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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第四章

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第75話 ホワイトファクトリー

 太陽王ルイ14世の時代から、豪華絢爛な舞踏会が開かれてきたチュイルリー宮殿の『大広間』


 そこは今、優雅なワルツの調べの代わりに、ノコギリが木を挽く音と、金槌が金属を叩くけたたましい音に包まれていた。


「そこの第3ライン! 木材の切り出しが遅延しています! 第2ラインからの動線を塞がないように、資材の配置を30センチ右へズラしなさい!」


 鬼コンサルタント、ナポレオン・ボナパルトが、木箱の上から容赦のないげきを飛ばしている。


 彼の頭の中にある「未来の工場生産」のレイアウトに従い、大広間は工程ごとに細かく区切られ、部品がベルトコンベアのように流れていくシステムが構築されつつあった。


 一方、私に課せられたミッションは、この巨大な生産ラインを動かすための『労働力の確保』だった。


 私は、市場の女リーダーであるカトリーヌをチュイルリー宮殿の広場に呼び出し、パリ中の失業者たちを集めてもらった。


 広場を埋め尽くしたのは、経済の停滞により、仕事と今日のパンを失い、ボロボロの服を着た数千人の平民たちだった。彼らの顔には、深い疲労と諦めが色濃く滲んでいる。


「よく集まってくれたわ、パリの市民たち!」


 私は特製のキャンバス・スニーカーと、動きやすいサロペット姿でバルコニーに立ち、メガホンを手にした。


「今日から、このチュイルリー宮殿を『王立巨大工場マニュファクチュア』とするわ! ヨーロッパ中から殺到している注文をさばくため、あなたたちの力が必要なの!」


 群衆の中から、弱々しい声が上がる。

「王妃様……俺たちは、靴の縫い方も、鉄の削り方も知らねぇ、ただの日雇い労働者ですぜ。そんな精巧な品物を作れるはずが……」


「心配無用よ! 陛下が『治具じぐ』という魔法の型を作ってくれたわ。指定された場所に木や鉄を置いて、レバーを引くだけ。特別な熟練の技なんて一切いらないの!」


それを聞いた群衆が、ざわざわとどよめき始めた。


「し、しかし……貴族様の工房で働くってことは、夜明けから深夜までムチで叩かれながら、パンの耳一つでこき使われる『奴隷労働』なんじゃ……」


 当時のヨーロッパの労働環境は、まさに暗黒時代。

 一日十四〜十六時間労働は当たり前、低賃金で危険な作業を強いられ、体を壊せば使い捨てにされるのが平民の常識だった。


(……ふふふ。出たわね、18世紀のブラック企業的発想!)


 私は現代日本で、連日終電帰り、栄養ドリンクで命を繋ぐブラックな就労環境に苦しむ人々を見てきた。

 私はメガホンを握り直し、パリの空に高らかに宣言した。


「勘違いしないでちょうだい! 私が目指すのは、ただの工場じゃないわ。『超絶ホワイト企業』よ!!」


「ほ、ほわいと……?」


「労働条件を発表するわ! 第一に、労働時間は『一日八時間』! それ以上は絶対に働かせないし、週に一日は完全な休日を与えるわ!」


「「「な、なんだってぇぇぇ!?」」」


 群衆の目が、信じられないものを見るように見開かれた。


「第二に! 昼食には、地下のキノコ農場で採れた栄養満点の『極上マッシュルーム・ポタージュ』と『大豆の代替肉ステーキ』を無償で支給するわ! 労働の後の疲労回復には、クエン酸たっぷりのレモン水を飲み放題とする!」


「メ、メシがタダで食える!? しかも肉が!?」


「そして第三に!! 一日の労働の終わりには、地下に新設した『労働者専用・大衆サウナ』で汗を流し、体の芯までととのってから帰宅することを義務付けるわ!! お給料はもちろん、成果に応じた歩合制のボーナス付きよ!!」


 シーーーーン。


 広場が、水を打ったように静まり返った。

 それは、あまりにも信じられない厚待遇に、民衆の脳が処理を追いつかなくなった瞬間だった。


「う……うおおおおおおおっ!!!」


 次の瞬間、広場を揺るがすほどの地鳴りのような大歓声が爆発した。


「一生ついていきます、王妃様!!」

「俺に! 俺にそのレバーを引かせてくれぇぇぇ!」

「サウナ! サウナと肉ゥゥゥ!」


 失業で死んだ魚のようだった彼らの目に、ギラギラとした「猛烈な労働意欲」という名の炎が燃え上がった。


「よーし! カトリーヌ、希望者を整列させて、手洗いとアルコール消毒の研修から始めて!」


「任せな! あんたら、王妃様の工場を汚したらアタイの包丁が黙ってないよ! ピシッと並びな!」


 圧倒的な熱気とともに、労働者の確保は数十分で完了した。


 だが、バルコニーの背後で、その様子を見ていた九歳の鬼コンサルタントが、腕を組んで冷ややかな視線を送ってきた。


「……マリー。あなたの演説は民衆を扇動する力がありますが、経営者としては落第点ですね」


「な、何よナポレオン。完璧なリクルートだったじゃない」


「先立つものがありません。国庫は空です。八時間労働? 昼食支給? サウナの燃料費? ……通信販売の売上が手元に入るのは数ヶ月先だというのに、数千人規模の初期費用をどうやって捻出するおつもりですか?」


