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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第一話 最後のパンを半分にした日

王都の冬は、人を剣より静かに殺す。

石畳の隙間には雪が詰まり、店先の灯りが消えるころには、通りを歩く者もまばらになった。

ライアン・タクトは荷運びの仕事を終え、手の中の黒パンを見つめていた。

今日の稼ぎで買えた夕食は、それ一つだった。

固く、冷たく、歯を立てれば欠けそうなパン。

それでも食べなければ、明日の荷を担ぐ力が出ない。

口元へ運びかけたとき、路地の奥から小さな咳が聞こえた。

風の音かと思った。

だが、もう一度聞こえた。

ライアンはパンを懐に戻し、雪を踏んで路地へ入った。

崩れかけた木箱の陰に、少女が座っていた。

薄い服の袖から細い手首がのぞき、膝を抱えた指は赤紫に腫れている。

「おい。聞こえるか」

少女は顔を上げた。

五歳ほどだろうか。

大きな目はライアンを見たあと、彼の懐へ動いた。

「……取らないで」

「何を?」

少女は答えず、胸の前で両腕を固く組んだ。

ライアンはしゃがんだ。

近づきすぎないよう、一歩分の距離を残す。

「俺はライアン。荷運びをしてる。お前は?」

「……セーラ」

「いい名前だな。腹は減ってるか」

セーラは頷かなかった。

代わりに唇を噛んだ。

ライアンは黒パンを取り出した。

少女の目がそれを追う。

「これ、食べるか」

「……くれるの?」

「ああ」

「あとで返せって言わない?」

ライアンは答えに詰まった。

子供が食べ物を受け取る前に、そんなことを確かめなければならない街なのだ。

「言わない。俺が決めて渡すんだ」

セーラは恐る恐る手を伸ばした。

パンを受け取ると、すぐには食べず、半分に割ろうとした。

固くて割れない。

何度も力を込め、ようやく欠けた一片をライアンへ差し出す。

「……おじさんも」

「俺はいい」

「ひとりで食べたら、怒られる」

ライアンはその小さな欠片を受け取った。

「じゃあ、一緒に食べよう」

二人は雪の積もった木箱に腰を下ろした。

パンはひどく固かったが、セーラは一口ごとに噛みしめた。

食べ終わると、少女の肩が小刻みに震え始めた。

空腹が和らいで初めて、寒さを感じる余裕ができたのだろう。

「家はどこだ?」

セーラは首を横に振った。

少女は答えず、雪の上に視線を落とした。

ライアンは問いを重ねかけ、やめた。

帰る場所を失った理由を、初めて会った大人に説明する義務などない。

まず必要なのは、今夜の寒さをしのげる場所だった。

「帰るところは?」

もう一度、首を振る。

ライアンには自分名義の借家すらなかった。

寝床にしているのは、職場の親方から使ってよいと言われた廃屋だ。

屋根は雨漏りし、暖炉も煙突が詰まりかけている。

自分一人が眠るには足りる。

子供を育てる場所とは、とても言えない。

「……あったかいところ、知ってる?」

セーラが聞いた。

ライアンは立ち上がった。

「知ってる。立派じゃないけどな」

少女は動かなかった。

「そこへ行ったら、何をすればいいの?」

「まず、寝る」

「働かなくていいの?」

「明日は水を運ぶのを手伝ってもらうかもしれない。でも、今夜は寝るだけだ」

セーラはまだ疑わしそうだった。

ライアンは手を差し出した。

少女が握らなくても歩けるよう、急かさず待った。


やがて小さな指が、彼の指を二本だけつかんだ。

廃屋に着くころには、ライアンの靴の中まで雪が染み込んでいた。

扉を開けると、セーラは暗い室内を見回し、すぐに出口を確かめた。

「ここ、誰の家?」

「今は俺が借りてるようなものだ。壊さなきゃ使っていいってさ」

「……追い出されない?」

「勝手には追い出させない」

言い切ってから、ライアンは自分の言葉の重さに気づいた。

何の権力も金もない男が、何を保証できるというのだろう。

それでも今、取り消すわけにはいかなかった。

薪の残りを暖炉に入れ、火打ち石を鳴らす。

湿った薪はなかなか燃えず、三度目でようやく小さな火がついた。

セーラは火に近づきすぎたので、ライアンは古い椅子を引き寄せた。

「ここなら暖かい。火には触るなよ」

少女は椅子に座ったまま、両手を膝の下へ隠した。

「手、見せてみろ」

赤く腫れた指先には、小さな傷があった。

ライアンは清潔な布を水で湿らせ、汚れを落とした。

薬はない。

明日、薬師に相談しようと決める。

自分の毛布を床に敷くと、セーラはその端に小さく丸まった。

「おじさんは?」

「俺は椅子で寝る」

「寒いよ」

「荷運びで鍛えてるからな」

嘘だった。

椅子の隙間から吹く風だけで、背筋が震えていた。

夜半、物音で目を覚ました。

セーラが扉の前に立っていた。

靴を履こうとしている。

「どうした?」

少女はびくりと肩を揺らした。

「……朝になったら、出ていかなきゃ」

