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思い出が部屋に意思を持たせた〜異世界へ行って別れの覚悟が出来るまでの話。  作者: ネコロビン


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第4話 風を宿した家電

『……え?』


美咲の表情が凍り付く。


アイアンボアの全身を覆っていた灰色の毛。


それは毛ではなかった。


一本一本が鋼鉄のように硬く、槍の穂先のように鋭い針だった。


しかも


生きている。


『しまっ……!』


美咲が空中で剣を振るう。


しかし、跳び上がっている以上、空中では大きく軌道を変えられない。


避けられない。


ブシュッ!!


一本。


ブシュッ!!


二本。


三本、四本。


鋼鉄の針が美咲の腕や肩、脇腹をかすめる。


『くっ……!』


鮮血が宙を舞う。


それでも美咲は歯を食いしばり、最後まで剣を振り抜いた。


ギィィィン!!


剣がアイアンボアの背中を斬り裂く。


だが。


『硬い……!』


皮膚まで届かない。


針を何本か切り落としただけだった。


『ブゴォォォォッ!!』


怒り狂ったアイアンボアが大きく体を振る。


その衝撃で美咲は弾き飛ばされた。


『美咲!!』


悠斗は思わず叫ぶ。


ドサッ!!


地面を転がる美咲。


すぐに立ち上がろうとする。


だが左腕から血が流れていた。


肩にも傷。


脇腹にも浅い切り傷。


勇者といえど無傷では済まなかった。


『だ、大丈夫か!』


『平気……!』


そう答える声には、わずかに苦しさが混じっている。


『これくらい……。』


『問題ないから……。』


強がっている。


悠斗には分かった。


幼い頃からずっと一緒だった。


美咲が無理をしている時の顔くらい、すぐに分かる。


その瞬間だった。


胸の奥で何かが弾けた。


(まただ。)


(また守られてる。)


小さい頃。


虫が怖くて泣いた時も。


学校でいじめられそうになった時も。


美咲はいつも前に立ってくれた。


そして今日も。


命を懸けて、自分を守ってくれた。


『……ふざけるな。』


自分でも驚くほど低い声だった。


足元に転がっていた石を拾う。


ギュッと握る。


『お前なんか……!』


力いっぱい投げた。


カンッ!!


石はアイアンボアの額に当たる。


ほんの小さな音。


ダメージなんてない。


それでも。


アイアンボアの真っ赤な瞳が、ゆっくりと悠斗へ向いた。


『しまっ……!』


美咲の顔色が変わる。


『悠斗!!』


アイアンボアは地面を何度も蹴る。


ドンッ!


ドンッ!


土が舞い上がる。


突進の構えだった。


『逃げてぇぇぇぇ!!』


美咲の叫びが森へ響く。


その声で悠斗の体がようやく動いた。


振り返る。


走る。


夢中だった。


後ろを見る余裕もない。


頭の中には一つだけ。


部屋。


あのドア。


森へ来た時の、あの不思議なドア。


『あった!』


木々の間。


白いドアが静かに立っている。


壁もない。


家もない。


それでも、そこだけ世界から切り取られたように存在していた。


『開いてくれ!!』


走る。


全力で。


背後から地鳴りが近付く。


ドゴン!


ドゴン!


ドゴン!


アイアンボアの突進。


もうすぐそこだ。


『悠斗ぉぉぉ!!』


美咲の悲鳴。


悠斗はドアノブへ飛び付いた。


ガチャッ!!


開いた。


『えっ!?』


さっきまで何をしても開かなかったドア。


今は何の抵抗もなく開く。


悠斗は転がるように部屋へ飛び込んだ。


バタン!!


その直後。


ドゴォォォォォン!!


アイアンボアがドアへ激突する。


部屋全体が揺れた。


机の上のペン立てが倒れ、本棚の本が数冊落ちる。


それでも。


ドアはびくともしなかった。


まるで世界そのものに固定されているように。


『はぁ……はぁ……。』


悠斗は息を切らしながら部屋を見渡す。


いつもの自分の部屋。


さっきまで泣いていた場所。


夢じゃない。


本当に帰ってきた。


だが。


『美咲……!』


ドアの向こうでは、美咲が一人でアイアンボアと対峙していた。


助けなきゃ。


でも、どうやって?


