第16話 家電、解析される
王立魔道具研究所。
中央の大きな実験台の上には、悠斗が部屋から持ち帰った品々が並べられていた。
ハンディカメラ。
ハンディ掃除機。
ノートパソコン。
ゲーム機。
そして、一本の電気コード。
研究員たちは、その周囲をぐるりと取り囲んでいる。
『これが……』
『異世界の道具……』
『いや、神崎君の世界では普通の生活用品だったか』
『しかし、あのドライヤーと同じ世界の物だぞ!』
『魔道具になる可能性がある!』
ざわざわ。
ざわざわ。
その騒ぎの中心で、悠斗は少し困ったように笑っていた。
『そんなに期待されても……』
隣に立つ美咲も苦笑する。
『みんな、ドライヤーの時以上に興奮してるね』
『まあ、今回は五個もあるからな』
そこへ魔道具研究所所長、アルバートが勢いよく身を乗り出す。
『五個!』
『未知の魔道具候補が五個ですよ!』
『興奮するなという方が無理でしょう!』
師団長も腕を組みながら、いつもより少しだけ目を輝かせている。
『私も今回は興味がある』
悠斗が意外そうに見る。
『師団長も?』
『当然だ』
師団長は真面目な顔で答える。
『先日の勇者様救出に使われたスマホと腕時計だけでも、軍事的価値は計り知れん』
『ほかの物にも同程度の能力があるなら、今後の戦術そのものが変わる可能性がある』
『なるほど……』
悠斗は実験台を見る。
ただ。
自分からすれば、全部見慣れた物だ。
『じゃあ、まず普通の使い方から説明します』
『普通の?』
アルバートが身を乗り出す。
『はい』
悠斗はハンディカメラを手に取った。
『これはカメラです』
『スマホにも付いてる機能ですけど、こっちは動画を撮るのに特化してます』
『動画?』
『動いてる映像を、そのまま記録するんです』
『……映像を保存?』
研究員たちがざわめく。
『そうです』
悠斗が起動する。
画面が点く。
研究員たちの姿が映る。
『おおっ!』
『私がいる!』
『動いている!』
『当たり前ですよ……』
悠斗は思わず笑った。
次にハンディ掃除機。
『これは掃除機』
『掃除?』
『ゴミとかホコリを吸います』
スイッチを入れる。
ブォォォォ。
研究員が紙切れを近づける。
シュッ。
吸い込まれた。
『おお!』
『吸った!』
『いや、だから掃除機なんですって』
美咲が横で笑いを堪えている。
ノートパソコン。
『これはパソコン』
『何をする道具だ?』
『いろいろできます』
『いろいろ?』
『文章を書いたり、映像を見たり、計算したり、ゲームしたり……』
師団長が眉をひそめる。
『用途が多すぎないか?』
『現代では普通です』
『君の世界の『普通』は、毎回おかしいな』
続いてゲーム機。
『これは遊ぶための物です』
『遊ぶ?』
『はい』
アルバートが止まる。
『……それだけ?』
『基本的には』
研究員たちの熱気が一瞬だけ下がった。
最後に電気コード。
『これは……電気を遠くまで届けるためのコードです』
『つまり魔力線?』
『いや、現代では魔力じゃないです』
『では何を?』
『電気です』
アルバートはまたメモを始める。
悠斗は一通り説明すると、ふと首を傾げた。
『でも不思議なんですよね』
『何がだ?』
師団長が聞く。
『ここにはコンセントもないのに、普通に動く』
一同が静まった。
確かに。
ドライヤーも最初から風だけは出ていた。
ハンディカメラも起動した。
掃除機も吸った。
パソコンも画面が点いた。
ゲーム機まで起動する。
『……そういえば』
美咲も気付く。
『ドライヤーの時は普通に風が出たから、あまり疑問に思わなかったけど』
悠斗が頷く。
『電気がないのに動いてる』
アルバートの顔から笑みが消える。
代わりに、研究者特有の怖いほど真剣な表情になる。
『部屋から持ち出した時点で……』
『異世界の魔力を、電気の代わりに取り込んでいる?』
『可能性はあるな』
師団長も頷く。
悠斗は自分の手を見る。
『でも、魔道具として本格的に変わるのは』
ドライヤーへ触れる。
魔力を流す。
ブォォォォォン!!
