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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第四章

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第84話 グランドフィナーレ

 一ヶ月間にわたり、パリ郊外のシャン・ド・マルス練兵場れんぺいじょうをかつてない熱狂の渦に巻き込んだ『パリ万国・健康と技術の博覧会』は、ついに最終日の夕暮れを迎えようとしていた。


 会場の至る所から、笑顔を弾けさせる人々の活気ある声が響く。


 さらに上空を見上げれば、『スカイ・ゴンドラ』が途切れることなく舞い上がり、高高度の絶景と清浄な空気に酔いしれるVIPたちのざわめきが、お祭り騒ぎのBGMのように絶え間なく降り注いでいた。


 その圧倒的な喧騒けんそうを見下ろす、水晶の宮殿の二階に設けられた特別VIPラウンジ。

 そこでは、最高執行責任者であるナポレオン・ボナパルトが、山のように積まれた契約書と為替手形の束を前に、猛烈な勢いで計算尺を弾いていた。


「……マリー。計算が完了しました。我が陣営の、完全なる大勝利です」


 ナポレオンが、インクで黒くなった指先をハンカチでぬぐいながら顔を上げた。いつもは氷のように冷徹な神童の瞳の奥に、この時ばかりは隠しきれない熱い達成感が燃え盛っている。


「ファストパスと飲食ブースの売上、そしてグッズの物販利益だけで、万博の莫大な設営費と運営費は全額相殺されました。そして何より……天空の密室で結ばれた、国家規模のインフラ投資契約。オランダ銀行団の契約をはじめ、各国の巨大資本がフランスの鉄道と運河網に注ぎ込まれることが、確固たる書面で保証されました」


 ナポレオンは、分厚い総勘定元帳そうかんじょうもとちょうをパタンと閉じた。その音が、重苦しい過去との決別を告げるかのようにラウンジに響く。


「これで、前財務長官ネッケルが残した二十億リーブルという絶望的な負債は、オランダからの融資と事実上『借り換え』が完了したも同然です。国家の即死は、完全に免れました」


「やった……! やったわね、ナポレオン!」


 私は歓喜に震え、思わず両手で顔を覆った。

 ついに「借金地獄からの解放」という確かな光に辿り着いたのだ。


「安心するのはまだ早いですよ、マリー。真の勝利は、これから向こう数十年にわたって続くのですから」


 ナポレオンはフッと悪魔的な笑みを浮かべ、一枚の契約書のコピーを指で弾いた。


「世界各国の王族や資本家と結んだ『メンテナンスと消耗品のサブスクリプション契約』。これこそが、我々が仕掛けた最大の罠です。イギリスのトリュフソース、プロイセンの特注スプリング、ロシアの美顔クレイパック……。彼らはもはや、フランスが提供する『健康と快楽のインフラ』なしでは生きていけない体になっています」


 ナポレオンの言葉に、私は深く頷いた。


「ええ。機械そのものを真似されたとしても、中身の消耗品を握っている限り、彼らは永遠にフランスのお得意様よ。毎月、毎年、莫大な外貨キャッシュが自動的に私たちの金庫へ雪崩れ込んでくる。……これでようやく、本当の意味で未来への投資ができるわね」


 同じ頃、万博の狂熱から遠く離れたパリの中心地。

 パレ・ロワイヤルの暗く冷え切った執務室で、オルレアン公フィリップ・エガリテは、一人窓辺に立ち、赤ワインが入ったグラスを強く握りしめていた。


 彼の濁った視線の先には、シャン・ド・マルスの方向から立ち上る、信じられないほどの輝きがあった。


「……馬鹿な。破産寸前で、飢餓に喘いでいたはずの王室が、なぜあのような光を放っている」


 オルレアン公は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 かつて彼は、ヨーロッパ中の小麦を買い占めることでパリを物理的に飢えさせ、暴動の火種を煽ることで簡単に王室を転覆できると確信していた。


 しかし、彼が企てた陰謀はすべて、マリー・アントワネットという規格外の王妃の手によって根底から粉砕された。地下でのキノコ栽培、代替肉ステーキによる労働者の掌握、さらにはスパイさえも「ホワイトな福利厚生」で寝返らせるという、18世紀の貴族には到底理解できない狂気の経営戦略。


「時間が経てば、魔法は解けると思っていた……。他国が機械を模倣すれば、フランスの優位は崩れ去るはずだったのだ……!」


 だが、彼のその僅かな希望すらも、今や完全に潰えていた。

 彼が雇っていた間諜かんちょうたちからの報告によれば、イギリスの石炭資本、プロイセンの軍事予算、ロシアの美容マネー、そしてオランダの巨大銀行団……全ヨーロッパの巨大資本が「フランスの規格化技術と継続課金モデル」に完全に組み込まれ、共犯関係を結んでしまったのだ。


 今や、フランス王室の崩壊は、ヨーロッパ全体の経済インフラの崩壊を意味する。もしオルレアン公が武力で王室を倒そうとすれば、他国の巨大資本が全力で彼を潰しにかかるだろう。


