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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第四章

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第81話 プロイセンの鉄血

 イギリスの資本家連合から莫大ばくだいな契約と『石炭』の優先輸出権をむしり取った私たちは、休む間もなく次の「特大の標的ターゲット」へと狙いを定めていた。


「マリー。イギリスから獲得した資金は、直ちにスイス銀行団への元本返済口座へ振り分けました。……しかし、これだけではまだまだ足りません。次は『軍事大国』の分厚い財布のひもをこじ開けますよ」


 水晶の宮殿クリスタル・パレスの一角に設けられたVIP専用ラウンジで、ナポレオンが、次の標的のリストをトントンと指で弾いた。


「プロイセン王国ですね」

 私が、差し入れのハーブティーを飲みながらうなずくと、ナポレオンはニヤリと冷酷に笑った。


「ええ。老境ろうきょうに入ったとはいえ、かのフリードリヒ大王がべるヨーロッパ最強の軍事国家です。軍の現場は相変わらず前時代的な脳筋至上主義のようですし、彼らの国家予算の大部分は莫大な軍事費に消えます。……ならば、我々の『健康器具』と『スニーカー』を、彼らののどから手が出るほど欲しい最強の『軍事物資』として売りつければいいのです」


「なるほど、軍の近代化と行軍速度の向上を餌にするのね。相手の代表は誰?」


「プロイセン陸軍の重鎮、フォン・シュヴァルツ将軍とその幕僚ばくりょうたちです。彼らは現在、第2パビリオン――『フィットネス&サウナ展示棟』に向かっています。……事前の情報によれば、相当な筋肉至上主義者たちのようですが」


「ふふふ、脳筋上等よ。真の強さは見せかけの筋肉じゃなく、体の内側を支える体幹にあるってことを、彼らの体に直接叩き込んであげるわ!」


 私はサロペットの袖をまくり上げ、ルイとジョゼフを引き連れて第2パビリオンへと向かった。


「ハッ! なにが『健康と技術』だ! フランスの軟弱な貴族どもが、箱庭で遊ぶための玩具ばかりではないか!」


 私たちが第2パビリオンに足を踏み入れると、地響きのような野太いドイツ語訛りの怒声が響き渡った。


 声の主は、プロイセン陸軍のフォン・シュヴァルツ将軍。身長は二メートル近くあり、軍服の上からでもわかるほど分厚い胸板と、丸太のような腕を持つ、まさに「鉄と血」を体現したような大男である。彼の顔には歴戦の傷跡が刻まれ、その威圧感だけで並の兵士なら逃げ出しそうになるほどだ。


 彼の周囲には、同じく筋骨隆々の武官たちが腕を組み、展示されているピラティス用の『リフォーマー』や、パラゴム底の『スニーカー』を鼻で笑っていた。


「こんなバネのついた木の板で、寝転がって手足を伸ばすだと? ふざけるな! 我がプロイセンの誇り高き兵士は、毎日重さ三十キロの砂袋を背負って走り、鉄塊を上げるのだ! 真の筋肉とは、鋼鉄の重りによってのみ鍛えられる!」


「その通りです将軍! ましてやこんな『布の靴』など、戦場の泥濘でいねいでは一瞬で破れて使い物にならなくなる! やはり農業国のフランスは軟弱な……」


「あら、随分と威勢がいいのね、プロイセンの将軍様」


 私が悠然と歩み寄ると、シュヴァルツ将軍はギロリと私を見下ろした。


「……フランス王妃か。わざわざ出迎えご苦労だが、我々は早々に帰らせてもらうぞ。貴国には、我が最強の軍隊が買い求めるような実戦的な『兵器』は何一つないようだからな」


「兵器なら、あるわよ」


 私は不敵に微笑み、足元で木製のスパナをカジカジしているジョゼフの頭を撫でた。


「我が国の『健康器具』こそが、兵士の生存率を劇的に上げ、行軍速度を倍にする最強のロジスティクス兵器よ。……将軍、あなたは『三十キロの砂袋を背負って走る』と言ったわね? ならば、その立派な筋肉で、この『バネ付きの板』を一度でも完璧に動かせるかしら?」


「なんだと? この私が、こんな婦女子の遊具を動かせないと言うのか! オーストリアの小娘め、プロイセン軍人をめるなよ!」


 将軍の額に青筋が浮かぶ。

 完全に私の挑発に乗った。


「ルイ! 将軍に『リフォーマー』のセッティングを!」


「よしきた! アントワネット!」


 作業着姿のルイが、嬉々《きき》として巨大な木製のピラティスマシンを調整し始めた。


「将軍、このマシンは僕が設計した。滑車と、四本の鋼鉄製スプリングで負荷を精密に調整できる。……君の言う表面の筋肉だけでは、この滑らかな動きをコントロールすることは絶対に不可能だ。さあ、このキャリッジの上に仰向あおむけに寝て、足にこの革のループを引っ掛けてくれ」