緑色の風が実験場へ吹き抜けた。
研究員たちの白衣が一斉に翻る。
『やはり!』
『神崎君が持つと変わる!』
『早く!』
『次を!』
『解析だ!』
一気に研究所の熱が戻った。
『ちょ、ちょっと待ってください!』
悠斗が押され気味になる。
その時だった。
ピロリン。
『……ん?』
聞き覚えのある音。
スマホ。
悠斗が取り出す。
画面には一つの文字。
《解析可能》
『来た……』
美咲も覗き込む。
アルバートは完全に悠斗の肩越しから画面を見ていた。
『何と書いてある!?』
『近い近い!』
悠斗は苦笑しながら、最初の品へスマホを向ける。
ハンディカメラ。
画面が淡く光る。
《解析中……》
しばらくして。
文字が表示された。
名称:ハンディビデオカメラ
魔導機能:現実巻き戻し
録画した対象・範囲に限り、記録時間内の現象を数秒間だけ巻き戻すことが可能。
使用者:神崎悠斗
魔力消費:大
『…………』
全員が黙った。
悠斗も。
美咲も。
師団長も。
アルバートも。
数秒後。
『……は?』
悠斗が最初に声を出した。
美咲がスマホを奪うように覗き込む。
『現実を……巻き戻す?』
『そう書いてある』
師団長が顔を引きつらせる。
『待て』
『例えばだ』
『剣が折れるところを録画していたとする』
『はい』
『巻き戻せば?』
悠斗がスマホを見る。
『折れる前に戻る……みたいです』
『負傷者は?』
『録画していれば……』
『傷を負う前まで戻せる?』
『数秒だけなら』
研究所が爆発したように騒がしくなった。
『とんでもない!』
『時間魔法だ!』
『いや、記録対象限定なら映像魔法か!?』
『そんな分類はない!』
悠斗は呆然とカメラを見る。
『これ……そんな物になったのかよ』
美咲も笑うしかなかった。
『もう何でもありね……』
『次!』
アルバートが叫ぶ。
『次をお願いします!』
『はいはい……』
今度はハンディ掃除機。
スマホを向ける。
《解析中……》
結果。
名称:ハンディ掃除機
魔導機能:異空間収納
吸引した物体を内部異空間へ収納可能。
生物収納:可能
条件:対象本人の明確な承諾が必要。
収納中:外部時間の影響をほぼ受けない。
重量加算:なし
『アイテムボックス……』
悠斗が呟く。
美咲が即座に反応する。
『人間も入るの?』
『そう書いてある』
美咲が一歩下がった。
『こっち見ないで』
『まだ何も言ってないだろ』
『絶対試そうとした』
『少しだけ』
『ほら!』
研究員たちは別方向で興奮している。
『物資輸送!』
『負傷者救助!』
『食料保存!』
『軍事利用だけではないぞ!』
師団長も深く頷く。
『これは使える』
『いや、非常に使える』
悠斗は掃除機を持ち上げる。
『現代では部屋のゴミ吸ってただけなんだけどな……』
『次!』
アルバートは止まらない。
ノートパソコン。
《解析中……》
名称:ノートパソコン
魔導機能:戦略シミュレーション
入力された兵力・地形・能力・敵情報を基に、複数の戦況予測を映像化。
結果は確定未来ではなく、入力情報に基づく可能性を表示する。
情報量が多いほど精度上昇。
師団長の目が見開かれる。
『……何?』
悠斗が説明する。
『条件を入れれば』
『戦った場合どうなるか、予測映像が出るみたいです』
師団長は無言でパソコンを見る。
そして。
『神崎君』
『はい』
『これは私が管理しても?』
『ダメです』
『なぜだ!』
『俺が近くにいないと魔道具として使えないと思いますよ』
