↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/120

第二話 六人分のパンと空っぽの椀

廃屋の戸口に、五人の子供が並んでいた。

いちばん前に立つガイアは、まだ九歳ほどなのに、ほかの四人を背に隠すように腕を広げている。

「ここに入ったら、何をさせる」

「まず靴を脱いでもらう。床が濡れるからな」

ライアンが答えると、ガイアは眉を寄せた。

「そういうことじゃない」

「わかってる。働かせて金を取ったりはしない。ただ、俺にも食わせられる量には限りがある。そこは隠せない」

少年の目が揺れた。

甘い約束をする大人より、できないことを先に言う大人のほうが珍しかったのだろう。

室内ではセーラが暖炉の火を見守っていた。

知らない子供たちを見て、彼女は棚の前へ駆け寄った。

明日の朝のパンが一つ置いてある。

「ライアン、これ……」

「大丈夫。勝手に配ったりしない。どうするか、一緒に考えよう」

セーラはパンを両手で持ったまま、五人の顔を順番に見た。

いちばん小さな男の子が唇を舐めた。

「……半分なら」

「ありがとう。でも半分じゃ、六人には足りないな」

ガイアがほかの四人を守ろうとする姿を見て、ライアンは『信じてくれ』と言いかけた。

だが言葉を飲み込んだ。

信じるかどうかは、子供たちがこれからの暮らしを見て決めることだ。

ライアンはパンを戻させ、鍋に水を張った。

昨日もらった玉ねぎの皮と、親方が分けてくれた干し豆が少し残っている。

「薄い汁になる。うまいとは言えないぞ」

「じゃあ、鍋の底に残った麦を先に量ろう」ガイアは言った。

「誰かが多く食べたと疑わなくて済む」

ライアンは木匙を置いた。

客として迎えた子に配分を任せるのは早いかもしれない。

それでも、疑いを生まない工夫なら今夜から始められる。

「温かければいい」

ガイアが即座に答えた。

ライアンは鍋を火にかけながら、名前を聞いた。

ガイアの隣にいるのは、七歳のノア。

物静かで、話すより先に部屋の壁や窓を観察している。

その後ろのマリナは小さな革袋を握り、袋の中には銅貨が二枚。

双子のエマとエルは、片方が咳をするたび、もう片方が背中をさすっていた。

「その銅貨、どこで手に入れた?」

ライアンが尋ねると、マリナは袋を胸に抱いた。

「盗んでない。荷車の下に落ちてたのを、店の人に届けた。お礼でもらった」

「そうか。疑って悪かった」

謝ると、マリナは驚いた顔をした。

「大人が謝るの、初めて見た」

ライアンは返す言葉を見つけられなかった。

汁が煮えるころ、六つの椀を並べた。

ライアンの分はなかった。

欠けた椀が五つと、取っ手のない木杯が一つ。

数だけは合った。

子供たちは誰も手を伸ばさない。

ガイアが全員の椀を見比べている。

「お前の分は?」

「俺はさっき食べた」

嘘は、あっさり見抜かれた。

「食べた人の腹は、そんな音しない」

ガイアが言った瞬間、ライアンの腹が鳴った。

エマが小さく笑い、エルもつられて笑った。

セーラまで口元を押さえた。

ライアンは肩をすくめる。

「参ったな」

ガイアは自分の椀を持ち上げた。

「俺はいい。下の子に」

「それも駄目だ」

ライアンは鍋をもう一度火に戻した。

水を少し足し、豆を木匙で潰す。

「六人分を七人で食べる。薄くなるが、誰も抜かない」

「俺は慣れてる」

「慣れなくていい。お前が食べなきゃ、明日、みんなを守る力も出ないだろう」

ガイアは何か言い返しかけ、黙った。


しばらくしてから椀を受け取った。

ライアンは七つ目の器として、使い古した金属の計量杯を出した。

取っ手は曲がっているが、穴は開いていない。

薄い豆の汁を飲み終えたころ、ノアがぽつりと言った。

「煙突、詰まってる。煙が逆に来る」

「わかるのか」

「風がこっちから吹くときだけ、部屋が煙くなる。上に鳥の巣があるかも」

ライアンは煙突を見上げた。

大人が気づかなかったことを、少年は入ってすぐ見抜いていた。

「明るくなったら親方に梯子を借りる。教えてくれて助かった」

ノアは照れたように目を伏せた。


翌朝、ライアンは夜明け前に目を覚ました。

食料袋は空だ。

今日の荷運びは昼からで、賃金が出るのは夕方。

六人を連れて市場へ行っても、手持ちの銅貨ではパン二つが限界だった。

戸口を開けると、ガイアが外で待っていた。

「仕事、手伝う」

「子供を荷車の間に入れるわけにはいかない」

「じゃあ、俺たちはどうやって食う」

その問いに、ライアンはすぐ答えられなかった。

善意だけで子供を連れ帰った事実が、朝の冷気より鋭く胸に刺さった。

「まず親方に相談する。食料を分けてもらえる仕事がないか聞く。それでも足りなければ、施療院の炊き出しを頼る」

「施しを受けろって?」

「俺も一緒に並ぶ。腹を減らしたまま格好をつけるよりいい」

ガイアは唇を噛んだ。

「俺は、みんなの役に立ちたいだけだ」

「知ってる。だから、危なくない仕事を一緒に探そう」

