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思い出が部屋に意思を持たせた〜異世界へ行って別れの覚悟が出来るまでの話。  作者: ネコロビン


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第8話 導く光

『撤退だ。』


魔王軍幹部が静かに命じた。


その一言だけで戦場の空気が変わる。


『全軍、引け。』


魔族たちは素早く後退を始める。


魔物たちも命令に従うように森の奥へ消えていく。


深追いしようとした騎士を、近衛師団長が鋭く制した。


『追うな!』


『しかし!』


『罠の可能性が高い!』


騎士たちは悔しそうに剣を下ろした。


ほんの数分で魔王軍の姿は森から消えていた。


残ったのは、折れた木々と焦げた地面だけ。



『美咲!』


悠斗は煙の晴れた場所へ駆け寄る。


『美咲!』


返事はない。


そこに残されていたのは一本の杖だけだった。


勇者だけが持つ、美しい白銀の杖。


それが地面へ転がっている。


嫌な予感しかしなかった。


『……どこだ。』


『どこへ行ったんだ。』


悠斗は周囲を見回す。


木の陰。


草むら。


倒れた木。


どこにもいない。


『神崎君。』


近衛師団長が静かに近付いてきた。


『勇者様は……。』


悠斗は顔を上げる。


『どこですか。』


師団長は苦しそうに目を伏せた。


『……連れ去られた。』


その一言だけで、悠斗の頭が真っ白になる。


『え……。』


『魔王軍の狙いは最初から勇者様だった。』


『火魔法も。』


『煙も。』


『すべて陽動だ。』


悠斗はその場へ膝をついた。


『そんな……。』


美咲は捕まった。


魔王軍に。


あの笑顔が頭に浮かぶ。


『悠斗。』


『頼りにしてる。』


数時間前に言われた言葉。


それなのに。


守れなかった。


拳が震える。


『助けに行かなきゃ。』


悠斗は立ち上がった。


『今すぐ。』


『魔王軍を追いましょう!』


近衛師団長は静かに首を振る。


『できない。』


『どうしてですか!』


悠斗は思わず声を荒げる。


『時間が経てば経つほど危険なんですよ!』


『分かっている。』


師団長も苦しそうだった。


『だが、この森より東は魔王領だ。』


『我々が少数で踏み込めば全滅する。』


『王都も守れなくなる。』


『でも!』


『勇者様一人の命と。』


師団長は拳を握る。


『王都数十万の民。』


『その両方を守らねばならん。』


言葉が出ない。


正論だった。


だからこそ悔しい。


『私は。』


師団長は苦しそうに続ける。


『勇者様を見捨てたいわけではない。』


『だが王国軍を預かる立場として。』


『命令は出せない。』


悠斗は俯いた。


歯を食いしばる。


涙が落ちる。


『……だったら。』


ゆっくり顔を上げる。


『俺一人で行きます。』


周囲の兵士たちが息を呑んだ。


『神崎君。』


『一人なら。』


『王国軍は関係ありません。』


『俺が助けます。』


師団長は何も言えなかった。


止めたい。


しかし、その瞳は本気だった。



夕日が森を赤く染める頃。


王国軍は静かに撤退を始めた。


誰も喋らない。


勝利の凱旋ではない。


敗北でもない。


勇者を失った軍隊。


その足取りは重かった。


悠斗だけは動かない。


森へ残ったまま、美咲が消えた方向を見つめ続けていた。



その日の夜。


王都。


鐘が鳴る。


悲しみを告げる鐘。


街中へ兵士たちが知らせを伝えていく。


『勇者様が……。』


『魔王軍に……。』


広場は静まり返った。


パン屋のおばさんは言葉を失う。


果物屋の主人は帽子を脱ぐ。


子どもたちは泣き出した。


『勇者様が帰ってこない……。』


誰も信じられなかった。


あの勇者が。


いつも笑っていた美咲が。


魔王軍へ囚われたなんて。


王都全体が悲しみに包まれていた。



一方。


東の森。


静寂だけが広がっている。


悠斗は一人、倒木へ腰掛けていた。


『美咲……。』


必ず助ける。


そう誓った。


でも方法がない。


魔王領がどこかも分からない。


その時だった。


カタッ。


聞き覚えのある音。


悠斗は振り向く。


『……!』


森の中へ、一枚の白いドアが静かに立っていた。


『部屋……。』


悠斗はゆっくり近付く。


今度は迷わなかった。


ドアノブを握る。


ガチャ。


扉は静かに開いた。


懐かしい自分の部屋。


ベッド。


机。


本棚。


すべて昨日までと変わらない。


悠斗は部屋へ入る。


バタン。


ドアが閉まる。


その瞬間だった。


ピカッ。


机の上が光る。


『……?』


スマホだった。


画面が勝手に点灯している。


さらに。


カチッ。


腕時計まで淡い青い光を放ち始めた。


『なんだ……?』


悠斗はスマホを手に取る。


ロック画面は消えていた。


代わりに見たこともない画面が表示されている。


真っ黒な背景。


その中央には、小さく点滅する赤い光。


ピッ……


ピッ……


一定の間隔で点滅している。


『これ……。』


地図?


いや。


地図らしきものだった。


『まさか……。』


悠斗は息を呑む。


『美咲の場所……?』


根拠はない。


でも、そうとしか思えなかった。


部屋が。


スマホが。


自分へ何かを伝えようとしている。


『行こう。』


悠斗は迷わず腕時計を左腕へ付ける。


ドライヤーを背負う。


スマホを握る。


そして再びドアを開いた。


そこには異世界の森が広がっていた。


『待ってろ。』


『美咲。』


『絶対に助ける。』


悠斗は一人、森を駆け出す。


木々を抜ける。


谷を越える。


夜の森は静かだった。


しばらく走ると、木々が途切れる。


その先に見えたのは。


巨大な石造りの砦。


高い城壁。


見張り台。


魔族の旗が風になびいている。


スマホを見る。


赤い点滅は、その砦の中心で止まっていた。


ピッ……


ピッ……


悠斗は砦を真っ直ぐ見つめる。


『美咲……。』


『そこにいるんだな。』


静かにドライヤーを握り締めた。


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