガイアは即座に答えた。

「私の謝罪で、あなたたちの話を終わらせるつもりはない」

村長が一冊の古い名簿を出した。

徴発の冬に家を離れ、戻らなかった者の名前が書かれている。

軍の記録と一致しない名前もあった。

「全員を探せますか」

「約束できるのは、調査を打ち切らないことです。結果が出なくても、何を調べたかを報告します」

ガイアは副官に、村側の立会人を記録照合に加えるよう命じた。

軍だけで調べて軍だけで結論を出せば、また同じ不信を生む。


数週間後、最初の報告が届いた。

二人は別の村で暮らしていることが分かった。

一人は亡くなっていた。

残りの消息は不明だった。

ヨルは紙を握りしめた。

「見つからない人の欄を、空白にしないでください」

「分かった。『調査継続中』と書く」

ガイアは返事をし、もう一度頭を下げた。

償いは一通の手紙で終わらない。

答えの出ない名前を、忘れずに残す仕事でもあった。

ヨルは最初の報告書を村の広場に持っていった。

そこには軍の印だけでなく、村の立会人の署名もあった。

母親は行方不明の欄を指でなぞり、「名前を残してくれてありがとう」と言った。

ヨルは返事ができなかった。

父が戻らない現実は何も変わらない。

それでも、誰かが勝手に『被害なし』と書くことは、もう許さない。

ガイアは次の報告期限を自分の手で記した。

大将軍であることは、命令を出す権利ではなく、間違いを正し続ける義務でもあった。

百万人を動かす命令書より、その一枚のほうが重かった。

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