その言葉に少年はようやく頷いた。

市場へ向かう前、ガイアは配る前のパンを数え直した。

昨夜と同じ数なのに、昨日より少なく見える。

誰かが食べるたびに、残りが目に入るからだ。

「俺が見張ってないと、なくなる」

ライアンはパン籠をガイアの前に置いた。

「見張るのは一緒にやろう。でも、食べた子を責めるのはやめよう。足りないのは、あの子のせいじゃない」

ガイアはしばらく籠を睨み、やがて一番小さなパンを自分の皿に取った。

荷運び場では、親方ガストンが六人を見て絶句した。

「この前は一人だったろう!」

「今は六人です」

「この先、何人になるんだ!」

「それは俺にもわからない」

親方は額を押さえた。

それから、積み荷の脇に置かれた割れた木箱を指さした。

「市場の野菜屋へ持っていけ。箱を直して返す約束をすれば、売り物にならない野菜を分けてくれるかもしれん。だが、子供を働かせるなよ」

「俺が直す。ガイアたちには釘を数えてもらう」

「それならいい」

市場で最初に声をかけた店は断られた。

二軒目では、腐った野菜だけを押しつけられそうになった。

三軒目の店主は木箱を見て、首をかしげた。

「本当に直せるのか」

「試させてください。駄目なら、何もいりません」

ライアンは店先で箱の板を組み直した。

ガイアが釘を数え、マリナが曲がった釘と使える釘を分ける。

ノアは割れ目に沿って板を当てる順番を教えた。

昼の鐘が鳴るころ、箱は荷物を載せられる形に戻った。

「上出来とは言えんが、使える」

店主は泥のついた人参と小さな芋を袋に入れた。

さらに、昨日の売れ残りの硬いパンを三つ添える。

「代金じゃない。仕事の礼だ」

ライアンは深く頭を下げた。

帰り道、マリナが袋の重さを確かめながら言った。

「釘を分けるだけでも、役に立つんだね」

「大助かりだった」

「じゃあ、明日もできる?」

「明日はまず学校みたいに、字と数を覚える時間を作ろう。働くためだけに生きてほしくないからな」

子供たちは顔を見合わせた。

字を習うことが、自分たちの明日の予定に入るなど、誰も考えたことがなかった。

夕方、鍋には人参と芋の煮込みが入った。

昨日より少しだけ濃い匂いがする。

ライアンが椀を並べると、ガイアは自分の分を受け取ってから、最後に残った計量杯を指さした。

「父さん……じゃなくて、ライアンの分はそれ?」

「そうだ」

「俺の椀と交換しようか」

「必要ない。量は同じだ」

ガイアは照れ隠しのように鼻を鳴らした。

「なら、明日も七つ並べろよ」

マリナが食器の数を指で追った。

「椀は六つしかないのに?」

「計量杯も器だろう」

ガイアが言うと、ノアが首を振った。

「熱い汁を入れると持ち手が熱くなる。布を巻かないと危ない」

ライアンは計量杯を持ち上げ、確かに指先が熱くなるのを確かめた。

「明日は器も探そう。割れたものを使って怪我をしたら、節約にならない」

マリナは小さな革袋を押さえた。

「銅貨二枚、使っていい?」

「それはお前のお金だ。使うかどうかは自分で決めていい」

「じゃあ、まだ取っておく。困ったときのために」

ライアンは頷いた。

子供に節約を強いるのではなく、明日の選択肢を残してやりたいと思った。

ライアンは笑った。

「ああ。明日も七つだ」

その約束がどれほど難しいか、彼は知っていた。

仕事が途切れる日もある。

冬はまだ長い。

六人を守る方法など、まだ十分に整っていない。

だが、昨日は空だった鍋から、今日は七人分の湯気が立っている。

ライアンは七つ目の器を両手で包み、初めて自分の食事を後回しにせず口へ運んだ。

食べ終わったころ、戸口を控えめに叩く音がした。

外には、赤ん坊を抱いた若い母親が立っていた。

雪で濡れた髪が頬に張りつき、腕の中から細い泣き声が聞こえる。

「お願いです。今夜だけでも、この子を……」

ライアンは空になった鍋を見た。

ガイアも同じものを見た。

少年は立ち上がり、戸口へ歩いた。

「まず中に入って。外は寒いから」

ライアンはその背中を見つめた。

ガイアは戸を大きく開け、赤ん坊を抱く母親が通れるように脇へ寄った。

ライアンも立ち上がり、残っていた毛布を取りに行った。

その毛布は、今夜ガイアに渡すはずのものだった。

ガイアは何も言わなかったが、指先がかすかに震えていた。

「寒いだろう」

「寒い。でも赤ん坊のほうが寒い」

「ガイア、毛布を貸してくれてありがとう。でも、お前の分も探す。今夜は俺の上着を使え」

「ライアンが風邪をひく」

「じゃあ二人で、火から離れすぎない場所に寝床を作ろう」

誰か一人の我慢を美談にして終わらせない。


その夜、ライアンは寝具を借りられそうな家を帳面に三軒書いた。

翌朝は仕事へ向かう前に一軒ずつ訪ねるつもりだった。

新しく来た人を迎えることと、すでにいる子の寒さを見落とさないこと。

その二つを守るのが、七人で暮らし始めた家の最初の難しい決まりになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。