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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第百四話 大聖女の診察室に届いた空の瓶

セーラの診療所に、空の瓶を握った少女がやってきた。

「お母さんが、これを見せれば分かるって」

瓶には薬の名も患者の名前もない。

ただ底に白い跡が残っていた。

受付の係員が困っていると、セーラが膝を折って少女と目を合わせた。

「お母さんは今、どこにいるの?」

「家。起きられないの」

「水は飲めてる?」

少女は首を振った。

「井戸が壊れて、茶色い水しかない」

セーラは診療所の医師に留守を任せ、少女の家へ向かった。

迎えに来ていたライアンも、荷物を持って同行する。

家は低い土地に建ち、庭には泥水が溜まっていた。

井戸の石積みが崩れ、汲み上げた水に土が混じっている。

母親は寝台で苦しそうに呼吸していた。

セーラは意識と呼吸、脈を確かめ、診療所へ必要な薬と器具を届けるよう連絡した。

「井戸のせいで病気になったんですか」

少女が尋ねる。

「まだ分からない。だから診察と検査をするの。でも、安全な水がないままでは、よくなるのも難しい」

ライアンは村の人々に話を聞いた。

同じ井戸を使う家は十二軒。

水を運べる者は少なく、寝たきりの老人がいる家もある。

遠い井戸は使えるが、坂道を何度も往復しなければならない。

「魔法で井戸を直せば早い」

村人の一人が言った。

「一度直しても、土台が緩んだままならまた崩れる」

ライアンは石工に現場を見てもらうよう頼んだ。

マリナが来ると、応急の水運びと恒久的な修理を分けて費用を計算した。

まずは安全を確認した井戸から水を運び、運べない家へ優先して届ける。

壊れた井戸は立ち入りを止め、検査と修理計画ができるまで使わない。

「大聖女が来たのに、井戸はまだ直らないの?」

少女は不安そうだった。

セーラは母親の手を握ったまま答えた。

「私一人ではできないことがある。でも、今ここにいる人たちなら、一緒にできる」

少女は窓の外を見た。

隣家の青年が水桶を二つ抱え、老人の家へ向かっていた。

母親は治療を受け、少しずつ水を飲めるようになった。

セーラは病状が変わったときの連絡方法を伝え、診療所の担当者へ経過を引き継いだ。

数日が過ぎて、検査を終えた石工が井戸の補修に着手した。

新しい石積みだけでなく、雨水が流れ込まない排水路も作る。

水質の確認が終わるまで、村人は代わりの水源を使い続けた。

少女は空の瓶をセーラに差し出した。

「これ、もういらない?」

「いるよ。洗って、次に水を入れるために使おう」

「今度は、きれいな水?」

「確かめてから入れようね」

セーラは瓶を洗い、少女に返した。

診療所へ戻る途中、ライアンが言った。

「治療だけじゃ、終わらなかったな」

「うん。でも病気を診るために、家まで来てよかった」

「父さんにできることはあったか?」

「水桶を運んでくれたでしょう」

ライアンは笑った。

「それなら、まだできそうだ」


数週間後、診療所に少女から手紙が届いた。

『お母さんは少しずつ元気です。

井戸の水も検査が終わりました。

瓶には、今日も水が入っています』

セーラは手紙を診療記録の隣へ置いた。

空の瓶は薬の名前を教えてくれなかった。

翌日の診察では、セーラは空瓶を持ってきた少女に、薬を買えなかった理由を尋ねた。

少女は金額ではなく、母親を一人にして店まで行けなかったことを話した。

セーラは薬の手配と同時に、家を訪ねる担当者を決めた。

空の薬瓶には、患者の名前も処方日も残っていなかった。

セーラは瓶をすぐ捨てず、持ち込んだ人から使い方を聞き取った。

「薬が足りないのか、説明が足りないのか。まずそこを間違えないようにしましょう」

診察室には新しい聞き取り票が置かれた。

少女の家へ着くと、母親は薄い毛布にくるまっていた。

セーラは症状を確認し、同行した医師に診察を引き継いだ。

瓶の中身を推測して同じ薬を渡すことはしなかった。

「薬の名前が分からないなら、まず飲んでいたものを調べます」

少女はうつむいた。

「瓶を持ってきたのに、役に立たなかった?」

「いいえ。お母さんが薬を使っていたことを教えてくれた。とても大事な手掛かりよ」

セーラは少女の手から瓶を受け取り、傷つけないよう布で包んだ。

井戸の修理を頼みに行ったライアンは、近所の家でも水が濁っていることを知った。

井戸の問題は一軒だけではなかった。

「水を運べる人を探そう。修理の間に飲める水がなくなる」

近所の老人が荷車を貸し、若者たちが共同の水場まで往復した。

少女は母の枕元に座り、戻ってきた水差しを見てほっと息をついた。


翌日、診療所では薬の容器に名前と使い方を記す手順を見直した。

字が読めない患者にも説明できるよう、記号と口頭確認を組み合わせる。

セーラは空の瓶を机に置いた。

何も入っていないように見えた瓶が、診察室の外にある問題を教えてくれたのだった。

その夜、ライアンはいつものように家族の顔を思い浮かべた。

英雄になった子供たちは遠くまで行けるようになったが、遠くへ行けることと、帰らなくてよいことは違う。

失敗した日も、何もできなかった日も、帰ってきてよい。

そういう場所を残すことだけは、自分が最後まで引き受けようと思った。

翌日、少女は空の瓶を返してもらいに来た。

セーラは洗って乾かした瓶を渡し、「薬の名前が分からないときは、無理に飲まないで相談してね」と伝えた。

少女は瓶を両手で包んだ。

「これを持ってきたら、ちゃんと話を聞いてくれた」

セーラは診療所の受付に、容器しか持たない患者の相談も受け付けるよう頼んだ。

薬を見分ける記録と、井戸の水質を確かめる連絡先も掲示する。

病気の原因を決めつけず、医師と水路の担当者がそれぞれ調べる。

少女が帰ると、机にはもう一つ、文字の読めない老人が持ってきた包みが置かれていた。

少女の家に戻った水路担当者は、井戸の水を使わないよう近隣にも知らせた。

医師は母親の経過を確かめ、飲み水を運ぶ役は村人たちが交代で引き受けた。

セーラは少女に「何かあったらまた瓶を持っておいで」とは言わなかった。

瓶がなくても相談できるよう、診療所の場所と受付の方法を紙に書いて渡した。

セーラは新しい相談者の包みを受け取り、まず本人の話を聞くために椅子を引いた。

少女はその紙を何度も読み返した。

文字の読めない母親にも伝えられるよう、受付の場所を指でなぞって覚えた。

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