↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
109/120

第百九話 百人目の子が隠していた手紙

百人目の子が長いあいだ隠していた手紙が、ようやくライアンのもとに届いた。

『帰っていい?』。

それだけだった。

ライアンは返事を書く手を止めた。

二十年前、最後に家へ迎えた少年は、いつも自分の食事を後回しにした。

今は遠い町で働き、長く便りがない。

ガイアは「迎えに行こうか」と言ったが、ライアンは首を振る。

「帰るかどうかは、あの子が決めることだ」

それでも椅子を一つ磨き、食卓に並べた。

待つことしかできない夜が、親にはある。

◇

青年が帰ってきた時、服には旅の埃がついていた。

玄関で立ち尽くし、何度も帽子を脱ぎ直す。

「仕事を辞めたんだ」

「そうか」

「借金もある。みんなに合わせる顔がない」

ライアンは事情を聞き、すぐに大丈夫だとは言わなかった。

借金の返し方も、次の仕事も、これから考える必要がある。

「でも、今日は飯を食おう」

「怒らないの?」

「怒ることがあるなら、食べたあとで話そう」

青年は椅子に座った。

豆の煮込みは、昔と同じ味だった。

食事のあと、マリナが帳面を持ってきた。

青年は最初、差し出された数字から目を逸らしたが、ライアンが隣に座ると、少しずつ話し始めた。

誰にいくら借りているか、何ができるか、何を手放す必要があるか。

「助けてもらってばかりだ」

「俺も昔、助けてもらってばかりだった」

ライアンは笑った。

「お前が誰かを助ける日は、また来るさ。でも、その日まで帰ってくるなとは言わない」

青年は帳面に自分の名前を書いた。

失敗した理由を書く欄は、どこにもなかった。

◇

百人目に家へ来た子は、誰より静かな大人になっていた。

彼がしまい込んだ手紙には『帰っていい?』とだけ書かれていた。

ライアンは返事を書こうとして、筆を止めた。

帰るのに許可がいる家にしてしまったのか。

彼が戻った夕方、ライアンはいつもの席を空けておいた。

「手紙を読んだよ」

「忙しいと思って」

ライアンは首を振った。

「お前が帰る理由を説明する必要はない」

青年は椅子の背に触れた。

「失敗したんだ。みんなは立派になったのに」

ライアンは鍋の蓋を開けた。

「ここでは、成功した日も失敗した日も、同じだけ食べる」

青年は笑おうとして、泣いた。

次の朝、玄関に小さな帳面が置かれた。

帰宅を知らせるためだけの帳面だ。

書くのは名前と、食べたい料理。

理由の欄は作らなかった。

◇

帰るかどうか迷っていた青年は、途中の宿で何度も手紙を書き直していた。

成功した報告だけを持ち帰ろうとして、書くことがなくなったのだという。

ライアンはその話を聞き、昔の失敗を思い出した。

百人の子供たちが立派になれば安心できると思っていた。

でも、立派でなくても帰れる場所が必要だった。

青年の椅子には、ほかの誰も座らないようにしていたわけではない。

帰った時、すぐに席を作れる家でありたかった。

青年が帰った夜、ライアンは特別なご馳走を作らなかった。

昔から食卓に並んでいた豆の煮込みと、焼きたてのパンを出した。

青年は一口食べて泣き出した。

「失敗して帰ってきたのに」

ライアンは匙を置いた。

「成功した時だけ帰るなら、ここは家じゃない」


翌朝、青年は台所を手伝い、食卓の椅子を磨いた。

玄関には小さな帳面が置かれた。

帰ってくる人が名前と食べたい料理を書くためのものだ。

理由を書く欄はない。

ライアンはその空白を見て、ようやく安心した。

青年は自分の荷物を部屋へ運びながら、古い毛布を見つけた。

幼いころ使っていたものだ。

「まだ取ってあったの?」

ライアンは肩をすくめた。

「捨てる理由がなかった」

青年は毛布を広げ、縫い目のほつれを見た。

誰かが何度も繕った跡がある。

立派な仕事をしていない自分でも、あの頃と同じように迎えてもらえる。

そのことを、ようやく信じられた。

青年は翌日、失敗を知った仲間に会うのを恐れた。

だがガイアは昔のように椅子を引き、「まず朝飯だ」と言った。

誰も成功した仕事の話を求めなかった。

青年はようやく食卓で笑った。

