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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第十二話 消えた小麦五千袋を追え

「五千袋が、三日で消えた?」

マリナは出荷伝票を机へ並べた。

記録には十二便とある。

しかし北門の通行簿には七便しか載っていない。

「五便分の記録がないだけで、五便とも通らなかったとは言えないわ」

ノアは地図を広げた。

「別の門や水路を使った可能性もあるね」

ライアンは荷運びをしていた頃の帳面を持ってきた。

「一台に積める量には限りがある。馬にも休みが必要だ」

三人で計算すると、記録にある台数と日程では五千袋を運び切れない。

「帳簿の数が水増しされたか、別の輸送手段があるか」

マリナは二つの可能性を書き分けた。

北門の老門番は、最初、何も話そうとしなかった。

ライアンが茶を差し出すと、老人はぽつりと言った。

「紋章を隠した荷車が、雨の夜に通った。止めようとした若い兵は、翌日別の持ち場へ移された」

「その兵の名前は?」

「話せば、あの子が困る」

ライアンは頷いた。

「なら、まず記録だけ確認させてくれ。名前を公表するかは、本人の安全を確かめてからだ」

勤務表には、配置が変更された兵の欄があった。

マリナは原本をその場で保管させ、写しを取った。

続いて修理屋を訪ねると、深夜に車軸を交換した荷車が三台あったことが分かった。

「重いものを積んでたよ。車輪の縁が割れていた」

修理屋の親方は伝票を見せた。

支払人の名は偽名らしい。

だが荷車の車軸番号は残っていた。

「人の名前は変えられても、車輪の傷はすぐには変えられない」

ライアンが言うと、親方は懐かしそうに笑った。

「お前、まだ荷運びの目をしてるな」

一方、ノアは運河の船頭から船荷証券を借りた。

「この日に石材を積んだ船がある。でも、行き先の工事場は三年前に閉鎖されている」

「石材と書いて、麦を運んだのかしら」

「可能性はある。まだ中身は確かめていない」

船頭は、船が普段より深く沈んでいたと証言した。

積み荷の重さは分かっても、種類までは分からない。


その夜、港の若い船員がマリナを訪ねた。

「子供に配る麦だと知っていました。止めたかった。でも、仕事を失うのが怖くて」

マリナは椅子を勧めた。

「話してくれてありがとう。証言するかどうかは、あなたが決めていい。安全を守る手続きも用意するわ」

船員は荷下ろし先の倉庫を指した。

「そこで別の袋に詰め替えました。荷札には、王室用と書いてあった」

ガイアが立ち上がった。

「王室が関わっているのか?」

「まだ分からない」

マリナは即座に答えた。

「紋章や荷札は、偽造できる。誰が指示したかを確かめるまで、決めつけないで」

ノアは地図に赤い線を引いた。

北門から採石場へ向かう道と、運河沿いの倉庫を結ぶ道が、一か所で交わっている。

その先に、王家の古い別邸があった。

「ここに運び込まれた可能性がある」

ライアンは地図を見つめた。

「食べ物があるなら、腐らせる前に取り戻したい」

「でも、証拠を壊したら、また同じことが起こるわ」

マリナは監査官へ連絡し、正式な立ち入りの手続きを求めた。

その間、別の倉庫から配給用の小麦を融通した。

調査が終わるまで子供たちを飢えさせるわけにはいかない。


翌朝、ライアンたちは別邸へ向かった。

門の上には王家の紋章が掲げられていた。

けれど、風にはためく布の翼の形は、現王家のものとわずかに違っていた。

ガイアは剣の柄へ伸ばしかけた手を止めた。

「父さん。どうする?」

ライアンは門の向こうを見た。

「まず、誰がここにいるのか聞こう」

別邸へ向かう前に、マリナは三種類の記録を机に並べた。

門の通行簿、修理屋の伝票、船荷証券。

「どれも一つだけなら言い逃れができる。でも、日付と車軸番号を重ねれば、同じ荷が動いた道筋が見えてくる」

ノアは赤い糸を使って地図上の地点を結んだ。

一本目は北門で途切れ、二本目は修理屋で折れ、三本目は運河に沿って伸びた。

「ここから先が分からない」

「分からないところは、空白のままにしておこう」

ライアンは言った。

「昔、子供たちの生まれた年を勝手に埋めそうになって、ルクスに叱られた。知らないことを知っているふりをすると、あとで本人が困る」

マリナは空白の脇に『未確認』と記した。

調査の途中、若い門番が一人、詰所の裏口から顔を出した。