『なら君ごと貸してくれ!』
『俺は物じゃないですよ!』
美咲が吹き出す。
『師団長、今日一番興奮してる』
『当然だ!』
『戦場において、事前に失敗を予測できる価値がどれほど大きいか!』
その目は完全に軍人だった。
そして。
次。
ゲーム機。
研究員たちの期待は最高潮。
『時間』
『異空間』
『未来予測』
アルバートが震える。
『次は何が来る……!』
悠斗も少し期待していた。
スマホを向ける。
《解析中……》
結果。
名称:家庭用ゲーム機
魔導機能:対戦格闘体験
神崎悠斗が一定範囲内にいる場合のみ発動。
コントローラーを持った人物をゲーム内キャラクターとして再現。
二名以上で対戦可能。
現実の肉体への損傷なし。
『……………』
研究所が静まり返った。
悠斗が画面を見る。
もう一度見る。
『……遊べるだけかよ!』
美咲が耐えきれず笑い出す。
『あはははは!』
師団長は真顔だった。
『つまり』
『私と神崎君が戦える?』
『ゲームの中でなら』
『剣を使っても?』
『たぶん』
師団長がコントローラーを取った。
『やろう』
『今!?』
『実力を確認したい』
『絶対ゲームしたいだけでしょ!』
アルバートは頭を抱えていた。
『時間操作の次が……』
『格闘遊戯……』
『魔道具とは奥深い……』
『たぶんそういう問題じゃないですよ』
そして。
最後。
実験台に残ったのは電気コード。
悠斗はそれを持ち上げる。
『これまでがすごかったからな』
美咲が笑う。
『最後は地味かもね』
『ただのコードだからな』
スマホを向ける。
《解析中……》
数秒。
結果が表示された。
名称:電気延長コード
魔導機能:自在操作
魔力を流すことで蛇状に自由操作可能。
応用例:
・遠隔操作
・鍵開け
・罠解除
・対象拘束
・物体回収
・簡易魔法陣形成
複数接続による操作範囲拡張可能。
アルバートの手が震え始めた。
『……魔法陣?』
『書いてありますね』
『コードが?』
『はい』
『勝手に?』
『魔力で操作すれば』
アルバートは両手を天へ掲げた。
『素晴らしいぃぃぃぃ!!』
研究所中へ絶叫が響く。
『魔法陣を描く時間を短縮できる!』
『罠解除!』
『遠隔操作!』
『しかも接続可能!』
『これ一本で何種類の魔道具の代わりになるんだ!』
悠斗は苦笑しながら電気コードを見る。
『現代じゃコンセントが遠い時に使うだけなんですけどね』
『恐ろしい世界だ!』
アルバートが叫ぶ。
『いや、そっちの世界では普通です!』
研究所は再び大騒ぎになった。
ハンディカメラ。
掃除機。
パソコン。
ゲーム機。
電気コード。
ただの生活用品だった物たちが、この世界ではそれぞれ異なる力を持つ魔道具へ変わった。
悠斗はそれらを見つめながら、ふと思う。
どうして。
こんなにも都合よく、自分たちに必要そうな力ばかりなのだろう。
ドライヤーは、美咲を守る力になった。
スマホは、美咲を探す力になった。
腕時計は、美咲を救い出す力になった。
そして今回の家電たちも。
『……部屋』
悠斗が小さく呟く。
美咲が振り向く。
『何?』
『いや』
悠斗は首を横に振った。
『何でもない』
だが。
少しずつ。
本当に少しずつ。
悠斗も感じ始めていた。
これは偶然ではないのではないか。
部屋はただ異世界と現代を繋いでいるだけではなく。
何かを望みながら、自分たちへ力を貸しているのではないか。
その答えに辿り着くには。
まだ、もう少し時間が必要だった。




