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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第四章

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第85話 星空のBBQ

 熱狂のフィナーレを終えた『パリ万国・健康と技術の博覧会』

 正面ゲートが閉じられ、一ヶ月間に及んだ狂乱の祭典に、ようやく静寂が訪れた……かと思いきや。


「「「うおおおおおおおおっ!! 終わったぁぁぁ!!」」」


 バルコニーから広場へ降り立った私たちを出迎えたのは、パリの平民労働者とアーサー率いる物流チーム、そして不眠不休で警備を務めたラファイエット侯爵の国民衛兵たち――万博を裏で支え続けた何千人というスタッフたちから爆発した、地鳴りのような大歓声だった。


「みんな、本当にお疲れ様!!」


 私はすすほこりで汚れたサロペット姿のまま、彼らの中央へ飛び込んで満面の笑みでメガホンを構えた。


「前代未聞の万博を完走できたのは、あなたたち全員の努力のおかげよ! 今日は身分も役職も関係なし! 最高の『打ち上げ』をやるわよ!!」


「王妃様! 打ち上げってことは、またあの『Vバーガー』が食えるんですかい!?」


 若い平民の労働者が、腹の虫を鳴らしながら目を輝かせて叫んだ。


「バーガーもいいけど、今日はもっと特別よ! 気球の光と、綺麗な星空があるんだもの。水晶の宮殿の『外』で、大野外BBQの開幕よ!!」


「外で!? 最高だぜ!!」


 私の号令とともに、男たちが次々とドラム缶やレンガを運び出し、広場は一瞬にして巨大な野外パーティ会場へと変貌した。


「パ、パ! パパァ!」


 その屈強な男たちの足元を、ちょこまかと走り回る小さな影があった。

 デニムのサロペットに特製スニーカー、そして頭には「安全第一」と書かれたルイお手製の革製ミニ・ヘルメットを被った、ジョゼフである。


「おお、ジョゼフ! パパの助手をしてくれるのかい?」


 広場の中央で、油まみれのルイが自作の巨大なBBQグリルの組み立てを行っていた。ジョゼフは「あーうー!」と声を上げながら、自分の顔の半分ほどもある真鍮のスパナを両手で抱え、トコトコとルイの元へ歩いていく。


「はい、どーぞ!」と言わんばかりに、ジョゼフは背伸びをしてスパナを手渡した。


「ありがとう、ジョゼフ! 君の持ってくる工具はいつも完璧なサイズだ! さすが僕の息子、現場監督の才能がカンストしているよ!」


 ルイが親バカ全開で高い高いをすると、ジョゼフは「きゃはははっ!」と、夜空に向かって弾けるような笑い声を上げた。その愛らしい笑い声に、周囲の強面こわもての労働者たちも思わず顔をほころばせる。


「さあ! 火が起きたわよ! まずは私が用意した食材から……!」


 私が厨房チームに指示を出し、大豆と小麦グルテンを練り上げた『極厚・代替肉ステーキ』と、地下迷宮で大量に収穫された『特大マッシュルーム』の山を運び出そうとした、その時だった。


「ちょいと待ちな、王妃様!」


 カトリーヌが、市場の肉屋の親方たちを引き連れて、ズカズカと前に進み出てきた。その後ろには、何台もの重そうな荷車が引かれている。


「カトリーヌ? どうしたの?」


「今日みたいなハレの日に、アタイらにまで気を使って肉モドキを出そうってのかい? 冗談じゃないよ。……おい野郎ども、開けな!!」


 彼女の合図で、肉屋の親方たちが荷車に被せられていた麻布をバサッと剥ぎ取った。


「え……っ!?」


 そこに積まれていたのは、美しいサシの入った極上の牛肉のブロックと、丸々と太った豚のスペアリブの山だった。ラキ火山の冷害による飼料不足で、今やパリでは金貨を積んでもなかなかお目にかかれない、超・高級な「本物の肉」の山である。