「フン、小細工を。こんなもの、私の並外れた脚力で一瞬でバネごと引き千切ってくれるわ!」


 シュヴァルツ将軍は軍服の上着を乱暴に脱ぎ捨て、マシンの上にどっかりと仰向けになった。そして、足にループをかけ、ドヤ顔で言い放った。


「さあ、どう動かせばいい!?」


「いいこと、将軍。息を深く吸って、肋骨ろっこつを横に広げて。そして吐きながら……お腹を限界まで薄く引き込みなさい。その『腹横筋』の力を使って、両足をゆっくりと、四十五度の角度に押し出すの。……決して、勢いや反動を使ってはダメよ」


 私がパーソナルトレーナーさながらに指示を出す。


「ハッ! 容易いことだ!! ぬぅん!!」


 将軍は、持ち前のすさまじい大腿四頭筋の力で、勢いよく足を突き出した。


 ガチャンッ!!


「ぐぁっ……!?」


 その瞬間。マシンの滑車が勢いよく回りすぎ、スプリングの強烈な『引き戻す力』が将軍の足にダイレクトに反発した。体幹でコントロールできていないため、将軍の巨体は台座の上でグラグラと揺れ、腰が不様に浮き上がってしまったのだ。


「な、なんだこれは!? バネの力が……逃げる! 足に力が入らん!!」


「ダメよ将軍! 肩に力が入っているわ! もっと肩甲骨を下げて、骨盤をニュートラルに保ちなさい! 表面の太ももの筋肉に頼るから、バネの抵抗に振り回されるのよ!」


「ぬぐぐぐっ……! なぜだ、重い鉄なら持ち上がるのに、このフワフワとした抵抗感が、腹の奥底を直接抉り取ってくるようだ……ッ!」


 大粒の汗が、将軍の額から吹き出す。

 彼の丸太のような腕と足の筋肉がプルプルと情けなく震え、呼吸が乱れ始めた。


「将軍!! しっかりしてください!」

 幕僚たちが青ざめて応援するが、将軍はわずか三回のストロークで、完全に息が上がってしまった。


「はぁっ、はぁっ……! ま、魔術か……!? なぜ、たかだか足の曲げ伸ばしで、内臓が燃えるように熱く……!!」


 将軍が四回目のストロークを行おうと、無理に腰を反らせて力を込めた、まさにその時だった。


 ――ピキィィィンッ!!


「……ッ!! ぐおおおおおぉぉぉっ!!」


 突如、シュヴァルツ将軍が獣のような悲鳴を上げ、マシンの上で腹を抱えるようにして丸くうずくまった。


「将軍!? どうされました!」

「いけません、また『古傷』が……!!」


 幕僚たちが血相を変えて駆け寄る。

 将軍は、脂汗を滝のように流し、呼吸も絶え絶えになりながら、腰のあたりを強く押さえて悶絶もんぜつしていた。


 彼は長年、重い砂袋と過酷な行軍で体を酷使し続けた結果、深刻な「ヘルニア」を患い、すでに肉体の限界を迎えていたのだ。無理な姿勢でスプリングの反発を腰で受け止めたことで、その爆弾が弾けてしまったのである。


「フン、笑え、オーストリアの女狐めぎつねめ……!」


 痛みに顔を歪めながらも、将軍は私を睨みつけた。


「プロイセンの軍人が、こんな遊具で腰を抜かすなどと……最高の笑い話だろう! 存分に嘲笑うがいい……っ!」


 その光景を冷ややかに見下ろしていたナポレオンが、手帳をパタンと閉じた。


「……どうやら、彼らの軍隊は内側から腐り落ちているようですね。これでは兵器のプレゼンになりません。時間の無駄です、マリー。次の国へ行きましょう」


「ナポレオン、下がりなさい!」


 私はナポレオンを鋭く制止し、将軍のそばにひざまずいた。


「王妃、殿下……?」


 私は、冷たい汗にまみれた大男の、硬く強張った腰と背中にそっと手を当てた。


「笑うわけないでしょう。……何十年も、国のために重い装備を背負って立ち続けた、立派で、ボロボロの背中よ」


 私は、前世で限界まで身を粉にして働いていたブラック企業の社員たちを思い出していた。国のため、組織のためと洗脳され、自分の体が悲鳴を上げているのをごまかし続ける哀れな人々。この将軍もまた、プロイセンという『ブラック国家』の被害者なのだ。


