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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第三十五話 父さんの誕生日に、百人が帰れなかった理由

ライアンの誕生日の朝、食堂には百人分の小皿が並んでいた。

マルタは一枚ずつ磨き、料理人は祝い菓子の生地をこねている。

「今年こそ、みんな揃うかねえ」

「無理はさせるなよ」

ライアンはそう答えたが、玄関が開くたびに顔を上げた。

最初の手紙は北の峠から届いた。

『雪崩で街道が塞がれた。

救助が終わるまで帰れない。

ガイア』

次は東の港。

『避難船が増え、食料の積み替えが必要になりました。

マリナ』

昼前には、セーラからも知らせが届いた。

『熱病の患者が増えています。

病院を離れられません』

三人だけではない。

百人の子供たちは、それぞれの場所で誰かを守っていた。

マルタは冷めかけた料理を見た。

「全部置いておいたら、傷んじまうよ」

「じゃあ、今いる人で食べよう。余った材料は明日の炊き出しに回してくれ」

「誕生日のご馳走なのに?」

「俺が食べたら一人分だ。みんなで食べたら、もっと美味い」

ライアンは笑った。

けれどマルタは、その笑顔が少し寂しそうなのを見逃さなかった。


午後、町の配達人が大きな袋を運んできた。

中には、各地から届いた小さな包みが入っていた。

北の峠からは、雪をかぶった木で作った匙。

港からは、丈夫な帆布の手袋。

病院からは、手書きの健康記録表。

「誕生日の贈り物に、健康記録表?」

マルタが笑う。

「セーラらしいだろう」

ライアンは記録表を広げた。

『食事を抜かない。

夜更かしをしない。

無理に重い物を持たない』

一番下には大きな字で、『約束してください』とある。

ライアンはペンを取り、『努力する』と書いた。

「それじゃ叱られるよ」

「じゃあ、『守る』に直そう」

二人は笑った。

夕方、見知らぬ少年が食堂を訪ねてきた。

「ここに、ガイア将軍のお父さんがいるって聞いたんです」

「俺だよ」

少年は雪で濡れた帽子を握りしめた。

「将軍は帰れないって言ってました。僕の村で、まだ埋まっている人がいるから」

ライアンは椅子を引いた。

「そうか。お前はどうしてここへ?」

「将軍が助けてくれたんです。父さんの誕生日に帰れなくて申し訳ないって、ずっと言ってたから」

少年は小さな木箱を差し出した。

中には、欠けた木片が入っていた。

「雪崩で壊れた家の柱です。将軍が『父さんなら、まず家を建て直せって言う』って」

ライアンは木片を受け取った。

「その通りだ。よく届けてくれたな」

少年はためらいながら尋ねた。

「寂しくないんですか」

ライアンは、空いた椅子を見渡した。

「寂しいよ」

少年が驚いて顔を上げた。

「でも、あいつらが帰れない理由を聞くと、誇らしい気持ちもする。両方あるんだ」

「将軍には、寂しいって言いますか?」

「言うよ。ただし、今すぐ帰れとは言わない」

ライアンは返事を書いた。

『寂しいが、無理に帰ってくるな。

助けた人の話を、帰ったときに聞かせてくれ』

少年はその手紙を大切にしまった。

夜、祝い菓子は小さく切り分けられた。

食堂に集まったのは、マルタと近所の人、救護所で働く人、手紙を届けてくれた少年たち。

百人の椅子は、ほとんど空いたままだった。

ライアンは乾杯の前に言った。

「今日、ここにいない子供たちの無事を願ってくれ」

マルタが杯を上げる。

「帰ってきたら、また祝えばいいさ」

「そうだな。誕生日は一日でも、飯を食う日は毎日ある」

皆が笑った。

食事の途中、戸口が開いた。

ライアンは思わず立ち上がった。

入ってきたのは、疲れ切った若い伝令だった。

「ガイア将軍から、追加の知らせです」

ライアンは胸を押さえた。

「何かあったのか」

「最後の家族を救出しました。将軍は、明日の朝まで現地に残るそうです」

伝令は息を整えてから続けた。

「それから……『父さん、お誕生日おめでとう』と」

ライアンは椅子に座り直した。

「そうか。よかった」

