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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第二章

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番外編④ ベルサイユ秋の大運動会

 スニーカーという圧倒的な機動力を手に入れたことにより、ベルサイユ宮殿の体育会系化は、もはや後戻りできないほどの順調な仕上がりを見せていた。


 しかし、実りの秋を迎え、豊穣の大地がもたらした弊害が一つあった。王立菜園で採れた美味しいジャガイモを、バター焼きにしたり、チーズたっぷりのグラタンにしたりと、食欲の秋を存分に満喫しすぎたせいか、最近の貴族たちの朝のジョギングの動きに、明らかにキレがなくなってきているのだ。


(いけないわ。このままじゃ、全員揃って冬太りコース一直線よ! せっかくスニーカーを開発したのに、宝の持ち腐れじゃない! いざという有事の際に、群衆を振り切ってダッシュで逃げ切れる瞬発力と、どんな困難にも立ち向かえるチームワークを今のうちに養っておかなければ!)


 私はすぐさま、全宮廷に向けて一枚の布告を出した。


「皆の者、よく聞きなさい! 来たる満月の日に、『第一回、ベルサイユ身分不問・秋の大運動会』を開催するわよ!」


「う、うんどうかい……でございますか? それは、どのような舞踏会で?」

 書類を受け取ったランバル夫人が、目を白黒させて尋ねてきた。


「舞踏会じゃないわ、筋肉の祭典よ! ただ一定のペースでジョギングするだけじゃ、使う筋繊維が偏ってしまうの。全力で走って、跳んで、転がって、全身の筋肉に極限の刺激と負荷を与えるのよ! そして優勝したチームには、私が特製レシピで焼き上げた『究極の低糖質・大豆粉プロテインケーキ(丸ごと一個)』を恩賜おんしとして贈呈するわ!」


 その「プロテインケーキ丸ごと一個」という言葉を聞いた瞬間、最近お腹周りのぽっちゃり感を気にしていたポリニャック夫人をはじめとする貴族たちの目の色が、完全に飢えた肉食獣のそれへと変わった。


 そして、待ちに待った運動会当日。

 雲一つない秋晴れの空の下、広大なベルサイユ庭園には、お揃いの特製サロペットと、足元には『ベルサイユ・スニーカー』を完璧に履きこなした貴族、侍女、さらには護衛の近衛兵たちが、身分の垣根を越えてズラリと整列していた。


 だが、その熱気あふれる会場に、異様な金属音と蒸気の音を放つ一団が近づいてきた。


「やあ、アントワネット。みんなの士気も最高潮みたいだね。僕の準備も万端だよ!」


 現れたルイ16世は、背中に巨大な真鍮製の歯車とゼンマイ仕掛けが複雑に絡み合った謎の箱を背負い、両手には何やらメーターのついた複雑な計器を力強く握りしめていた。


「……ルイ。相変わらず凄い重装備ね。それは一体、何に使うの?」


「人間の運動能力を、極限まで正確に数値化するための装置さ! この背中の箱は『超精密計時機ストップウォッチ』。そして右手のコレは『筋力可視化装置(巨大握力計)』だよ!


 君がスポーツの祭典を開くと聞いて、公平なジャッジを下すために徹夜で組み上げたんだ。ゼンマイのトルクを調整して、100分の1秒の誤差も逃さないようにしたから、勝敗の判定に文句は絶対に出させないよ!」


 相変わらず、私の夫はベクトルのおかしい努力の天才だった。

(……オーバースペックすぎるわ! 村の運動会にオリンピック級の最新鋭デジタル機器を持ち込むようなものじゃない! でも、これでみんな言い訳無用でガチにならざるを得ないわね!)


 私は大きく息を吸い込み、全体に向かって号令をかけた。

「まずは怪我をしないように、準備体操からよ! ベルサイユ・ラジオ体操第一! 腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動!」


 数百人の貴族と平民が、私の掛け声に合わせて一斉に屈伸し、深呼吸をする。シュールだが、極めて健康的で美しい光景だ。


「身体が温まったわね! それでは第一種目、『吊るし芋食い競争』、スタート!」


 パァン! と、ルイがこの日のために発明した『無害な煙出しスタートピストル』の音が鳴り響いた。


 スニーカーのゴム底のグリップを最大限に効かせ、貴族たちが一斉に駆け出した。彼らの目の前には、ピンと張られた紐から、熱々の「茹でたてジャガイモ(ほんのり塩バター風味)」がいくつもぶら下がっている。


「あちっ! はぐっ! ……ええい、手を使ってはダメだというのか! 逃げるな芋め!」


 かつては夜会でフォークとナイフを使い、小鳥のようにお上品についばんでいたポリニャック夫人が、なりふり構わず大口を開け、鼻の頭にバターをべっとりと付けながら芋に食らいついている。