「強がるのはやめなさい、将軍。その腰じゃ、数年後に馬に乗ることも、剣を振るうこともできなくなるわよ」


「しかし、私はプロイセンの軍人だ……弱みを見せるわけには……っ」


「本当の強さとは、自分の弱さを認めて『治療』することよ! アーサー! 将軍を奥のサウナへ運んで!!」


 私は幕僚たちを制止し、アーサーとルイに手伝わせて、将軍を『王立超絶デトックス・サウナ』へと運び込んだ。


 白樺しらかばの香りが満ちる、百度の熱気室。

 私はサウナストーンにたっぷりとアロマ水を掛け、強烈な『熱波ロウリュ』を発生させた。


「あ、熱い……! だが、腰の痛みが……熱で散らされていく……!」


 ガチガチに固まっていた将軍の筋肉が、極限の熱によって強制的に弛緩しかんしていく。私は彼にたっぷり十分間汗をかかせた後、今度はグルシンの水風呂へと沈めさせた。


「ヒィィッ! 冷たい!」


「我慢して! 血管が収縮し、再びサウナに入ることで、ポンプのように全身の血流が爆発的に促進されるの! これが究極の温冷交代浴による『自律神経と痛みのリセット』よ!」


 サウナと水風呂を三セット繰り返した後。

 私は、長椅子に横たわり、完全に『ととのって』放心状態になっている将軍の元へ、再びピラティス用のマットを持っていった。


「さあ将軍。筋肉が柔らかくなっている今がチャンスよ。もう一度、インナーマッスルの使い方を教えるわ。……息を吸って。吐きながら、お腹の奥のコルセットを締めるイメージよ」


 私は彼に寄り添い、背骨を一つ一つ動かすような、極めて繊細で優しいリハビリ・トレーニングを手取り足取り指導した。


「無理に重いものを上げるんじゃないの。自分の体を、内側から支える力を呼び覚ますのよ」


 数時間後。

 パビリオンのラウンジに、信じられない光景が広がっていた。


「……痛みが、うそのように軽い。この私が、誰の支えもなしに、真っ直ぐに立てる……っ!」


 シュヴァルツ将軍は、自分の腰を何度も手でさすり、信じられないというように足踏みをした。長年彼を苦しめていた鉛のような激痛が、消え去っていたのだ。


 その瞬間、二メートル近い大男の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。


「ありがとう……! ありがとう、王妃殿下……! 私の部下たちも皆、過酷な訓練で体を壊し、夜も眠れぬほど苦しんでいるのです。この機械は、決して女子供の遊具などではない。兵士の命と未来を救う、世界『最強の医療器具』だ!!」


 将軍は、人目もはばからずに泣き崩れ、私に向かって深く、深く頭を下げた。


「この『リフォーマー』で兵士の体幹を鍛えれば、怪我の発生率は劇的に下がるでしょう」


 そこへ、ナポレオンがサッと、パラゴム底の『キャンバス・スニーカー』を将軍の目の前に提示した。


「さらに、兵士の足元にはこのスニーカーを支給するのです。パラゴムのソールが地面の衝撃を吸収し、布地が蒸れを防ぐ。……将軍。これらを全軍に配備し、兵士の疲労を現在の半分に軽減できたとしたら……プロイセン軍の行軍速度は、どれほど跳ね上がりますか?」


 ナポレオンの問いに、シュヴァルツ将軍は涙をぬぐい、ハッと息を呑んだ。


「……ば、倍だ。いや、それ以上……。我が軍は、他国が三日かかる距離を、一日半で踏破できる……完全なる超機動部隊と化す……ッ!」


 将軍の目から、フランスを見下す傲慢さは完全に消え失せていた。あるのは、圧倒的なテクノロジーと、自分たちを救ってくれた王妃への深い畏敬いけいの念だ。


「契約しよう! この『リフォーマー』を五百台! そして軍用の『迷彩柄スニーカー』を十万足、直ちにプロイセン陸軍に納入していただきたい! さらに、野営地で兵士をいやすための『移動式テントサウナ』も追加だ! 価格は言い値で構わん!」


「商談成立ですね、将軍」

 ナポレオンが、すかさず契約書と羽根ペンを差し出した。


 将軍は涙ながらに、巨額の軍事予算をフランスに支払う契約書にサインを書き殴った。


 マリー・アントワネット、24歳。

 彼女の提唱するインナーマッスルとサウナのコンボは、ついにヨーロッパ最強の軍事国家のプライドを粉砕し、彼らの肉体の痛みを救済することで、巨額の軍事予算を「健康器具の売上」としてフランスの国庫へと強引に吸い上げることに成功したのである。

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