「まだ夜だぞ」

「先に出ていけば、怒られないから」

ライアンは胸の奥が痛んだ。

少女の前に膝をつく。

「セーラ。ここにいていい。明日の朝も、その次の朝もだ」

「ずっと?」

「ずっと、って言うには、俺はまだ頼りない」

ライアンは正直に答えた。

「食べ物も十分じゃない。屋根だって直さなきゃならない。だけど、困ったら相談する。黙って追い出したりしない。それは約束できる」

セーラはしばらく彼を見ていた。

「……約束って、破らないもの?」

「破らないように、毎日やることだと思う」

少女は靴を脱ぎ、毛布へ戻った。

だが眠る前、セーラは毛布の端をきちんと畳んだ。

「汚したら、返さなきゃいけないから」

「汚れたら洗えばいい」

「洗う水がもったいないって、前の家で言われた」

ライアンは桶の底に残る水を見た。

水も薪も無限ではない。

だが、汚れを恐れて眠れない子供に毛布を渡した意味がなくなる。

「水のことは俺が考える。お前は、今夜は暖かくして寝ろ」

セーラは返事をしなかった。

ただ、さっきまで扉に向いていた体を、少しだけ暖炉のほうへ向けた。


その夜、ライアンは自分の手を見つめた。

パンを分けた瞬間は正しいと思った。

だが明日、同じように飢えた子が現れたらどうする。

持っていないものまで約束するのは、優しさではなく無責任かもしれない。

「明日のパンは、まだないんだ」

彼が告げると、セーラは驚かなかった。

「じゃあ、明日、探そう」

その短い返事が、ライアンには救いであり、逃げられない約束にもなった。

翌朝、ライアンは空になった食料袋を見つめた。

セーラが起きる前に働きに出れば、戻るまで少女を一人にしてしまう。

連れていけば、雪の中で待たせることになる。

考えた末、荷運びの親方ガストンを訪ねた。

「子供を一人、預かることになった」

「お前が?」

「仕事は休まない。ただ、昼の間だけ、倉庫の暖かい隅を貸してほしい」

ガストンは目を丸くした。

「お前、自分の食い扶持も危ういだろう」

「だから働きに来た」

親方は答えるまでに間があったが、倉庫の帳場を指さした。

「火のそばには近づけるな。荷車の通路にも入れるな。昼の鐘が鳴るまでだ」

「ありがとう」

「礼は荷物を運んでから言え」

ライアンが頭を下げると、ガストンは小さく鼻を鳴らした。

その日、セーラは帳場の椅子で古い布切れを畳んで待った。

ライアンが荷を運ぶたび、窓越しに手を振る。

夕方、賃金を受け取ったライアンは、パンを二つ買った。

一つは今夜の分。

もう一つは、明日の朝の分だ。

廃屋に戻り、低い棚にパンを置く。

「これは明日の朝、二人で食べる」

セーラは何度も棚を開けて確かめた。

「なくならない?」

「俺が勝手に食べない。お前も、腹が減ったら言ってくれ」

「言ったら、怒らない?」

「怒らない。一緒に考える」

セーラは棚の扉を閉めた。

その小さな音が、ライアンには家の戸締まりのように聞こえた。

それから三日後、仕事帰りの路地で、ライアンは少年と出会った。

痩せた少年は、年下の子供たちを背にかばっていた。

自分の唇は乾ききっているのに、手にしたパン屑を小さな子へ渡している。

「何の用だ」

少年は低い声で言った。

「お前たちを見て、足を止めた」

「施しならいらない」

「そうか。じゃあ、名前だけ教えてくれ」

「……ガイア」

「ガイア。俺はライアンだ」

ライアンは懐のパンを見た。

今夜の分は、また一つしかない。

それでも、少年の背後にいる子供たちから目をそらせなかった。

家に帰れば、セーラが待っている。

明日の朝のパンも棚にある。

数は足りない。

金も足りない。

だからこそ、どうするかを考えなければならなかった。

「温かい場所がある。まず、話を聞かせてくれないか」

ガイアは警戒を解かなかった。

ライアンも急かさなかった。


やがて少年が一歩だけ前へ出た。

ガイアがようやく尋ねた。

「セーラは、あんたの子か」

「血はつながってない。三日前、路地で出会ったんだ。でも、今は一緒に暮らしてる」

「だったら、明日には追い出すかもしれない」

ライアンはすぐに否定しなかった。

守り切れる保証がないことを、少年のほうがよく知っている。

「明日の食事は、まだ足りない。だから親方に仕事を頼み、教会にも相談する。お前たちの前で、できることを一つずつ増やす」

ガイアはそれを聞き、ようやく足を動かした。

ただ、後ろの子がついてこようとすると、手で制した。

「先に俺だけ行く。変な場所なら、みんなは逃げろ」

「それでいい。俺の家を見て、嫌なら断ってくれ」

ライアンは少年の慎重さを責めなかった。

セーラが扉の前で何度も逃げ道を確かめた夜を、まだ覚えていたからだ。


その夜、少年が最初に確かめたのは食べ物ではなく、戸の内側に閂があるかどうかだった。

ライアンは閂の動かし方を見せ、誰も閉じ込めないと約束した。

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