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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第三十六話 王都の孤児院で、子供たちが「英雄になりたくない」と言った

王都の孤児院に、立派な額縁が掛けられた。

百人の英雄の肖像画だ。

その下で少年が作文用紙を破いていた。

「英雄になりたいって書けって。僕は靴屋になりたいのに」

ライアンは破れた紙を拾わなかった。

「靴屋はいい仕事だ。足に合う靴を作れる人がいないと、遠くへ行けない」

少女が小さな声で続けた。

「私は何になりたいか、まだ分からない」

「それも立派な答えだよ」

子供たちは、初めて顔を上げた。

孤児院の先生は困ったように言った。

「支援者が、英雄の後継者を育ててほしいと」

ライアンは教室の隅の革靴を見た。

底が破れたままの子がいる。

「剣の稽古より、まず靴を直そう。夢を決めるのは、そのあとでも遅くない」

寄付金の帳簿を開くと、軍事訓練用の木剣が大量に購入されていた。

一方、画材と靴の修繕費は空欄だった。

ライアンは寄付者を責める代わりに、子供たちが自分で希望を書く欄を作るよう提案した。

絵描きになりたいナナは、初めて「色鉛筆」と書いた。

ナナは紙を胸に隠していた。

支援者が「英雄の子なら剣を描きなさい」と叱ったからだ。

ライアンは絵を見せてもらった。

大きな鍋を囲んで笑う人々。

誰も鎧を着ていない。

「いい絵だな」と言うと、少女は目を丸くした。

ガイアも剣を机に置いた。

「俺は剣が好きで選んだ。嫌いな子に持たせるものじゃない」

その日、訓練場は絵を描く場所にもなった。

大きくなったら何になるか、まだ決めなくてもよいとライアンは伝えた。


翌週、孤児院の授業にガイアが招かれた。

先生は期待に胸を膨らませた。

「大将軍のお話を聞けば、子供たちも勇気を持てるでしょう」

ところが一人の少年が手を上げた。

「戦いたくない人は、弱いんですか」

ガイアは答えに詰まった。

戦場で何万人を動かしてきた彼にも、その問いに簡単な言葉を返すことはできなかった。

「戦いたくないと思うのは、普通のことだ。俺だって怖い」

「じゃあ、どうして戦うの?」

「守るためだと言ってきた。でも、戦わずに守れる方法を探すほうが難しいこともある」

教室の後ろでライアンが頷いた。

少女ナナは絵の具のついた手を隠していたが、ガイアはその絵を見て足を止めた。

焼きたてのパンと、日なたで眠る犬が描かれている。

「これ、誰が描いた?」

「私。英雄の絵じゃなくて、ごめんなさい」

「謝ることじゃない。俺はこんな朝が続くようにしたい」

授業が終わると、先生は作文の課題を変更した。

将来の夢は、王国の役に立つ職業でなくてもよい。

書けない子は、好きなことを一つ書くだけでよい。

ナナは白い紙に、新しい窓を描き始めた。

そこには旗も剣もなかった。

夜、絵描きになりたい少女ナナはライアンを呼び止めた。

そんな小さな循環が生まれた。

新しい作文の題は「十年後の自分」になった。

白紙でも提出できる。

靴屋になりたい少年は、ライアンの靴底の穴を見て笑った。

「僕なら、もっと丈夫に直せる」

「頼もしいな」

その隣で、まだ夢のない少女が鉛筆を握った。

『明日、友達と遊びたい』

ライアンはその一行を、誰にも書き換えさせなかった。


翌日、教師たちは作文の題を変えるか話し合った。

「英雄の話を聞けば、子供たちは希望を持つと思っていました」

若い教師が肩を落とす。

「希望を持たせたいなら、選べる道を増やしてやってください」

ライアンは言った。

「俺の子供たちも、最初から英雄だったわけじゃない。料理が好きな子も、数字を数えるのが好きな子もいた」

靴屋になりたい少年は、街の修理職人を見学することになった。

職人は最初、孤児院の子を預かることに戸惑ったが、ライアンの靴を見て笑った。

「こいつは直しがいがある」

少年は一針目を失敗し、指先に針を刺した。

涙をこらえる姿を見て、ライアンは声をかけた。

「今日はここまででもいいぞ」