「私がどれだけ私財を投じて国内で暴動を煽ろうとも……もはや世界が、フランス王室の崩壊を許さないというのか……!」


 カランッ。

 限界まで力を込められた彼の手から、ワイングラスが滑り落ち、血のような赤い液体がペルシャ絨毯にどす黒く染み込んでいく。


 圧倒的な「スケールの差」。王室を倒すという彼の長年の野望は、誰に成敗されるまでもなく、経済という絶対的な暴力の前に、静かに、そして完全に折れたのであった。


「マリー! ナポレオン! 万博のフィナーレの準備が整ったよ! さあ、バルコニーへ!」


 VIPラウンジの扉が勢いよく開き、顔を煤と油で汚したルイが、まるで少年のように目を輝かせながら駆け込んできた。


「ご苦労様、ルイ。とうとうこの時が来たのね」


 ルイに手を引かれ、私たちが水晶の宮殿のバルコニーへ出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「おおおおおっ!!」

「空が……夜空が光っているぞ!!」


 広場を埋め尽くした数万の観衆が、一斉に夜空を見上げて感嘆の声を上げている。


 シャン・ド・マルスの闇夜を照らしていたのは、昼間の搭乗用ゴンドラとは比べ物にならない、規格外の超巨大な熱気球だった。


 球体部分には、夜空に浮かび上がるように、燃え盛る炎の光で照らされた巨大な文字が描かれている。


『健康と技術は、フランスと共に!』


「素晴らしいわ、ルイ!! 昼間の気球も凄かったけど、あんなに巨大なものをライトアップするなんて!!」


「ふふん。昼間の気球は、商談のためだけじゃない。このフィナーレへの『最大の伏線』さ!」


 ルイが誇らしげにドヤ顔で、空へ昇っていく気球の下部を指差した。


「あの巨大なバスケットの中には、僕が石炭ガスを精製して作った『超高輝度ガス灯』の特大バーナーが搭載されている。ラキ火山がもたらした忌まわしい暗雲の影すら吹き飛ばし、パリの夜を真昼のように照らし出す……フランスの『新しい人工太陽』なんだ!」


(……ガス灯! これで18世紀の暗く危険な夜の街も、明るく安全に生まれ変わるわね。光がもたらす治安の向上は、さらなる経済発展の鍵になるわ!)


 煌々と輝く巨大な人工太陽が、ゆっくりとパリの夜空へ昇っていく。


 その圧倒的で幻想的な光景に、各国のVIPも、労働者たちも、パリの平民たちも、誰もが身分という壁を忘れて空を見上げ、割れんばかりの拍手と歓声を送っていた。


 私は、バルコニーの手すりから身を乗り出し、メガホンをしっかりと握りしめた。息を深く吸い込み、熱狂する群衆に向かって大きく手を振る。


「フランスの市民たち! そして世界から集まった友人たちよ!!」


 私の声が、メガホンを通して冷たい夜空に響き渡る。


「この一ヶ月間、あなたたちの流した汗と笑顔が、この万博を大成功へと導いてくれた! 今日のこの人工太陽の光は、ただの祭りの終わりじゃない! 私たちフランスが、飢えと貧困の闇を完全に打ち払い、健康な未来へと飛び立つための『始まりの光』よ!!」


 広場のボルテージが、最高潮に達する。


「「「うおおおおおおおおっ!! 万歳! 王妃様万歳!! フランス万歳!!」」」


 群衆の歓声が、地鳴りのようにパリ全土を揺るがした。彼らの瞳には、もはや暴動や飢餓への恐れはなく、明日への確かな希望だけが輝いている。


 その熱狂の中、ナポレオンが手帳を閉じ、輝く気球を見上げながら静かにつぶやいた。


「……私がどれほど緻密に計算し尽くしたロジックを用意しても、あなたが人の心――弱さや痛みに寄り添い、共に汗を流す『人間力』で最後の扉を開けなければ、どの契約も成立しなかった。……マリー、あなたは間違いなく、私が知る中で最強の君主です」


 かつて全ヨーロッパを震え上がらせた神童からの最大級の賛辞に、私は少しだけ照れくさく笑った。


「あーうー! パパ、ママ!」


 足元では、サロペット姿のジョゼフが、気球に向かって元気いっぱいに小さな両手を伸ばしている。


「パパ、すごいね! ジョゼフもあんなに喜んでるわ」


「ああ。君が諦めずに前を向いて、泥にまみれて戦ってくれたから、僕は迷わずこの光を作ることができたんだ」


 ルイが優しく私の肩を抱き寄せ、私は彼の温かい胸にそっと寄り添った。


 ギロチンの恐怖から始まった、手探りのサバイバル。

 畑でジャガイモを育て、サロペットのボタンを弾け飛ばし、理不尽な歴史の強制力に何度も押し潰されそうになった。


 だが、彼女の「誰も見捨てない」という泥臭い執念と、健康至上主義の情熱は、最強の仲間たちを引き寄せ、ついには絶望の借金を打ち砕いた。そして、フランスを世界で最も健康で、最強の黒字国家へと押し上げたのである。


 マリー・アントワネット、24歳。

 水晶の宮殿から見上げたその夜空は、彼女が自らの手で掴み取った未来のように、どこまでも明るく、希望に満ちて輝いていた。

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