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思い出が部屋に意思を持たせた〜異世界へ行って別れの覚悟が出来るまでの話。  作者: ネコロビン


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第18話 三つの戦場

東の森に、冬の気配が近づいていた。


夜明け前。


薄く霜の降りた見張り台で、一人の兵士が白い息を吐く。


『さっむ……』


外套の襟を立て、両手を擦り合わせた。


森を抜けてくる風が、容赦なく身体から熱を奪っていく。


そこへ足音が近づいた。


『交代だ』


『やっとか』


兵士は振り返り、ほっとした顔をする。


『温かいスープ、まだ残ってるか?』


『たぶんな』


『たぶんじゃ困るんだよ。こっちは一晩中……』


言葉が止まった。


交代に来た兵士も、同じ方向を見ている。


木の枝。


そこに、人影があった。


『……誰だ?』


人ではない。


頭部から伸びる角。


魔族。


しかもその顔を、監視兵は事前に渡されていた人相書きで知っていた。


魔王軍幹部。


『敵!』


兵士が腰の角笛へ手を伸ばす。


だが。


カラン。


霜の降りた地面へ、角笛が転がった。


音が森へ響くことはなかった。


幹部は倒れた二人には目も向けず、東を見る。


『これで邪魔は入らぬ』


静かだった森の奥から。


ザッ。


ザッ。


ザッ。


無数の足音が聞こえ始める。


木々の隙間を埋め尽くす魔族の軍勢。


そして、その中央を悠然と歩く女がいた。


長い髪。


頭部から伸びる角。


妖艶なほど美しい姿。


魔族たちは、彼女の前を決して歩かなかった。


魔王。


魔王自らが率いる軍勢が、東の森へ足を踏み入れた。


     


異変が王都へ伝わったのは、予定されていた監視兵からの定時報告が途絶えた後だった。


王国軍は直ちに出陣した。


東の森を抜けた先。


広大な平原。


そこに王国軍と魔王軍、二つの軍勢が対峙する。


悠斗は息を呑んだ。


『……多すぎるだろ』


見渡す限りの魔族。


その中心にいる女を見て、美咲の表情が変わる。


『悠斗』


『……ああ』


聞かなくても分かった。


『あれが魔王か』


師団長が双斧の柄へ手をかける。


『全軍、いつでも障壁を展開できるよう準備!』


王国軍の魔法使いたちが一斉に杖を構えた。


だが


魔王軍は動かなかった。


代わりに、一人の男が前へ出てくる。


悠斗はその顔を知っていた。


『……あいつ』


かつて美咲を捕らえた砦。


そして美咲を救出した悠斗たちへ追いつき、悠斗の魔道具について尋ねてきた幹部。


男は悠斗を見て笑った。


『久しいな、悠斗』


『俺は会いたくなかったけどな』


『そう申すな。私は再び会える日を楽しみにしていたぞ』


幹部は周囲を見渡した。


『もっとも――今日は軍勢同士で殺し合うために来たわけではない』


師団長が眉をひそめる。


『どういう意味だ』


『単純な話よ』


幹部が腕を広げる。


『こちらから三名。そちらから三名』


その視線が動く。


師団長。


美咲。


そして…悠斗。


『一対一。』


ざわめきが王国軍に広がった。


『勝敗が決するまで、他の者には手を出さぬ』


『信用できると思うか?』


師団長が言う。


その問いに答えたのは……魔王だった。


『ならば、手を出せぬ場所で戦えばよかろう』


初めて聞く魔王の声。


静かだった。


しかし平原全体へ、不思議なほどよく響いた。


魔王が片手を上げる。


『三つの戦場を用意しようぞ』


美咲が剣を抜いた。


『何をするつもり?』


魔王が微笑む。


『なに。少し場所を借りるだけじゃ』


魔王の足元から、巨大な魔法陣が広がった。


平原全体が震える。


『大陸には、人の住まぬ土地などいくらでもある』


三つの光が生まれた。


『勝者が決すれば、この地へ戻してやろう』


『待っ――!』


悠斗が叫んだ瞬間。


視界が真っ白になった。


     


光が消える。


悠斗は知らない場所に立っていた。


周囲には荒涼とした岩場が広がっている。


王国軍はいない。


美咲もいない。


師団長もいない。


目の前にいるのは


『あんたかよ……』


あの幹部。


男は楽しそうに笑った。


『今度は逃がさぬぞ、悠斗』


     ◇


別の場所。


二本の斧を抜いた師団長の前に、一人の魔族が立っていた。


武器を持っていない。


ただ、その両拳を覆うように凄まじい闘気が立ち上っている。


師団長の目が細くなる。


『魔族で闘気使いか』


『人間にも我と同じものを極めた者がいると聞いてな』


魔族が拳を構えた。


『楽しみにしていたぞ』


師団長の二本の斧にも闘気が宿る。


『奇遇だな』


二人の闘気がぶつかり合った。


     


そしてもう一つの戦場。


冷たい風が吹き抜ける荒野。


美咲が剣を構える。


その正面。


何重もの魔法陣を周囲へ展開した魔族が立っていた。


『勇者美咲』


魔族の周囲に、一枚、また一枚と障壁が形成されていく。


『そなたの魔法は、あらゆる障壁を貫くという』


美咲の身体から雷光が迸った。


『だったら――試してみる?』


魔族が笑う。


『そのために来た』


三つの戦場。


三組の戦士。


そして


誰も、互いを助けることはできない。


戦いが始まろうとしていた。

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