 彼の冷徹なロジックは、前世で兵士を限界まで行軍させた「皇帝」としての経験から来るものだ。


「労働時間を十六時間にして人件費を削るべきです。民衆はパンの欠片でも働くはずだ。理想論だけでは工場は動きませんよ」


 だが、私は一歩も引かずに彼を見下ろした。


「ナポレオン、あなたは数字には強いけど、私の『本気度』を舐めないで」


「何ですって?」


 私は胸を張り、不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「昨日、私がオーストリアから嫁入り道具として持ってきた個人的な宝石、ティアラ、ダイヤモンドのネックレス……王妃の私有財産を全部、スイスや中立国の商人たちに叩き売ってきたわ!」


「――ッ!?」


 普段は氷のように冷静なナポレオンが、この時ばかりは目玉が飛び出んばかりに驚愕した。


「な、王妃の私財をすべて……!? あなた自身の身を飾る宝石を、平民の労働者の福利厚生のために現金化したというのですか!?」


「ええ。宝石なんてただの石っころよ。いざ革命が起きてギロチンにかけられる時、ダイヤモンドが私の首を守ってくれる? くれないわよね」


 私は、唖然とする神童の鼻先を扇子でツンと突いた。


「見栄や虚飾は、借金返済の何の役にも立たない。でも、健康な労働者は確実に『最高の製品と圧倒的な利益』を生み出す! これは消費じゃない。国を黒字化するための、最強の『初期投資』よ!」


「……投資……!」


「それにね、人間は機械じゃないの。睡眠不足と過労で集中力が切れた人間は、必ずミスをする。部品の寸法が狂えば不良品になり、怪我人が出ればラインが止まるわ。そのロスを取り戻すためのコストと時間は、十六時間労働で浮いた人件費を軽く凌駕する」


 私は、ナポレオンの目を真っ直ぐに見据えた。


「十分な栄養を取り、サウナで自律神経をととのえ、しっかり眠る。心身が『健康』であって初めて、八時間の間に十六時間分以上の、圧倒的で正確なパフォーマンスを叩き出せるのよ! ……あなたも前世で、冬の寒さと飢えで兵士を疲弊させて、痛い目を見た経験があるんじゃないの?」


「――ッ!」


 ナポレオンの小さな肩が、ビクッと震えた。

 前世でのロシア遠征の失敗。補給を軽視し、兵士の健康と士気を崩壊させたことで、無敵の帝国が瓦解したトラウマ。


 彼は、私の言葉にハッと息を呑み、そして……深く、深く考え込んだ。


「……健康状態の維持が、結果的に良品率を向上させ、長期的な生産コストを押し下げる……。兵站ロジスティクスの最重要課題は、兵器の数ではなく『兵士のコンディション』である、と……?」


「そうよ! だから私の工場は『ホワイト企業』でなければならないの! そのための初期投資なら、王冠だって質屋に入れてやるわ!」


 ナポレオンは、自分の小さな手のひらをじっと見つめ、やがて、フッと自嘲するように笑った。


「……完敗です、マリー。私の前世の敗因を、あなたは『健康と労働環境』という視点からいとも簡単に解き明かしてしまった。……そして何より、自らの虚栄心を微塵も惜しまず叩き売る、その恐るべき経営者としての覚悟」


 ナポレオンが、深く頭を下げた。


「よろしい。あなたのその『ホワイト工場理論』と『宝石の初期投資』、私の組織論に組み込み、世界最強の生産ラインへと昇華させてみせましょう」


 翌日。

 チュイルリー宮殿の大広間は、これまでの歴史が経験したことのない、異様な活気と熱気に包まれていた。


「木材セットヨシ! ガイドレール固定ヨシ!」

「ハンドル回します! イチ、ニ、サン!」


 カトリーヌたち市場の女や、元下水道工事の男たちが、ルイが設計した「固定治具」を使って、次々と正確な寸法の木材や真鍮の部品を削り出していく。


 誰もが笑顔で、そして凄まじい集中力で手を動かしていた。

 八時間で仕事を終えれば、温かいキノコステーキとサウナが待っているのだ。王妃自らが宝石を売ってまで用意してくれたこの夢のような職場で、彼らのモチベーションはカンスト状態だった。


「す、すごいよアントワネット……! 僕が三時間かけて作った部品と全く同じものが、たった数分で、しかも素人の手から何十個も生み出されていく……!」


 煤だらけのルイが、出来上がった完璧な歯車を手に、感動で打ち震えていた。


「ええ。これが、私たちの『産業革命』よ、ルイ!」


 ナポレオンが、完成した部品の流れるラインを見下ろしながら、懐中時計をカチリと鳴らした。


「……不良品率、驚異の0.2パーセント。目標生産数の150パーセントを達成。……マリー、あなたの『ホワイト労働理論』と命懸けの初期投資は、完全に正解だったようです」


「ふふふ。見栄を捨てて手に入れた健康な労働者こそが、国家最大の財産なのよ!」


 マリー・アントワネット、23歳。

 ヨーロッパ中にばら撒いたカタログの注文を捌くため、彼女は「赤字夫人」の象徴であった宝石をすべて叩き売り、過酷な労働が常識だった18世紀に「超ホワイト企業」を爆誕させ、二十億リーブルの借金を返済するための『最強のマネー・メイキング・マシーン』をついに稼働させたのである。

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