マルタがそっと祝い菓子を差し出す。

「今度はちゃんと食べな」

ライアンは一口食べた。

甘さが喉に詰まり、しばらく何も言えなかった。

次の朝、食堂の皿は片づけられた。

ライアンは百人分の皿をしまいながら、マルタに頼んだ。

「帰ってきた子がいたら、その日に一枚出してやってくれ」

「誕生日は終わったよ」

「知ってる。だから、帰ってきた日を祝うんだ」

その日から、食堂には小さな習慣ができた。

誰かが帰るたび、皿が一枚増える。

人々の意見は割れたままだった。

ライアンは誰か一人に判断を押しつけず、決まったことと決まらなかったことを分けて書いた。

「次に会うとき、ここから始めよう」

曖昧な約束だけを残さないためだった。

誕生日の夜、ライアンは空いた皿の前に座った。

マルタが温かい茶を置く。

「寂しいかい」

「寂しいさ。百人も育てたんだ。ひとりぐらい帰ってきてもいいだろうに」

冗談のつもりで言ったのに、声が少しかすれた。

そのとき、窓の外で小さな音がした。

配達人が置いていった包みだった。

中には百枚の短い紙片が入っている。

どれも違う筆跡で、今日できなかったことが書かれていた。

『国境の村に薬を届けた』

『迷子を家まで送った』

『壊れた橋の修理を終えた』

『父さんの作った粥を、今日は私が作った』

マルタは最後の一枚を読み上げた。

『帰れなくてごめん。

でも、父さんが昔してくれたことを、今日ひとつ誰かに返せた』

ライアンは紙をそろえ、皿の横に置いた。

「帰ってこない理由が、これなら仕方ないな」

「そうだね」

「でも来年は、顔を見せろって伝えてくれ」

マルタは笑った。


翌朝、ライアンは包みの紐をほどかずにしまった。

いつか百人が帰ってきたとき、一枚ずつ本人に返すためだった。

数日後、最初に帰ってきたのは、遠い町で働いていた一人だった。

誕生日には間に合わなかったと謝る娘に、ライアンは皿を一枚取り出した。

「今日はお前が帰ってきた日だ。それで十分だろう」

娘は皿を受け取って笑った。

食堂に大きな祝宴はない。

温め直したスープと焼きたてのパンだけ。

それでも、二人には何より贅沢な夕食だった。

その夜、ライアンは百枚の紙片を広げ、ひとつずつ返事を書き始めた。

『峠の雪崩は大丈夫だったか。

お前自身も温かいものを食べろ』

『港の船員にも休みをやれ。

お前が倒れたら困る』

『病院のみんなに礼を伝えてくれ』

半分も書かないうちに、指が疲れた。

マルタが湯気の立つ茶を置く。

「明日でもいいんじゃないかい」

「明日になったら、またあいつらが誰かを助けてる。今日の礼は今日のうちに言いたい」

ライアンは笑ったが、三十枚目で手を止めた。

「昔は全員の靴を直してやれた。今は、どこで何をしているかも知らない日がある」

「それは、あの子たちが自分で歩けるようになったってことだろう」

マルタの言葉に、ライアンは黙った。

食堂の壁には、幼いころの身長を刻んだ柱がある。

百本の線は途中で止まっている。

子供たちが家を出てから、誰も背を測らなくなったからだ。

「次に帰ってきたら、また測るか」

「大人を柱に並ばせるのかい」

二人は声を立てて笑った。


翌朝、返事を運ぶ配達人は、ずしりと重い袋を受け取った。

「全部、誕生日のお礼ですか」

「いや。これからも元気でいてくれっていう、父親のわがままだ」

祝い菓子の最後の一切れは、翌日の炊き出しで小さく分けられた。

「誕生日なのに、主役が食べなかったんですか」と幼い子が聞く。

ライアンは首を振った。

「ちゃんと食べたよ。みんなが帰れない理由を聞いたら、胸がいっぱいになった」

子供は納得しない顔で、皿を差し出した。

「じゃあ、これも食べて」

ひとかけらの菓子を口にすると、ライアンは思わず笑った。

百人が揃わなかった誕生日にも、ここには新しい誰かがいる。

祝いは欠けた人数を数える日ではなく、帰ってこられる場所を確かめる日なのかもしれない。

ライアンは翌朝も、家族が戻ったときに使える皿を一枚ずつ磨いた。

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