ライアンはその笑い声を聞き、家の扉を閉めないでいてよかったと思った。

帰ってきた青年は、翌朝からすぐ働こうとした。

何もしなければ居場所を失う気がしたのだ。

ライアンは包丁を持つ手を止めた。

「働きたいなら頼む。でも、ここにいるための条件じゃない」

青年は黙って椅子に座った。


しばらくして、自分から野菜を洗い始めた。

命じられたからではない。

皆と朝食を作りたかったからだ。

その違いを、ライアンは大切にした。

夕食のあと、青年は昔の自分の椅子を探した。

背もたれに刻んだ傷が残っている。

「まだあったんだ」

ライアンは笑った。

「直しながら使ってる」

青年はそっと座った。

自分がいない間も、家は変わっていた。

だが、戻る場所は残っていた。

青年が荷物をほどくと、古い封筒が一通落ちた。

表には二十年前の幼い字で「父さんへ」とある。

中身は書きかけのままだった。

『ぼくが大きくなって失敗したら』。

そこで文章は途切れていた。

「最後まで書けなかった。返事が怖くて」

ライアンは封筒を返した。

「今、続きを書くか?」

青年は首を振り、代わりに夕食の皿を二枚運んだ。

返事を急がなくても、食卓には座っていい。

その事実が、手紙の続きを少しずつ書き換えていた。

ガイアは青年へ「何か手伝えるか」と尋ねた。

青年はすぐ答えず、少し考えてから「明日の買い物に付き合って」と言った。

大将軍に頼むには小さすぎる用事かもしれない。

だがガイアは嬉しそうに頷いた。

家族の助けは、必ずしも大きな力でなくていい。

青年が家へ戻ってきた時、ライアンは理由を聞かなかった。

まず椅子を引き、温かい煮込みをよそった。

青年は匙を持ったまま、なかなか食べ始めない。

「仕事を辞めた。借金もある」

ようやく口にした言葉は、震えていた。

「そうか。食べたら、一緒に考えよう」

「怒らないの?」

「怒ることがあったとしても、腹を空かせたまま話す必要はないだろう」

青年は一口食べ、俯いた。

二十年前と同じ味だった。

ガイアが隣に座り、何も言わずにパンを半分渡した。


翌朝、マリナが借金の書類を持ってきた。

青年は顔を強張らせたが、ライアンが隣に座ると、少しずつ話した。

借りた額、返済期限、仕事を失った事情。

返せる見込みのない約束はしない。

必要なら債権者と話し合い、働き口を探す。

ライアンは『全部俺が払う』

とは言わなかった。

青年が自分の生活を取り戻す道を、一緒に探したかったからだ。

夕方、青年は玄関の小さな帳面を見つけた。

帰宅した人が名前と食べたい料理を書くためのものだ。

『帰った理由』

の欄はない。

「これ、俺のため?」

「お前だけじゃない。百人の誰が帰ってきてもいいように」

青年は自分の名前を書き、その横に『豆の煮込み』と添えた。

ライアンは帳面を閉じず、次の人が書けるように置いた。

家は、成功した報告を持ってくる場所ではなかった。

失敗したままでも、扉を開けられる場所だった。


翌朝、青年は豆を洗う役を引き受けた。

ライアンは仕事を尋ねず、鍋の火加減だけを教えた。

焦げた豆を一粒つまんで二人で笑う。

帰ってきた日を特別な式にせず、明日の朝食へつなげる。

青年は三日後、自分から次の仕事の予定を話した。

ライアンは引き止めず、「帰る日を知らせなくても、椅子はある」と答えた。

青年は笑って、次の朝食に使う豆の量を帳面に書いた。

帰ってきたことが、また旅立てなくなる理由にはならなかった。

出発の朝、青年は玄関で振り返り、「今度は手紙を書くよ」と言った。

ライアンは「無理はするな。元気でいてくれればいい」と答えた。

青年は頷き、次の町へ向かって歩き出した。

青年が旅立ったあと、ライアンは玄関の靴跡を掃かなかった。

雨が降れば消えると分かっていたからだ。


数日後、フィルが食堂の帳面を持ってきた。

「あの子の席、次の食事会ではどうする?」

「誰かが座りたければ座っていい。ただ、帰ってきたときは一緒に場所を作ろう」

空席を守るために今いる子を立たせるのではない。

戻れる場所とは、決まった椅子ではなく、迎える人の手のことだ。

フィルは帳面の席順欄を消し、代わりに人数だけを書いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。