「これ、どうしたの!? こんな大量の極上肉、今のパリじゃ天文学的な値段になるはずよ!?」


 私が目を丸くすると、肉屋の親方が照れくさそうに鼻の下を擦った。


「へへっ。王妃様が立ち上げてくれた、あの『ホワイト工場』のおかげさ。俺たちパリの平民は、毎日健康に働いて、たっぷり給料とボーナスをもらった。……おかげで、ずっと空っぽだった俺たちの財布は、今じゃパンパンに潤ってんだよ!」


「だからね、王妃様」

 カトリーヌが、優しく、誇り高き笑顔で私を見た。


「これは、アタイらパリの市場ギルドからの『差し入れ』だよ。王室が国庫を潤したように、アタイらも豊かになった。その稼いだ金で、南仏の冷害を免れた地方から、一番上等な肉をかき集めてきたんだ。……あんたに命を、そして人間の尊厳を救ってもらった、アタイら平民からの恩返しさ。遠慮なく食ってくれ!」


「みんな……」


 私は、積み上げられた肉の山と、誇らしげに笑う労働者たちの顔を交互に見つめ……思わず目頭が熱くなった。


 施すだけの関係じゃない。彼らは今、自分の足で立ち、自らの力で稼いだ富で、私たちと肩を並べて宴会を開こうとしているのだ。


「……ありがとう! 最高の差し入れね! それじゃあ、お言葉に甘えて……全部豪快に焼かせてもらうわよ!!」


 群衆から「おおおおおっ!!」と割れんばかりの歓声が上がる。


 私は袖をまくり上げ、親方たちが切り分けてくれた極上肉の塊を、特注の太い金串かなぐしに刺していった。そこに東洋の技術で作らせた『ニンニクと醤油しょうゆベースの甘辛発酵ダレ』をたっぷりとくぐらせ、マッシュルームと共に網の上へ乗せる。


「ルイ、火加減はどう!?」


「完璧だ! グリルの底面にコアンダ効果を利用した通気口を設けたことで、薪の燃焼効率を極限まで高めている! この均一な火力が、本物の動物性脂肪とアミノ酸のメイラード反応を最高に引き出してくれるはずだ!」


 ジュワァァァァァァッ!!!


 薪のぜる音とともに、熱された肉から本物の脂が滴り落ちる。焦げるタレの暴力的な香ばしさと、炭火で炙られる極上肉の匂いが、広場いっぱいに広がっていく。


「う、うおおお! なんだこの匂いは! 胃液が暴走しそうだ!!」

「焼けましたよ! さあ、どんどん食べて!」


 串焼きを片手に、身分を完全に超えた大宴会が始まった。


 物流管理部長のアーサーは、タレが滴る牛肉にかぶりつき、熱さでハフハフと悶絶しながらも号泣している。


「ハフッ、熱い! 旨い! 本物の肉の脂が甘い……! 大英帝国の冷え切ったフィッシュ&チップスが、もはや前世の悪夢のようだ……! フランス最高! 労働バンザイ!!」


 その横では、若き弁護士のロベスピエールと新聞記者のカミーユが、串焼きを巡って本気の口論を繰り広げていた。


「カミーユ! 君はさっきから脂身の多い豚肉ばかり食べている! 栄養学的な観点から、赤身肉のタンパク質と野菜のビタミンを『平等』に保つことこそが、我々の掲げる真の社会契約だろう!」


「うるせえ! 俺はこのタレがカリカリに染み込んだ脂身の焦げた部分が好きなんだよ! 自由とは、己の胃袋のおもむくままに食う権利のことだ! 法律で俺の食欲を縛るな!」


 未来の革命家たちの熱い論争をよそに、ジョゼフも負けじと「自分のBBQ」を堪能していた。


 冷害で大好きなジャガイモはもう無いけれど、彼のお皿には、タレをつけずにじっくりローストした『ホクホクかぼちゃ』と、一口サイズの『お豆腐とマッシュルームのふんわりハンバーグ』が乗っている。