「嫌だ。もう一回やる」

英雄になりたいと言わなくても、挑戦する勇気はそこにあった。

見学の帰り、少女は『まだ決めない』

と書いた作文を胸に抱えた。

職人は少年の針目を見て、初めて頷いた。

「上手になるのは、明日からだ」

少年はその言葉を大事そうに持ち帰った。

院長は困惑していた。

「英雄たちの功績を教えることが、子供たちの励みになると思ったのです」

「励みになる子もいるさ」

ライアンは肖像画を否定しなかった。

「ただ、同じ道を歩かなくてもいいと伝えてやってほしい」

靴屋になりたい少年は工房で初めて針を持ち、革を二度も破った。

職人は失敗を隠さず、縫い直し方を見せた。

「英雄の仕事には失敗がないと思ってた」

「そんな人間はいないよ。靴も、人も、直せるところから直すんだ」

帰り道、少年は作文に『靴屋になる』と書き直した。

隣の少女はまだ白紙だった。

ライアンは二人とも褒めた。

決めた夢にも、決めない自由にも、同じだけの時間が必要だった。

寄付者の一人が、子供たちの前で言った。

「英雄を育てるために金を出したんだぞ」

部屋の隅にいた少女が、書きかけの進路希望を伏せた。

ライアンは寄付者に礼を述べてから、静かに答えた。

「ご支援で、子供たちは本を読み、温かい食事を取れました。そのことには感謝しています」

「なら、立派な兵士に」

「何になるかは本人が決めます。支援の目的が違うなら、今後の寄付を受け取るわけにはいきません」

寄付者は怒って帰った。


翌日、帳簿の収入欄には大きな空白ができた。

マリナは支出を洗い直し、食事と医療を削らずに済むよう、使途の決まっていない装飾費から先に止めた。

ライアンはその空白を隠さず掲示した。

子供の自由を守ると言うなら、金が減る痛みも引き受けなければならなかった。

数日後、支援者たちの前で作文の発表会が開かれた。

靴屋になりたい少年は、震える手で紙を持った。

「僕は剣ではなく、破れた靴を直せる人になりたいです」

客席の一人が首をかしげたが、靴職人グレンが拍手した。

白紙だった少女は、紙を折ってポケットへしまった。

「まだ決めていません。でも、考える時間がほしいです」

ライアンは二人に同じだけ拍手した。

寄付者には、子供の将来を決める権利ではなく、選べる道を増やす責任がある。

その言葉を、彼は会計報告の冒頭に書いた。

収入の減った月、子供たちは食卓の献立が変わらないことに気づいた。

ライアンは寄付者の名前を悪く言わず、代わりに帳簿を開いて見せた。

「約束を守るには、何を優先するか決めなきゃならない」

少女は伏せていた進路希望の紙を、そっと表に返した。

靴屋になりたいと言った少年は、修繕に来た職人の手元を一日中見つめていた。

「革を切るのは簡単そう」と言うと、職人は余った端革を渡した。

「じゃあ、まず左右同じ形に切ってみな」

少年が切った二枚は大きさが違った。

笑う者はいなかった。

ナナはその二枚を絵に描き、紙の隅に『最初の靴』と書いた。

院長は新しい掲示板に、将来の夢ではなく今月試してみたいことを書く欄を作った。

まだ何になりたいか分からない少女は、そこに『パンを焼く』と記した。

夢を決めなくても、明日の予定は決められる。


翌週、寄付者の代表が孤児院を訪れた。

「木剣の購入をやめるなら、支援を見直す」

院長の顔が青ざめた。

食費まで減らされたら困る。

ナナは机の下で色鉛筆を握りしめていた。

ライアンは代わりに答えなかった。

「何に使うかは、子供たちに説明してもらえますか」

ナナは画用紙を広げた。

そこには、靴屋、農夫、医師、まだ何者でもない子が並んでいた。

「英雄じゃないと、助けてもらえませんか」

寄付者はすぐには答えられなかった。

話し合いの結果、寄付は一部減った。

だが靴職人が修繕を引き受け、町の画材店が余った紙を届けた。

院長は不足分を隠さず掲示した。

ナナは新しい紙に最初の一筆を引いた。

支援が続く保証はない。

だが、夢を嘘で書かせることはやめられた。

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