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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第二章

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番外編② 国王陛下の絶対零度金庫

 1775年、夏──

 ベルサイユ宮殿を、容赦ない猛暑が襲っていた。


「……暑い。もうダメ、溶ける。サロペットのキャンバス地すら恨めしいわ……」


 私は執務室の机に突っ伏し、特注の竹製うちわ(東洋の技術を輸入!)をパタパタと力なく扇いでいた。


 当時のフランスの夏は、現代の日本のような湿気こそ少ないものの、石造りの宮殿は一度熱を溜め込むと巨大なオーブンのようになる。おまけに、衛生状態が改善したとはいえ、密集した貴族たちの熱気と香水の匂いが、夏の空気をひどく重くしていた。


(……ああ、現代日本の『クーラー』が恋しい。せめて、氷が……キンキンに冷えたフラペチーノ的な何かがあれば、この地獄を乗り切れるのに!)


 氷自体は、冬の間にセーヌ川で切り出したものを地下深くの「氷室」に保存する技術がすでにあった。だが、それを地上に運び出し、お菓子作りに使うのは極めて贅沢な行為であり、溶けるのもあっという間だ。


 私が「冷たい豆乳とベリーのスムージーが飲みたい……できればいつでも……」と幽鬼のように呟いていると、その声を拾った男がいた。


「アントワネット! 君の願い、僕が叶えよう!」


 バンッ! と勢いよく扉を開けて入ってきたのは、木屑と機械油にまみれた夫、ルイ十六世だった。彼の背後には、数人の屈強な衛兵が「巨大な金属と木の箱」をウンウンと唸りながら運び込んできている。


「……ルイ? なにその、拷問器具みたいな巨大な箱は」


「拷問器具だなんて人聞きが悪いな。これはね、君の言っていた『いつでも冷たいものが飲みたい』という夢を物理的に具現化した、名付けて『定温保冷庫(冷蔵庫)』だよ!」


 ルイは得意げに眼鏡を押し上げた。


 彼が熱弁するところによれば、箱の壁面には分厚いコルクとオガクズが断熱材として詰め込まれ、内部は二重構造になっている。上段に地下から運ばせた氷を入れ、その冷気が下段に降りる対流の仕組みを利用して、常に庫内を5度前後に保つという、オタク気質な彼らしい極めて論理的で完璧な設計だった。


「凄いっ! あなたって人は本物の天才よ、ルイ!」


 私は飛び起き、すぐさま厨房に作らせていた「豆乳とハチミツ、裏ごししたラズベリーのスムージー」をガラスのピッチャーに入れ、その保冷庫の下段に安置した。


「ふふふ。これで一時間もすれば、キンキンに冷えた『ベルサイユ・ベリー・フラッペ』の完成よ! 汗をかいた後の最高のご褒美だわ!」


 私はワクワクしながら一時間待ち、いざ飲もうと保冷庫の分厚い扉に手をかけた。


 ガチャッ。

「……あれ?」


 扉が開かない。

 よく見ると、取っ手の部分に、真鍮でできた複雑怪奇な「3つのダイヤル」と、幾重にも噛み合った歯車のロック機構が鎮座しているではないか。


「ちょっとルイ! なによこの鍵! スムージーが出せないじゃない!」


 私が抗議すると、ルイはふふんと鼻を鳴らした。


「当然だよ。君の作ったその『美味しくて健康に良い飲み物』は、今や宮廷中の貴族が狙っているんだ。ちょっと目を離せば、ポリニャック夫人あたりが勝手に飲んでしまうだろう? だから、絶対に破壊不可能な『三段階ダイヤル式・からくり錠』を取り付けたのさ」


「それは防犯意識が高くて素晴らしいけど、私まで開けられないのは本末転倒よ! 暗証番号を教えなさい!」


「ダメだよ」


「……は?」


「暗証番号は、毎日僕が日替わりで設定する。だから、君が冷たいスムージーを飲みたい時は……僕を呼ぶんだ。僕が、君のためだけに開けてあげるからね」


 ルイは、少し頬を赤くしながら、けれど妙にドヤ顔で言い放った。


(……なっ、何この男!?)


 私は戦慄した。これは単なる防犯ではない。私という「食い意地の張った女」の急所を完全に掌握し、自分を頼らせるための、極めて高度な『胃袋人質作戦』だ!


「ルイ……あなた、いつからそんな策士に……」


「さあ、どうするかい? 今日のダイヤルは、フランスの歴史年号の組み合わせだよ。自力で解くかい? それとも……」


「……ああっもう、わかったわよ! 開けて! お願いだから今すぐ開けて、陛下!」

「ふふっ、喜んで、僕の王妃」


 ガチャリ、と小気味良い音を立てて扉が開き、中から白い冷気がふわりと溢れ出す。


 取り出したグラスに注がれたスムージーは、喉が鳴るほど冷たく、ベリーの酸味と豆乳のまろやかさが、夏の火照った身体の隅々まで染み渡っていった。


「……美味しいっ! 悔しいけど、最高に美味しいわ!」


「君が美味しそうに飲む顔を見るのが、僕の最高のご褒美だよ」


 結局その夏、私は冷たいおやつを食べるためだけに、1日3回はルイを執務室から呼び出す羽目になった。


 傍から見れば「妻が冷たい飲み物を欲しがるたびに、国王が鍵を開けに走ってくる」という異常な光景だったが、結果的にこの保冷庫の前での短いやり取りが、私たち夫婦の絆をさらに深める「秘密のティータイム」となったのである。

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