「んま! んまー!」


 ジョゼフは小さな両手でハンバーグを掴むと、モグモグと頬張ほおばった。


 私が彼のお口をハンカチで拭いてあげようと屈み込んだ、その時。ジョゼフは自分が手に持っていたかぼちゃの欠片をギュッと握りしめ、トコトコとある人物の元へと向かっていった。


「……む?」


 広場の片隅。宴会の喧騒から少し離れた場所で、一人だけ分厚いバインダーを抱え、眉間にシワを寄せて計算尺を弾いていた小さな影――ナポレオンである。


「あー!」


 ジョゼフは難しい顔をしているナポレオンのズボンをギュッと引っ張ると、その手に持っていた『食べかけのかぼちゃ』を、無言でナポレオンの口元へとグイッと押し付けた。


「な、何を……!? 王太子殿下、私は今、万博の最終利益と明日の撤収費用の差額をミリ単位で計算しており……んぐっ!?」


 ナポレオンが抗議しようと口を開いた瞬間、ジョゼフの容赦ない「かぼちゃアタック」が炸裂した。


「もごっ……! 殿下! 私は……モグッ……」

「きゃははっ! あーうー!」


 大の大人すら震え上がる冷徹な覇王を全く意に介さず、「美味しいから食べなよ!」と言わんばかりにニコニコと笑うジョゼフ。


「……フッ。ナポレオン、諦めなさい。ジョゼフの『無垢なるおすそ分け攻撃』からは誰も逃げられないわよ」


 私は、市民たちが差し入れてくれた本物の肉が刺さった特大の串焼きを手に、二人の元へ歩み寄った。


「今日くらい、難しい数字のことは忘れなさい。あなた、脳みそは天才経営者かもしれないけど、体はまだ成長期の男の子なのよ。星空の下でしっかり本物のタンパク質を摂らないと、背が伸びないわよ!」


 私が串焼きを差し出すと、ナポレオンはかぼちゃを飲み込み、忌々しそうに私を睨んだ。


「……私を子供扱いしないでいただきたい。しかし……」


 ナポレオンは肉を一口かじり、その動きをピタリと止めた。


「……この肉の旨味は。ただの肉ではない。タレの焦げた匂いと、滴る本物の脂が……モグモグ……咀嚼するほどに、極限まで酷使した脳の疲労を急速に回復させていく……っ!」


 冷徹な合理主義者も、市民たちの感謝が詰まった「本物の肉」の圧倒的なパワーとジャンクな魅力には抗えなかった。彼は眉間にシワを寄せながらも、小さな手で串をしっかりと握りしめ、無心で肉を頬張り始めた。


 それを見ていたジョゼフも「んまんま!」と満足げに頷き、再び自分のかぼちゃにかぶりつく。この小さな王太子は、すでに「美味しいご飯を共有する喜び」という最強の外交術を身につけつつあるようだ。


「さあ! みんな、グラスを持って!!」


 私は広場の中央に立ち、ルイが注いでくれた『自家製・微炭酸アップルサイダー』のグラスを高く掲げた。


「この一ヶ月、本当に過酷な戦いだったわ! でも私たちは、誰一人倒れることなく、二十億の借金という絶望の山を削り取る『反撃の第一歩』を見事に踏み出したの! これからは、健康と、技術と、市民たちとの絆で……フランスを世界一の黒字国家にしてやるわよ!!」


「あうー! かんぱー!」


 足元で、ジョゼフも小さな木製カップを両手で持ち上げ、元気いっぱいに叫んだ。


「「「王妃様、万歳!! 王太子殿下、万歳!! フランスの胃袋、万歳!!!」」」


 労働者たちの大歓声が、気球の人工太陽と、その奥で瞬く星空へ向かってどこまでも響き渡っていく。


 マリー・アントワネット、24歳。

 彼女の巻き起こした「健康万博」は、市民からの極上の肉の差し入れとアップルサイダーの乾杯、そして無敵の小さな現場監督の笑顔とともに、歴史上最も健全で、最も熱い星空の夜として幕を閉じたのである。



    第四章 パリ万国博覧会編 完

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