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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第三章

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第64話 チュイルリーの攻防

 ベルサイユの豪奢な宮殿を後にし、私たち王室一家と、護衛を務めるカトリーヌたち市場の女たち、そしてラファイエット率いる国民衛兵の長い列は、パリのチュイルリー宮殿へと到着した。


 史実では「パリ連行」と呼ばれる屈辱的で絶望的な道のり。


 しかし、今の私たちは囚人ではない。巨大な経済のバケモノ、オルレアン公と戦うための「前線基地」へ、自らの意志で陣を移したのだ。


 だが、到着したチュイルリー宮殿を目にして、私は思わず絶句した。


「……埃っぽくて、隙間風だらけ。壁紙は剥がれ、家具はボロボロ……」


 太陽王ルイ十四世の時代から長年放置されていたチュイルリー宮殿は、ベルサイユの快適な「完全安全・オーガニック空間」とは程遠い、ただの巨大な廃屋だった。


「王妃様、こんな不衛生な場所ではジョゼフ殿下が……!」

 ランバル夫人がハンカチで口元を押さえながら悲鳴を上げる。


 だが、私の隣で、目をキラキラと輝かせている男が一人いた。


「素晴らしい……! 補修のし甲斐がある! アントワネット、この腐った床板は僕が考案した防腐処理済みのオーク材に張り替えよう。隙間風は天然ゴムと蜜蝋のパッキンで完全に密閉し、暖炉の煙突も熱効率が三倍になる構造に作り直す! ああ、血が騒ぐよ!」


 ルイは、自室の荷解きもそこそこに、持参した工具箱を開けて壁の計測を始めている。


(……本当にこのパパ、どんな過酷な環境でもブレないわね!)


 ルイの頼もしいDIY魂に背中を押され、私も気合を入れ直した。

 宮殿の修繕と防寒対策は彼に任せよう。私が直面している最大の課題は、そんなことよりも遥かに切実で絶望的なものだった。


「王妃様。オルレアン公が、パレ・ロワイヤルで配給していたパンの量を半分に減らしました。『不作で小麦が底をつきそうだ』と偽り、市場のパンの価格をさらに五倍に釣り上げています」


 私室にやってきたカミーユとロベスピエールが、重々しい口調で報告する。


「完全に足元を見ているわね……。自分にすり寄る者だけにパンを与え、逆らう者は飢えさせる。経済による絶対的な支配よ」


 外は相変わらず、ラキ火山の影響による分厚い灰色の雲に覆われ、季節外れの雪がチラついている。太陽の光がない以上、新しく作物を育てることは不可能だ。


「マリー様。アタイら市場の連中も、限界が近い。あんたの言う『買い占めの真実』は信じるが……腹の虫はどうにもならないんだ。オルレアンの奴隷になる前に、餓死しちまう」


 護衛を引き受けてくれたカトリーヌが、沈痛な面持ちで口を開いた。

 彼女たちのスニーカーはすり減り、その頬は再びこけ始めている。


「カトリーヌ……」


(何か、何か手はないの!? 日光がなくても、この異常な寒さの中でも育ち、しかも短期間で収穫できて、栄養価の高い食べ物……!)


 前世の知識を、頭の中でフル回転させる。

 光合成を必要としない。むしろ、暗くて湿った場所を好む食材。


「……あるわ!」


 私はガタッと椅子から立ち上がった。


「キノコよ!!」


「「「キノコ?」」」


「そう! フランスには古くから、馬の糞と藁を混ぜた堆肥で『マッシュルーム』を育てる技術があったはずよ! キノコなら太陽の光はいらない! 湿度と温度さえ保てば、一年中、暗闇でも大量に収穫できるわ!」


 私の言葉に、ロベスピエールが顎に手を当てた。


「確かに、マッシュルームは栄養価も高く、腹持ちもいい。……しかし王妃様、パリのどこに、何万人もの胃袋を満たすほど大量のキノコを育てる場所があるのですか? 膨大な『暗闇』が必要ですよ」


 私は不敵な笑みを浮かべ、ドンッと足元の床を踏み鳴らした。


「ここよ。私たちが立っている、この街の『下』よ!」


「「「下……?」」」


「パリの地下には、ノートルダム大聖堂などの石材を切り出した、広大な『採石場跡』が網の目のように広がっていると聞いたことがあるわ。温度は年間を通して一定。日光は完全に遮断されている。……キノコを育てるには、世界で一番完璧な巨大プラントじゃない!」


 史実において、19世紀以降にパリの地下空間を利用してマッシュルームの大量栽培が行われた歴史を、私は知っていた。それを、数十年早く前倒しして実行するのだ。


「地下の採石場跡……! しかしあそこは空気が淀み、崩落の危険もある魔境です。とても人が立ち入って農作業など……」


「僕に任せてくれ!!」


 バンッ! と扉が開き、顔を煤だらけにしたルイが満面のドヤ顔で現れた。


「パリの地下構造なら、僕が以前『下水道網』の設計図を引いた時に全て頭に入っている! 空気が淀むなら、僕が設計した『手回し式巨大送風機』で地上の新鮮な空気を地下の奥底まで送り込めばいい。崩落の危険箇所には、強固な木組みの支柱を立てる!」


 地下の魔境を、自らのエンジニア魂で「完全制御されたキノコ農場」へと作り変える。その壮大な計画に、ルイのオタク気質が限界突破して燃え上がっていた。


「ルイ……! あなたって人は、本当に最高の王よ!」


 私はルイの煤だらけの頬に、力いっぱいキスをした。


「カトリーヌ! ロベスピエール、カミーユ! パリ中の馬車引きから、馬の糞と藁をありったけ集めなさい! 採石場の入り口に運び込んで、培地を作るのよ! オルレアン公が地上を支配するなら、私たちは『地下』からフランスの胃袋を奪い返すわ!」


「……ハッ! 面白ぇじゃないか!」

カトリーヌが、久しぶりに肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた。


「あんたが本気なら、市場の女たちを総動員して、パリ中の馬糞をかき集めてやるよ! 飢え死にするくらいなら、地下で泥にまみれてやる!」


「我々も、市民に呼びかけましょう! 王室と民衆が共に地下で汗を流し、新たな命を育む……これぞ真の『連帯』です!」


 ロベスピエールとカミーユも、希望に目を輝かせて駆け出していった。


 数日後。

 オルレアン公がパレ・ロワイヤルで「パンが欲しければ私に跪け」と高笑いしていたその足元深くで。


 ルイの指揮のもと、巨大な手回し送風機が稼働し、松明の明かりに照らされたパリの地下迷宮に、数千人の市民と王室が一体となった「地下マッシュルームプラント」が産声を上げた。


「菌糸の温度管理は完璧よ! 保湿を怠らないで!」


 私はサロペット姿で地下を駆け回り、ジョゼフは安全なチュイルリー宮殿で、ルイが作った『絶対防衛ベビーサークル』の中でランバル夫人に守られながら「あーうー」とご機嫌に遊んでいる。


 マリー・アントワネット、23歳。

 最悪の飢餓と政治的陰謀を前に、彼女はパリの地下深くから、白く輝く『希望マッシュルーム』による大逆転劇の幕を開けたのであった。

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