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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第二章

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番外編① 小麦粉ショックと干し芋レジスタンス

 1775年、春──。

 マリー・アントワネット、19歳。


 宮殿周辺の民衆のヘイトは温かいスープで見事に下げきったものの、歴史の魔物はそう甘くはなかった。当時のフランス全土を覆っていた小麦の不作による「パンの価格高騰」の波は、ついに首都パリの中心部で深刻な暴動の火種を生み出していたのだ。


「王妃様、一大事です! パリの広場で、飢えた市民たちが『ベルサイユの連中だけ温かい芋のスープを飲んでずるい! パリにもパンを寄越せ!』と暴動を起こし寸前です!」


 ランバル夫人が、血相を変えて執務室に駆け込んできた。


(……来たわね。史実における『小麦粉戦争』のパリ市街戦! ポタージュの噂がパリにまで伝わったせいで、逆に変なヘイトを買っちゃったみたい!)


「至急、パリにも炊き出しの鍋を送りましょう!」とランバル夫人が青ざめるが、私は首を横に振った。


「ダメよ、ランバル。ベルサイユからパリまでは馬車で数時間かかるわ。巨大な大釜でポタージュを運んだら、着く頃にはすっかり冷え切ってドロドロの冷製スープになっちゃうし、馬車が揺れてこぼれたら大惨事よ!」


「そ、それでは暴徒たちを鎮められません!」


「ふふふ、甘いわね。私はこの冬の間、ただサウナに入って整っていたわけじゃないわ。……スープなどの『汁物』がデリバリーに向かないなら、持ち運び最強の『固形物』を使えばいいのよ!」


 私は執務机の引き出しをバンッと開け、黄金色に輝く「平べったい物体」の束を取り出した。


「これこそが、冬のベルサイユの空っ風と太陽が作り上げた究極の携帯保存食……『ベルサイユ特製・天日干しポテト』よ!」


 そう。私は秋冬に大量収穫したジャガイモを蒸して薄くスライスし、宮殿の屋上でカラカラになるまで干し上げていたのだ。


 水分が抜けることでデンプンの甘みが極限まで凝縮され、しかも数ヶ月は腐らないし、軽くて持ち運びも簡単。現代日本におけるダイエッターの最強の味方、「干し芋」である。


「ルイ! 出番よ! 備蓄庫にある干し芋の木箱を、すべて馬車に積み込みなさい!」


「わかった、アントワネット! 僕が計算した『重量分散型・高反発サスペンション馬車』なら、大量の干し芋を積んでもパリの石畳を最速で駆け抜けられるはずだ!」


 頼もしいオタク夫の魔改造馬車に乗り込み、私たちは大量の干し芋を引き連れ、暴動の真っ只中であるパリの広場へと爆走した。


「パンを出せ! 贅沢な王族どもを吊るし上げろ!」

 パリの広場は、クワや松明を持った民衆の怒号に包まれていた。飢えと怒りが入り交じる、まさに一触即発の地獄絵図だ。


 荷馬車の荷台の上に立った煽動者らしき男が、声高に叫んでいる。

「市民諸君! 我々の胃袋は空っぽだ! ベルサイユの芋スープの匂いだけでは腹は膨れん!」


(……よーし、ならその空っぽの胃袋と口を、物理的に塞いでやるわ!)


「パリの市民たちよ! お待たせしたわね!!」


 私が馬車から颯爽と降り立ち、広場のど真ん中に陣取って「特大の火鉢」に炭火をおこすと、暴徒たちが一瞬あっけにとられて動きを止めた。


「パンが届かなくてひもじい思いをさせてごめんなさい! でも、スープが冷めちゃうなら、現地であぶればいいじゃない!」


 私は炭火の上の金網に、黄金色の「干し芋」を大量に並べ始めた。

 ジリジリという音とともに、表面の糖分がキャラメリゼされ、香ばしくも圧倒的で暴力的な甘い匂いがパリの広場に立ち込める。


「……な、なんだこの甘ったるくて、胃袋をわし掴みにする匂いは……?」


 怒号よりも先に、群衆の盛大な「腹の虫の音」が連鎖していく。


「さあ、遠慮せずに食べなさい! デリバリー専用・炙り干し芋よ!」


 私は、熱々の干し芋を次々と民衆の手に配っていった。煽動者の男も、思わず手を出して受け取ってしまう。


「あ、熱っ! ……でも、なんだこれ。すんげぇ甘い!」

「噛めば噛むほど、じんわりと甘みが染み出してきやがる……!」


 干し芋の最大の特徴。それは「圧倒的な咀嚼そしゃく回数」を必要とすることだ。


 モチャモチャ、モチャモチャ……。


 怒り狂っていた暴徒たちは、干し芋の強烈な弾力と粘りを噛みしめるのに必死で、物理的に口を開いて叫ぶことができなくなってしまったのだ。


「お、おい諸君! 芋に騙されるな! 我々は断固として王室に……モチャモチャ……王室に、抗議を……モチャッ……くそっ、顎が疲れて声が張れねえ!」


 アジテーターの男も、涙目で干し芋を噛みちぎりながら敗北を悟っていた。干し芋の尋常ではない咀嚼力は、人間の顎の筋肉から「怒るためのエネルギー」を完全に奪い去っていくのだ。


「喉が渇くでしょうから、温かいハーブティーもどうぞ! 焦らなくていいわよ、干し芋の在庫はベルサイユに山ほどあるから!」


 かくして、血で血を洗うはずだったパリの「小麦粉戦争」は、全員で干し芋を無言で噛みしめながらハーブティーをすする、超平和で健康的な「青空モチャモチャお茶会」へと変貌を遂げた。


「王妃様……俺たち、もう暴動なんてどうでもよくなってきたよ。ひたすら噛んでたら満腹中枢が刺激されて、なんだか猛烈に眠りたくなってきた……」


「ええ、しっかり噛んで、ゆっくりお休みなさい。明日は我が菜園で、今年の芋の作付けを手伝ってちょうだいね!」


 マリー・アントワネット、19歳。

 ポタージュでは届かない遠隔地の暴動を、ダイエッターのおやつ「干し芋」の強力な咀嚼力をもって、見事にモチャモチャと物理鎮圧したのである。

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