その時だった。


机の横。


床に一本のドライヤーが落ちていた。


『あれ……?』


さっきまで窓際に置いてあったはずだ。


まるで誰かが手の届く場所へ置いてくれたように。


『……』


考える暇はない。


悠斗は無意識にドライヤーを掴んだ。


スイッチを押す。


ブォォォォ……


いつもの音。


温風が出るだけ。


……のはずだった。


『え?』


風が緑色に輝いた。


部屋中の空気が渦を巻く。


カーテンが大きく揺れ、本が舞い上がる。


『な、何だこれ!?』


思わずドアの向こうへドライヤーが向く。


次の瞬間。


ゴォォォォォォッ!!


暴風。


それはもう『風』ではなかった。


巨大な空気の塊がアイアンボアへ叩きつけられる。


『ブゴォォッ!?』


巨体が押される。


巨大な四本の足が地面を削りながら後退していく。


『すごい……!』


美咲が驚きの声を上げる。


悠斗自身が一番驚いていた。


『何で……。』


思わず手を離す。


ドライヤーが床へ落ちる。


カタン。


その瞬間。


暴風は嘘のように止んだ。


森が静寂を取り戻す。


『止まった……。』


悠斗はドライヤーを見る。


そしてドアの向こうの美咲を見る。


美咲も同じようにドライヤーを見つめていた。


『悠斗!』


『もう一回!』


『え?』


『そのドライヤー!』


『魔力を流して!』


『魔力?』


『分からなくてもいい!』


『使いたいって思って!!』


悠斗は震える手でドライヤーを握る。


助けたい。


美咲を。


もう二度と失いたくない。


その想いだけを胸に、ゆっくりとドライヤーを構えた。


その瞬間


ブォォォォォン!!


先ほどとは比べものにならないほど力強い風が吹き始める。


緑色の光がドライヤー全体を包み込み、風は一本の巨大な槍のように圧縮されていく。


『いっけぇぇぇぇ!!』


悠斗が叫ぶ。


轟音とともに放たれた暴風は、真正面からアイアンボアへ直撃した。


ドゴォォォォォッ!!


巨体が宙に浮く。


そのまま数十メートルも吹き飛び、岩山へ激突した。


ズガァァァン!!


岩が砕ける。


土煙が舞う。


アイアンボアは力なく地面へ倒れ、そのまま動かなくなった。


森に静寂が戻る。


『はぁ……はぁ……。』


悠斗は膝をついた。


全力疾走したわけでもない。


なのに息が苦しい。


体中から力が抜けていく。


『悠斗!』


美咲が駆け寄り、両肩を掴む。


『すごい!』


『今の……すごかった!』


『私でもあんな風魔法は見たことない!』


『でも……。』


悠斗はドライヤーを見つめる。


『どうなってるんだ……。』


美咲もドライヤーをじっと見つめる。


『……たぶん。』


『そのドライヤー。』


『この世界でいう魔道具になってる。』


『魔道具?』


『うん。』


『この世界には魔力を流して使う道具がたくさんあるの。』


『でも、それは見たことがない。』


『なのに仕組みは……すごく似てる。』


悠斗はゆっくりと部屋の中を振り返る。


ベッド。


机。


本棚。


いつもの部屋。


そして手の中のドライヤー。


『……これなら。』


ギュッと握り締める。


『これなら……。』


『俺も、お前を助けられる。』


その言葉に、美咲は少しだけ目を潤ませ、優しく笑った。


しかし、その笑顔の裏で肩から血が流れ続けていることを、悠斗は見逃さなかった。


『傷!』


『大丈夫なのか!?』


『あっ、これ?』


美咲は少し笑って右手を傷口へかざす。


『癒やしの光よ。』


淡い光が傷を包み込む。


血が止まり、傷口がゆっくりと塞がっていく。


『これくらいなら回復魔法ですぐ治るよ。』


悠斗は心から安堵した。


『よかった……。』


もう一度部屋へ戻ろうと、悠斗はドアノブへ手をかける。


ガチャ。


……開かない。


『また?』


何度回しても動かない。


美咲は苦笑する。


『しょうがない。』


『今日は王都へ行こう。』


『王都?』


『うん。』


『きっと、あなたのことを知りたがる人がいる。』


そう言って森の少し先を指差す。


そこには一頭の栗毛の馬が木につながれていた。


美咲は手綱を外し、軽やかに馬へ跨がる。


そして悠斗へ手を差し伸べた。


『乗って。』


悠斗は一度だけ、自分の部屋を振り返る。


静かに閉ざされた白いドア。


まるで、


『今は行くべき時じゃない』


とでも言うように。


悠斗は小さく頷き、美咲の手を取った。


二人を乗せた馬は、夕日に染まる森を駆け抜け、王都への道を走り始める。


まだ二人は知らない。


この『部屋』が、二人の運命そのものを見守る、世界でたった一つの魔道具であることを。


第2話 後編へ続く。

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