↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/120

第百三話 大将軍が負けた子供の裁判

ガイアが法廷へ呼ばれた。

召喚状を受け取ったとき、ガイアの副官は不満を隠さなかった。

「将軍を芋三個のために呼ぶのですか」

「芋三個を奪われた店主にも、奪った子にも、その日がある」

ガイアは軍服の襟を整えた。

「大きな戦で勝ったからといって、小さな訴えを無視していいわけじゃない」

副官は黙った。

ガイア自身、かつては空腹で店先のパンを見つめた少年だった。

盗まなかったのは立派だったからではない。

あの夜、父さんが先に手を差し出してくれたからだ。

今、法廷に立つ少年にも同じ手が届くとは限らない。

だが、その事情だけで店主の損失をなかったことにもできない。

ガイアは答えを用意せず、まず両方の話を聞こうと決めた。

王都の人々は、戦場で負け知らずの大将軍が何をしたのかと騒いだ。

けれど、審理されるのは将軍ではない。

市場で芋を三個盗んだ少年の件だった。

少年を拘束したのは軍の治安部隊で、その指揮責任についてガイアが説明を求められたのだ。

八百屋の主人は腕を組んでいた。

「三個でも、俺が仕入れた品だ。勝手に持っていかれたら困る」

少年は下を向いたまま、何も言わなかった。

ライアンは傍聴席の後ろに座った。

昔の自分なら、代金を払って少年を連れ帰ったかもしれない。

しかし、それでは店主の怒りも、少年が盗まざるを得なかった事情も、どちらも置き去りになる。

審理役が少年に尋ねた。

「なぜ盗んだのですか」

「妹が、二日食べてないから」

八百屋の主人が息を呑んだ。

「俺に言ってくれれば……いや、俺だって余裕はない」

少年は小さく言った。

「前に頼んだら、怒られた」

「棚を倒したからだ。追い払ったんじゃない」

二人は同じ出来事を違うふうに覚えていた。

審理役は、どちらかを嘘つきと決めつけなかった。

ガイアが前へ出た。

「拘束したとき、部下は少年を大勢の前で引き立てました。逃走の危険を確認せず、必要以上に恐怖を与えたことは、指揮する私の責任です」

兵士たちが顔を上げた。

「ただし、盗みがなかったことにはできません。店主の損失も残っています」

「軍が払えば終わる」

傍聴席から声が飛んだ。

ガイアは首を振った。

「俺の一存で軍の金は使えない。次の少年にも、同じようにできる仕組みが必要だ」

審理役は市場の救済窓口に連絡した。

緊急の食料支援は少年の妹にも届く。

店主の損害は、既存の被害補填制度で審査できる。

少年には保護者と支援員が付き、今後の生活を確かめることになった。

少年は初めて顔を上げた。

「僕、店で働いて返したい」

八百屋の主人はしばらく考えた。

「働くなら、ちゃんと教える。だけど妹の世話があるだろう。無理に来なくていい」

「……うん」

審理役は、少年の希望を聞いたうえで、働くことを罰の条件にはしないと確認した。

ガイアは黙ってそのやり取りを見ていた。

戦場では、敵を倒せば道が開けた。

ここでは、剣を置き、全員の話を聞かなければ一歩も進まない。

審理が終わると、少年がガイアの前へ来た。

「将軍は、僕を牢屋に入れないの?」

「決めるのは俺じゃない。それに、君を飢えさせないために働く人がいる」

「将軍は偉いのに、何も決めないんだね」

ガイアは苦笑した。

「そうだな。今日はそれを教わった」

外へ出ると、ライアンが待っていた。

「負けた顔をしているな」

「子供に言われた。俺は偉いのに何も決めないって」

「何も決めなかったわけじゃない。自分だけで決めないと決めたんだろう」

ガイアはしばらく黙り、やがて頷いた。


翌週、軍の治安部隊には、子供を保護した際の手順を見直す通達が出た。

人前で辱めず、食事や医療が必要か確かめ、専門の支援員へ繋ぐ。

八百屋には少年が訪れた。

今日は盗むためではなく、配達を手伝えるか尋ねるためだった。

店主は芋の箱を指した。

「まず、持ち方を覚えろ。落とすと傷む」

少年は両手で箱を抱えた。

その日の夕方、ガイアは治安部隊の詰所を訪れた。

少年を連行した兵士は、叱責を覚悟して直立していた。

「逃げると思ったんです。市場には人が多く、騒ぎになれば危険だと」

「逃げる可能性を考えたことは分かった。では、少年の手に武器があったか。周りの人を傷つけようとしたか」

「……ありません」

「腹を空かせた子供が、恐怖で走り出すことはある。だからこそ、まず落ち着かせる方法を覚えよう」

ガイアは兵士の前に椅子を置いた。

「座れ。今度はお前が少年役だ。俺がどう声をかければ怖くないか、教えてくれ」

兵士は戸惑いながら腰を下ろした。

「……大勢に囲まれると、逃げ道がないと思います」

「なら、見物人を下がらせる。ほかには?」

「名前を聞かれる前に、何をしたのか怒鳴られるのは……怖いです」

ガイアはその言葉を記録係に書き留めさせた。

「戦場で覚えた命令の出し方を、そのまま子供に向けていたのかもしれん」

一方、市場では八百屋の主人が支援員に尋ねていた。

「救済窓口があるのは知ってる。だが、あの子はなぜ来なかった?」

支援員は少年の妹が高熱を出していたこと、窓口の受付が昼間に限られていたことを説明した。

「妹を置いて列に並べなかったんです。近所の大人に頼むのも怖がっていました」

主人は芋を磨く手を止めた。

「俺の店は朝から開いてる。困ったらここへ来いと書いてもいいのか」

「店主さんが一人で背負う必要はありません。連絡先を掲示してもらえれば、私たちが迎えに行きます」

主人は紙を一枚受け取り、雨に濡れないよう店先の柱へ貼った。

裁判の翌週、ガイアは市場の店主を訪ねた。

「兵が巡回するだけでは、同じことが起こる」

店主は芋の入った籠を持ち上げた。

「盗まれた分を取り戻すことより、あの子がまた盗みに来なくて済むほうがいい」

ガイアは市場の相談員と兵士が連絡を取れるよう、夜間の窓口を設けた。

ただし、相談した子供の名を巡回記録に残さないことを条件にした。

副官は不安そうだったが、ガイアは答えた。

「守るために聞いた名前を、罰するために使うな」

店主は芋を一つ手に取り、少年が次に来たら買い物の仕方を教えると言った。


数日後、少年が配達の練習を終えると、主人は傷のない芋を三個、木箱の上に並べた。

「これが最初に盗まれた数だ。俺は忘れない。でも、お前がこれから何をするかまで、あの日の三個で決めたくない」

少年は箱の縁を握った。

「妹が元気になったら、店に連れてきてもいい?」

「ああ。ただし、働きに来る必要はない。買い物に来い」

遠くで見守るガイアは、剣に手を伸ばさなかった。

その夜、ガイアは副官に新しい訓練表を渡した。

「子供の扱いを知らない兵士を責めるだけでは変わらない。市場の支援員を招いて、全員で学ぶ」

「将軍自ら参加なさるのですか」

「当然だ。今日、いちばん学ばなければならなかったのは俺だからな」

副官は敬礼しかけて、思い直したように小さく笑った。

「では、最初の訓練で将軍に質問します。泣いている子に、最初に何と言いますか」

ガイアは少し考えた。

「名前を聞く前に、腹が減っていないか尋ねる」

大将軍がこの日得たのは、勝利の勲章ではない。

人を守るために、自分のやり方を変える勇気だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。