「老門番に聞いたんでしょう。俺のことは書かないでください」

マリナは紙を伏せた。

「あなたの名前は、許可なく公表しない」

「荷車を止めたら、王家の命令に逆らうのかと言われました。あの紋章が本物か、俺には分からなかった」

「止めた理由は?」

「車輪の跡が深すぎたんです。申告された積み荷の重さと合わない」

ライアンは少年のように若い兵の手を見た。

指先に、夜勤の冷えでできた小さなひびがある。

「怖かっただろう」

兵は答えず、唇を噛んだ。

「怖くても確かめようとした。それは記録に残す価値がある。ただし、名前を出すかはお前が決めていい」

兵は長く息を吐いた。

「なら、車輪の跡を見た場所だけ教えます」


午後、ライアンは代替の配給所へ足を運んだ。

調査に夢中になって食料を届け忘れれば、帳簿が正しくなっても子供は腹を空かせる。

炊き出しの列にいた老婆が、袋を見て尋ねた。

「明日もあるのかい」

「今、運ぶ人を探している。決まったらここに名前を出す」

「また調べるだけで終わるのかと思ったよ」

老婆の言葉は痛かった。

ライアンは運搬役の名と時刻を書いた紙を貼り、自分も最初の荷車を押した。

日が傾いたころ、修理屋から使いが来た。

「車軸の刻印を思い出したそうです。三台のうち一台だけ、古い王家の紋章を削った跡があると」

ガイアは眉を寄せた。

「誰かが王家を装ったのか」

「そうかもしれない。逆に、古い荷車を使っただけかもしれない」

マリナは即断を避けた。

ライアンは門へ続く道を見た。

「中にいる人間の話を聞くまで、決めつけない。それでいいな」

ガイアは剣の柄から手を離した。

運河の荷揚げ場で、マリナは船頭に出航記録を見せた。

「この日、船は三艘出たことになっているわ」

船頭は首を横に振った。

「二艘だ。三艘目は船底を直していた。修理代の領収書ならある」

帳簿の一行が崩れた瞬間、ガイアが腰を上げた。

だがライアンは先に船頭へ尋ねた。

「修理中の船を使ったことにされたら、お前に責任が来るかもしれない。証言してもらっていいか」

船頭は唇を噛んだ。

「名前を出すなら、家族を守ってくれ」

マリナは監査官に証言の保全を依頼し、船頭には控えを渡した。

疑いを確信に変えるには、証言を引き出すだけでは足りない。

証言した者が明日も仕事へ戻れることが必要だった。

門番の勤務表に残った空欄も、誰かが故意に消したものとはまだ限らない。

マリナは断定を避け、その空欄を調査項目として残した。

マリナは記録を革袋に収め、封をした。

証拠を持ち歩く人と、食料を届ける人を分けることにした。

ライアンは後者を選んだ。

五千袋の行方を突き止めるのは大切だが、今夜の一椀を待つ子供には、調査の進展より先に湯気が必要だった。

門の内側から、焼きたてのパンの匂いが漂ってきた。

「いい匂いだね」とノアが言った。

マリナは頷かなかった。

「匂いがする場所と、食べられる場所は違うわ」

門番の通行簿にない五便を追うには、明朝までに水門の開閉記録を押さえる必要があった。

マリナは監査官に保全を頼み、ライアンには配給所の炊き出しを任せた。

水門の番人が夜明け前に届けた記録には、欠けていた五便のうち一便と同じ日付があった。

ただし船の名前は書かれていない。

「これで犯人が分かった?」とノアが尋ねる。

「まだよ。通った船があると分かっただけ」

マリナは記録を複写させ、原本を水門へ戻した。

船頭の証言、修理の領収書、門の通行簿。

三つが一致する箇所だけを赤で囲む。

「証拠は多いほどいいと思っていた」とガイアが言った。

「違うわ。違っているところを隠さない方がいいの」

「全部の仕事を一人でやらないのが、今の俺たちの強さだな」

ライアンの言葉にマリナはようやく笑った。

「父さんがそれを言うなんて、二十年かかったわね」


翌朝、保全した水門の記録を照合すると、五便のうち一便だけ、荷を受け取った署名が途中で変わっていた。

署名欄には、かつてライアンにパンを分けてもらった青年の名前があった。

マリナは一瞬、帳面を閉じかけた。

「知っている人だからこそ、確かめないと」

青年を呼ぶ前に、彼の身の安全と証言の扱いを決める。

ライアンはその横顔を見て、昔、飢えた娘に教えたことを思い出した。

家族を信じることと、事実を確かめることは、同じ方向を向いていなければならない。

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