「奥様、顎の力が足りませんぞ! ほら、この握力計ならぬ『噛合力こうごうりょく計』で事前に計測した通り、あなたの把持力は……」


「うるさいわね陛下! 私は今、筋肉の数値より食欲と意地で動いているのよ! はぐぅっ!」


 オタク王の極めて冷静なデータ分析を完全に無視し、貴族たちは顔中をデンプンと塩バターまみれにしながら、必死の形相で芋を完食していく。


 続く第二種目は、私が急遽考案した「ベルサイユ大綱引き」だ。

 当初は飾りのついた絹のロープを用意していたが、参加者の本気度が高すぎて一瞬で引きちぎれてしまったため、急遽、港から取り寄せた極太の麻縄を使用することになった。


「引け! 引くのよ! 重心を低くして、スニーカーの溝を地面に食い込ませなさい!」


 マリー派の貴族チームと、近衛兵・平民連合チームが、顔を真っ赤にして麻縄を引き合う。手にマメができようがお構いなしの、剥き出しの闘争本能のぶつかり合いだ。


「おおっ、力のベクトルが完全に均衡している! これが階級を超えた力の平等か!」と、ルイがまたしても横でメーターを見ながら感動している。


 そして、いよいよメインイベント。

 身分不問のチーム対抗「ベルサイユ・全力リレー」の時間がやってきた。


 バトン代わりに渡されるのは、硬くて持ちやすく、もし落としても被害が少なく後で美味しくポトフの具にできる「特大の大根」である。


「いっけえええ! ここで負けたら、今夜の夕食は塩味のおからのみよ!」

「近衛兵隊、平民の意地と脚力を見せてやれ!」


 庭園の芝生を、サロペット姿の男女が砂埃を上げて爆走する。スニーカーのパラゴムソールが、秋の乾いた芝生をガッチリと捉え、革靴では絶対に不可能な鋭いコーナリングを実現していた。


「速い! 現在のアンカー前の中継地点で、時速は馬車の駆け足に匹敵している! しかし第3走者の公爵、心拍数が上がりすぎている、後半で失速するぞ!」


 ルイが背中の巨大な計器からカチカチと音を鳴らしながら、まるで現代のスポーツ実況者のように叫んでいる。


 そしてアンカーは、私だ。

 トップを走る近衛隊長の屈強な背中を追いかける形で、私のチームの第3走者が、泥だらけの大根を私に向けて突き出した。


「王妃様! お願いします!」


 大根をバトンとして受け取った瞬間、私はこれまで毎日のスクワットと畑仕事で鍛え上げてきた体幹のすべてと、スニーカーの反発力を爆発させた。


(見よ! 己の死の運命から逃げ切るために鍛え上げたこの大臀筋と、ルイが開発したパラゴムソールの圧倒的な推進力を!)


 キュッ、キュッ! とゴム底が芝を掴む軽快な音を立てて、私は風を切って走った。

 重いコルセットと硬い革靴では絶対に味わえなかった、自分の身体の隅々までを完璧にコントロールする圧倒的な全能感。


 最終コーナーで、スニーカーの圧倒的なグリップ力を活かしてインコースに深く切れ込み、驚く近衛隊長を一気に抜き去る!


「ゴーーール!!!」


 ルイの絶叫と同時に、私は見事に一着でゴールテープ(ランバル夫人が両手でピンと張っていたシルクのリボン)を切り裂いた。


「タイムは……信じられない! 完璧な加速曲線だ、アントワネット! 人体の限界を引き出す見事なフォームだったよ!」


 ルイが背中の計器を抱きしめるようにして大興奮で駆け寄ってくる。


 荒い息を吐きながら振り返ると、芝生の上には、全力を出し切って大の字に倒れ込む貴族や侍女、近衛兵たちがあふれていた。


「……はぁ、はぁ。王妃様、足が、足が棒のよう……いえ、千切れてしまいそうですわ……」


 ポリニャック夫人が、乱れた髪のまま芝生に寝転がり、不思議と清々しい、最高の笑顔を浮かべている。身分も体面も関係なく、全員が同じように泥にまみれ、心地よい筋肉痛と疲労感を分かち合っていたのだ。


「みんな、本当によく頑張ったわね! 今夜のサウナは、特別に白樺のオイルを限界まで増量して最高のアウフグースをしてあげるわよ! そして優勝チームには約束通り、プロテインケーキを授与します!」


「「「うおおおおおおおっ!! 王妃様、万歳!!」」」


 ベルサイユの高く澄み切った秋の空に、かつてないほど野太く、そして健康的な大歓声が響き渡った。


 マリー・アントワネット、19歳。

 革新的なスニーカーの導入と大運動会の開催によって、ベルサイユ宮殿は身分と建前を超えた「スポ根」という名の強靭な絆で結ばれ、「フランス最強の体育会系宮殿」への道を、文字通り圧倒的なスピードで爆走し始めていたのである。

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